謎の青年の正体が発覚しました(1/2)
「クリスタ!」
最悪の舞踏会の翌日。お父様の書斎を訪れた私を迎えたのは、部屋の主からの怒声だった。
「昨日は何故勝手に帰ったんだ! 私が会場で、どれだけの間お前を探し回ったと思っている!?」
呼び出された時から覚悟はしていたけど、やっぱりお説教が始まってしまった。あの東屋での嫌な出来事を思い出して、「すみません」と言いつつも顔をしかめずにはいられない。
「クリスタ、何も反省していないようだな」
私の表情から反抗的な意思でも読み取ったのか、お父様の声色が厳しくなる。
「何か理由があるなら言え。……ただし、『男と会っていた』といった類いのふざけた言葉なら聞きたくないぞ」
なんて鋭いんだろう。当たらずといえども遠からずだ。
私の心でも読んだように、お父様の唇が歪んだ。
「クリスタ、そんなものは絶対に許さんぞ。理解できんのか? 令嬢が男遊びなどするものではないと、何度言えば分かるんだ?」
「男遊びなんかじゃありません!」
あの出来事をそんな風に表現されるのは心外だ。それじゃあまるで、私が彼を誘惑したみたいじゃない!
お父様は頑固かつ古風な人だ。若い娘の自由恋愛は「風紀を乱す」と言って毛嫌いしている。最近、その傾向はますます強くなるばかりだ。
まあ、その原因は私にあるんだけど……。
「ああ……どこで育て方を間違えたのやら」
お父様は頭痛を押さえ込むようにこめかみを揉んだ。
「やはり姉上のところへやるしかないのか……」
「またその話ですか!?」
なんて恐ろしいことを言うんだろうと私は震え上がる。
「もう何度も嫌だと言っているはずです! 伯母様はこの帝国で一番退屈な女性なんですよ!? 田舎暮らしの未亡人で、日がな一日屋敷の奥で編み物ばっかりしているような方なんですから! おまけに女性は愚かであればあるほど素晴らしいと思っているような、頭のネジが飛んだイカレ……」
ノックの音がして私は口を閉ざす。助かった。「イカレてる」なんて令嬢らしくない言葉をお父様の前で発そうものなら、絶対に雷が落ちるに決まってる。
お父様が入室を許可すると、使用人が入ってきて「お嬢様にお客様がお見えです」と告げた。お父様が「誰だ?」と尋ねる。
「男の方ですよ」
お父様に鋭い視線を向けられ、私は高速で首を横に振った。ここで「身に覚えがありません」と即座に示しておかないと、どこぞで変な男性を引っかけてきたのだと勘違いされてしまう。
「……まあいい。行くぞ、クリスタ」
どうやらお父様も一緒に面会する気らしい。門前払いしようとしないだけまだマシか。
けれど椅子から立ち上がりかけるお父様に向かって、使用人は「お客様はお嬢様と二人だけでお話がしたいそうです」と言った。
「何だって!?」
お父様が顔を引きつらせる。
これから起きることを予感した私は、心の中で見も知らぬお客様にこっそり詫びた。ごめんなさい。今からあなたはお父様にお尻を蹴っ飛ばされて屋敷から追い返されることになります。どうか私を恨まないで……。
「なんて無礼な奴なんだ! すぐに追い返せ! 渋るようなら、私がガツンとやってやる!」
お父様は憤然と言い放ったが、使用人は困ったような反応をした。そして、ためらいがちにお父様に近づいて何やら耳打ちする。
すると、お父様の表情がたちまち変化した。頭を殴られたような顔だ。それからぎこちなく私の方に首を傾けて呟いた。
「行きなさい、クリスタ。……一人で」
「えっ、いいんですか!?」
まさか男性と二人だけで会っても構わないと言われるなんて思ってもみなくて、私は口をあんぐりと開ける。お父様は苦虫を噛み潰したような顔で「ああ」と言った。
「お待たせしたら悪い。早くしなさい」
せき立てられるように、お父様の部屋を後にした。
応接室へ向かいながら、私はまだ信じられない気持ちでいる。
お父様は、たとえ相手が九十歳を超えたヨボヨボのおじいちゃんだったとしても、私と男性を二人だけにはしないような人なのに……。そんなお父様が「早くしなさい」ですって?
相手は一体誰なんだろう。よっぽど身分が高い方なんだろうか。まさか皇帝陛下とか?
そんなあり得そうもないことを妄想しつつも、応接室のドアを開ける。
けれどそこにいたのは、皇帝よりもよっぽどここにいるのが「あり得そうもない」人だったんだ。