傷心の令嬢は、もう賭けを終わらせたい(1/2)
一目散に屋敷へと帰った私をエドウィン様が訪ねてきたのは翌日のことだった。
どうしようもなく暗い気持ちになっていたけれど、重たい体を引きずって何とかエドウィン様の元へ行く。応接室で面会した彼は、痛ましそうな表情を浮かべていた。
「あの男……マンフレートとの間に何があったのか、城の者から聞いた」
エドウィン様は腫れ物に触るように慎重に切り出した。
「彼と鉢合わせるのが嫌だったから君は城へ行きたくなかったんだな。それに、あの事件は一時期宮廷中の噂になっていたとか。そんなことも知らずに俺は……」
「もういいんです」
本当はちっともよくなかったけど、そう言うほかなかった。
私がしでかしたことを皆は知っているはずなのに、エドウィン様にわざわざ教えようとする人は誰もいなかった。エドウィン様があんまりにも一途に私を追いかけていたから、気でも使ったんだろうか。
最悪だ。まだ治っていない傷をほじくり返され、さらに深く抉られてしまったような気分。私のこんな愚かな一面をエドウィン様に知られてしまったなんて、恥ずかしくて仕方がなかった。
「……君が恋に興味がなくなったのはそのせいか?」
ためらいがちにエドウィン様が尋ねてくる。
「好きな人に裏切られて傷付いたから。誰かに恋をしたら、また同じ目に遭うんじゃないかと怯えたから……」
「そうですよ」
私は声の震えを押し殺し、顎を高く上げて気丈に言い放った。
「私は彼のことが好きだった。でも、向こうはそうじゃなかったんです。だけど、私はそれに気付けなかった。きっと、そういうことを察する能力に欠けていたんでしょう。だったら、これから先も同じ失敗を繰り返すかもしれません。それを防ぐためには、恋とは無縁でいるのが一番いいんです」
努めて事務的に、淡々と話そうとする。そうしないと様々な感情が溢れ出し、収拾がつかなくなってしまいそうだった。
「クリスタ……」
エドウィン様は何と言っていいのか分からないようだった。慰めや同情に満ちた言葉をかけようと考えているのかもしれない。
けれど、実際に彼が口にしたのはもっと別のセリフだった。
「俺はあんな男とは違う」
エドウィン様ははっきりと言った。
「俺はクリスタのことが本気で好きなんだ。俺は君を裏切ったりしない。だから……」
「あなたのことは信じろ、と?」
事情を知っても身を引こうとしない辺りがエドウィン様らしい。強ばっていた心にわずかに穴が空いて、少しだけ温かい感情が流れ込んでくる。
私は思わず微笑みそうになった。けれど、表情に出す前にその笑みは消える。
エドウィン様がどういう人なのかはもう分かっているつもりだ。だけど、それとこれとは別だった。
私は人の嘘や隠された想いを見抜く能力に乏しい。真っ直ぐで純真なエドウィン様。だけど、もしその内側に小さな悪魔が潜んでいたとしたら?
その化け物が牙を剥いた時に、真っ先に傷付くのは私だ。
そんな災難から身を守れるのは、他でもない自分しかいない。自分の身は自分で守るんだ。
それだけじゃない。昨日城から逃げ帰った後、ずっと家に閉じこもりながら、私は様々なことを考えていた。
そして、気付いてしまった。心のどこかに悪魔が潜んでいたのは私も同じだ、と。




