恋をしたくない令嬢は、皇太子との距離を置きたい(1/2)
それから数日が経った。その間私は毎日城へ通い、エドウィン様の部屋で資料漁りを手伝った。
しかし、今回も手がかりは何も掴めない。城に保管されていたここ一年の間に書かれた書類だけではなく、二年前、三年前と時を遡ってもみたが、結果は同じだった。
「もう結論を出すしかないか」
目頭を揉みながらエドウィン様が言った。連日に渡り色々な文書を読みまくったせいで、かなり疲れているようだ。
「……ここにレディーの書いたものはないってことですか?」
筆跡の鑑定にいい加減飽き飽きしてきていた私が尋ねる。レディーの正体は知りたかったけど、この作業は不毛な努力なのではないかと薄々感じ始めていたんだ。
「そうかもしれない。だが、こういうのはどうだ? レディーはわざと筆跡を変えて手紙を書いている」
「わざと? どうしてですか?」
「よっぽど正体を知られたくないんだろう。謎の文通相手を気取りたいんだ。キザな野郎め!」
エドウィン様は憎たらしそうに言う。どうやら彼の中では「レディー男性説」がすっかり定着してしまっているらしい。
一方の私はじっと考え込む。レディーは筆跡を変えているかもしれない。それが、ミステリアスさを演出する以外の目的によるものだとしたら?
真っ先に思い付いた理由は、レディーのいつもの字を見れば、私がすぐにその正体に勘付いてしまうから、というものだった。
でも、字を見ただけで相手が誰なのか分かるくらいに親しい人なんて私にいただろうか。お父様の教育方針で昔から家の中で習い事ばかりさせられていた私には、悲しいことに友人と呼べそうな人すらいないのに。
レディーの謎は深まるばかりだ。気持ちを切り替えるように、エドウィン様が「次だ、次! 作戦その三!」と叫ぶ。
「レディーからの手紙は、いつも花の香りがするよな? 嗅いでいると懐かしくなるようないい匂いだ。これもきっとヒントになる。皇室付きの調香師の中から腕のいい者に話を聞くんだ」
「調香師……。香りを調合するスペシャリストですか。確かに、それなら何か分かるかもしれませんね」
私たちは早速調香師の元へ向かった。しかし、そこでも芳しい成果は挙げられない。
「よくある香水ですね」
調香師はじっくり確かめる必要もないとばかりに即断した。
「昔から女性に人気のある香りです。貴族なら誰でも持っているでしょうし、平民でも手が届かない品ではないですよ」
この答えに失望した私たちは他の調香師も当たり、果ては鼻が利くと豪語する使用人にまで話を聞きに行ったが、どこでも同じような答えしかもらえなかった。
半日以上城中を駆けずり回ったが、何の成果も得られなかった。エドウィン様がげんなりとした様子で手帳に何か書き込むのが見える。
『手紙の匂いはよくある香水の香り。珍しいものではなく、レディーの手がかりにはなりそうもない』
あの匂いを懐かしいと思ったのも、そのせいなんだろう。定番の香りなんだから、前にどこかで嗅いだことがあったって不思議じゃない。
「……だが、諦めるのはまだ早い」
エドウィン様は難しい顔で言った。
「レディーが香水を買った商人なり何なりを見つけ出すんだ。貴族御用達の店とか、城に出入りしている物売りとか……。レディーはきっと身分が高い人だから、平民しか行かないような場所で購入したとは考えにくいし……」
「でも、どうやって探すんですか?」
私はかぶりを振った。
「私たち、レディーの顔も知らないんですよ? これじゃあ店員さんに、『こんな人が来ませんでしたか?』って聞くこともできないじゃないですか」
「……そうだな」
エドウィン様はため息を吐いた。懐から懐中時計を出し、「もうこんな時間か」と呟く。
「遅くなったけど、昼食にしよう。俺の部屋のバルコニーで食べないか? いい風に当たれば、次の手も思い付くはずだ」
エドウィン様は、私が人前に出るのを嫌っているということを何となく察しているようだった。気遣いのこもった提案に、諸手を挙げて賛成する。




