レディー捜しは捗らない(4/4)
あまり帰りが遅くなるとお父様に叱られてしまうから、私はこの辺で帰宅することにした。
「レディーと同じ筆跡の奴は、徹夜してでも見つけてやる」
馬車で家まで送ってくれたエドウィン様が、別れの挨拶の後にそう付け加えた。
「あんまり無理しないでくださいね」
エドウィン様の情熱には感服するばかりだ。でも、根を詰め過ぎるのもよくない気がして諫めておくことにする。
「夜更かしは健康に毒ですから」
「心配ない。俺は昔から体は丈夫だ。病気一つしたことがない」
それもそうか。こんなに逞しくて鍛えられた肉体なら、病気の方から逃げていくだろう。
……あれ?
おかしなことに気付いたのは、エドウィン様と別れ、自室へ戻ってからだった。
「エドウィン様って……病気の治療のために離宮へ行っていたんじゃなかったっけ?」
エドウィン様は生まれてすぐに大病を患って、それからずっと地方で過ごしていた。確か私と同い年のはずだから、もう十九年間も帝都の土を踏んでいなかったんだ。
その病気はよっぽどひどかったらしく、先帝……つまりエドウィン様のお父様も跡継ぎに彼を選ぼうとはしなかった。結果的に、次に帝位についたのは先帝の弟君だった。エドウィン様の叔父様だ。
でも、新皇帝陛下には子どもがいなかった。次代の皇帝を誰にするのかで宮廷は揉めていたらしい。そんな時のことだ。エドウィン様の病気が奇跡的に回復したのは。
皇帝陛下はエドウィン様を帝都へ迎え入れることを決定した。彼を自分の後継者と認め、皇太子の位を与えることにしたんだ。
「……そうだったわよね、お母様?」
私は肖像画の母に話しかける。お母様は謎めいた笑みでそれを肯定した。
「なのに……エドウィン様はこう言った。『昔から丈夫』、『病気一つしたことがない』って」
あの健康そのものの体を見れば、納得できる発言だ。エドウィン様は多分嘘は言っていない。ひどい病を患いながら、筋肉をいじめる人なんていないだろうし。
「……もしかして、エドウィン様が離宮にいたのって病気が原因じゃないの?」
じゃあ、何のために?
好奇心がむくむくと育っていくのが分かる。何か秘密があるのかしら? ちょっと気になるわ……。
でも、そんな私にお母様の咎めるような視線が刺さる。お母様は何か忠告しようとしているように見えた。
「……分かってるわよ」
私は少し口を尖らせる。
「別に……知ろうとなんかしないわ。心の赴くままに行動なんかしない。何事もよく考えてから実行に移す。……それって大事なことだものね、お母様?」
それに、今はレディー捜しの方が重要だ。エドウィン様の秘密については触れないことにしよう。
誰にだって知られたくないことはあるものだ。エドウィン様はうっかり口を滑らせてしまったことに気付いてすらいないようだったから、ここは慈悲の心でスルーしておいてあげるべきだ。
かく言う私だって、過去のことは掘り返したくない。大切なのは今抱えている問題を何とかすることだ。
宝物入れに入っている手紙を見つめる。
レディーと会える日を楽しみにしながら、見落としているかもしれない手がかりを探すべく、もう何回も読んだ文章の列に再び挑み始めた。




