レディー捜しは捗らない(3/4)
私たちは馬車に乗り込み、宮殿へ向かう。
ここへ来るのは、皇太子の帝都帰還記念の舞踏会以来だ。私とエドウィン様が出会った場所。あの時は、近い内に自分の意思でもう一度ここを訪れることになるなんて思ってもみなかった。
馬車を降り、私はエドウィン様と一緒に城の中を歩いた。
庭園に広間、廊下……。そのどこでも誰かとすれ違ったけれど、私の正体に気付いた人はいないらしかった。……ああ、よかった。変装は大成功だ。
エドウィン様に自室まで案内され、私はやっと扇子を畳んで背筋を伸ばした。ずっとうつむき気味かつ知らず知らずの内に肩に力を入れていたせいで、色々なところが強ばっている。
軽く伸びをして体を解していると、エドウィン様が「大丈夫か?」と気遣わしそうな顔になった。
「さっきからずっと黙りだし、下ばかり向いていたような気がするが……。気分でも悪いのか?」
「いいえ、平気です」
私は急いで首を横に振る。やっぱり彼は変なところで鋭い。見られていたなんてちっとも気付かなかった。
「そんなことより、ここに来ればレディーの手がかりが掴めるかもしれないんでしたよね?」
私が今日の目的をエドウィン様に思い出させると、彼は「ああ」と頷いた。
「これだ、クリスタ」
エドウィン様は部屋の奥に置いてあったワゴンを押して私の前に止める。そこには紙の束が山盛りになっていた。
「色々なところに無理を言って、一晩で用意させた」
エドウィン様が紙束をポンポンと叩く。
「こっちは文書管理官が持ってきた、色々な貴族の直筆の署名が入った書類。これは宮内大臣が管理していた、俺の帝都帰還を祝うお歴々からの手紙。それからあっちは……何だったかな」
エドウィン様は内容を思い出そうとするかのように紙面を見つめる。私は何が何だかさっぱり分からずに、紙の山とエドウィン様を交互に見つめた。
「この書類たち、どう使うんですか?」
「筆跡の照合だ」
エドウィン様が簡潔に説明した。
「今までの調査から、レディーは恐らく貴族であろうということは分かっている。だったら、城のどこかに彼女の痕跡が残っているかもしれない。そう……書類の中とかな」
「な、なるほど!」
私は目を輝かせた。
「つまり、手紙の筆跡と文書の文字を見比べて、似た字を書く人を探せばいいんですね!」
「そういうことだ。ここ一年以内の書類で宮廷に保管されていたものの内、俺の権限で持ち出せるだけのものは持ってきたからな。しらみつぶしに探せば、手がかりくらいはあるだろう」
エドウィン様は自信満々だった。ちょっと時間はかかりそうだけど、悪くない作戦かもしれない。
早速私たちはワゴンの山からめいめいに書類を手に取り、手紙の字と照らし合わせる作業を開始した。
けれど、筆跡の鑑定というのは思ったよりも難しかった。じっくり見ていると皆同じ字に見えてきて、「似ているような気がする」とか「多分これかも」とか、今ひとつ決め手に欠ける結論しか出せない。
大体、レディーの字はとても几帳面できちんとしているけれど、その分癖があまりないんだ。ものすごく悪筆だったりしたら見つけやすいのに、この時ばかりは彼女の上品さが恨めしい。
「レディーは誰かに代筆させてるんじゃないか?」
最初は自信に満ちていたエドウィン様も、日が高く昇り始める時間帯になる頃にはすっかりしょげ返っていた。
「使用人とか、どこかで雇った字が上手い奴に、自分の代わりに手紙を書かせているんだ。だったらこの中にあるはずが……」
「いいえ、レディーは自分で書いています」
困り果てるエドウィン様に私は断言した。
「私には分かります。彼女からの手紙に書いてあるのは、間違いなくレディーの字ですよ」
この間先入観は捨てようと決めたのに、こんなことを言うのはおかしいかしら? でも、私はレディーからの手紙が彼女の直筆であって欲しかった。だって、その方が思いやりがこもっている気がするから。
「……まあ、クリスタがそう言うならもう少し探してみるか」
私の言葉に励まされるように、エドウィン様が紙の山に手を伸ばす。しかし、夕方になっても何の成果も得られなかった。




