レディー捜しは捗らない(2/4)
「クリスタ、殿下がお前の外出許可をくれと言ってきたぞ」
お父様は苦々しい口調だ。
「城へ行くのか? 分かっていると思うが、あそこは若い娘にとっては毒のような場所だ。堕落と退廃に満ちた……」
「知っています。……だったら、許可なんかいただけませんよね?」
私は期待を込めて聞いたけれど、お父様は「出した」と最悪の返事をした。
「殿下の頼みだ。断るわけにもいくまい」
そうは言っているものの、お父様の顔は険しい。本心では別の答えが返せればよかったのに、と思っているんだろう。
それ以前に、お父様は私とエドウィン様が二人で会っていることも気に食わないみたいだった。未婚の令嬢が男性と二人きりなんて、お父様からすれば常識外れの行動に他ならないから。
「クリスタ、お前は誘惑に弱い娘だ」
お父様が吐き捨てた。
「お前の将来は一体どうなってしまうんだろうか。あの皇子は何を考えているのだか……」
「ご心配なく。彼の思い通りにはなりませんから」
お父様と話しているといつも気分が落ち込んでくる。私は適当なところで話を切り上げて、さっさと自室へ戻った。
「お母様……私はどうしたらいいの……?」
お父様が正しいことは分かっている。私みたいなどうしようもないバカは、家に閉じこもっているのが一番いいんだ。
でも、そんな私にエドウィン様は一緒に城へ来いと言っている。だけどそれは絶対に嫌だ。城へ行ったらどうなるか分かっているから。皆が噂話をする声が聞こえてくるようだ。
――あの子がクリスタなの?
――かわいそうにねぇ。もうあれから半年かしら?
――見てよ、あの間抜け面! きっとすごく頭が悪いんだわ。おかしなことに巻き込まれて当然よ。
どれが実際に言われたことで、どれが妄想なのかは分からない。でも、皆が私を見てヒソヒソとあることないこと囁くのは目に見えている。
それだけじゃない。もっと悪いことも起きてしまうかも。たとえば……嫌な人と出くわすとか。
そんな疎ましい思いをしてまで、宮殿は行く価値があるところなのだろうか?
――君だってレディーの正体を知りたいだろう?
エドウィン様の言葉が蘇ってきた。……ああ、どうしよう! レディーをダシにされたら、頑固に「いいえ」と突っぱね続けられない!
私は悩みに悩んだ。そして、結論を出す。ここは勇気を出すしかない。「できうる限りのこと」をする。この賭けに挑むことになった時にそう決めたんだから。
と言っても、皆の噂話や会いたくない人を無視して平然と城を歩き回れるほど私の面の皮は厚くない。
そこで考えたのが変装だ。
カツラを身につけ、その上からスカーフを被る。そして扇子で顔を隠し気味にした。服装も、持っているドレスの中で一番地味なものを選んで人目を引かないようにする。
「どうかしら、お母様」
鏡の前で軽くターンしながら、私は肖像画の母に尋ねた。
「これなら誰も私だって分からないわよね?」
というか、そうでないと困る。コソコソしている私を見て、また皆が変なことを言い始めるのは嫌だった。
……ああ、でも、エドウィン様にはどういう風に言い訳をしよう? 「どうしたんだ、その格好」って聞かれたら何て答えればいいかしら?
「……イメチェンです」
鏡に向かって呟く。
どうやら変装だけじゃなくて、言い訳の練習もする必要がありそうだった。エドウィン様は鈍いんだか鋭いんだか分からない人だから、このセリフにどんな反応が返ってくるかは未知数だけど。
でも、心配はいらなかった。次の日の朝、屋敷に私を迎えに来たエドウィン様は「イメチェンです」の言葉に、「オシャレなんだな」としか言わなかったから。




