第1話 俺がルールだ
第1話
俺がルールだ
「かぁ~相変わらず器用な”鼻”だなオメ~のは!また鼻血かよ、
テッィシュぐらい差し入れしろよ。事務所の紙おめーが殆んど使っちまうから、
またパシリに行かさなけりゃなんねーじゃねーか。」
事務所に寄ると玄治が笑いながら話しかけてきた。
「それにその白髪、いい加減に染めたらどうだ、まるで70爺に見えら!」
「おーい、金太!!マサの旦那が使い切っちまった!お前マツヨキでティ
ッシュかって来い。」
金太が玄治に呼ばれ応接に入ってきた。
「親分、俺がティッシュですか?!」
「あ~、アヤコは今、洋品屋のオヤジんとこにノミ代の集金に行かせてら~
今、他のパシリがいねーからお前行け!、でもその前に(親分)つーのは
やめねーか!まるでヤクザじゃねーか、社長って呼ばねーか、いいかげんによ!。」
「へい!今後気をつけます!!」
俺は金太に五千円札を渡し
「残りはメシ代にでもしてくれ。」
と言って頭を下げた。
「ありあとあんす!」
威勢良く金太が飛び出していった。
「おめーが鼻血ったーどういったシゴトだ?今回は?」
玄治は興味ありげに問いかけてきた。
俺と玄治は高校時代からのポン友だった。
高校は県立でもトップクラスの偏差値の進学校だったが、頭でっかちの
学校にありがちな複雑でまだらな人間模様からはこの2人はみだしがち
の無頼者だった。
あの時の喧嘩がいまでもこの清廉潔白を自負するヤクザ者との付き合い
が続いている要因の一部となっていた。
どんな学校でも突っ張っているヤツはいる。
空手部に黒田というガキがいた、空手の実力は県内でも相当だったらしい。
実力はあれど部では副将というトップになれない男。
人間性を顧問に見抜かれていたのだろう。
後輩達の人望は主将に集まり、実力のみの男は部内では敬遠されがちにな
っていた。
この男のストレスは外に向かい、クラス内でよく喧嘩騒ぎが起きた。
騒ぎといっても空手有段者相手ではまともな殴り合いにはならない。
黒田は数ヶ月で学年問わず番長的な存在となっていた。
番長には決まって家来が付き物である。
段々と組織化された上下関係が出来上がりつつあった。
おとなしくしていれば特段害はないためクラス中の人間は黒田に逆らわない。
300円とか500円とか僅かな銭を時々同級生にせびる小物だった。
ただ、クラス内で黒田に靡かない人間が2人いた。
俺と、矢崎玄治だった。
玄治は高校生でもすでに身長は180cmを超えいた、ただ性格的には慎重な
男で、無口だった、華道部に入部して部活時には黙々と華と会話をしていた。
この男の凶暴さはこの時起きた喧嘩で始めて知る事となった。
「マサ!俺、放課後、グランド隅の雑木林に呼び出されたぜ。」
「エッ!?矢崎もか?、さっき佐々木が、虎の威を借りて、木村~
てめ~、黒田様がお呼びだ~って、言って来やがった。」
「じゃ、2人か?呼ばれたの。」
「玄治、どうする?」
「マサ!別に行く必要ねーんじゃねーの?恐いとかじゃなくてよ、用がありゃ
テメーから来りゃいいじゃねーか。無視、無視。」
「夕方からバイトだしよ、強がりの優等生相手に裂く時間はねーよな。」
その日はそのまま帰った。
翌日の休み時間、玄治と駄弁っているとまた佐々木が来た。
「テメーら昨日は何で帰った?あー!!待ちぼうけで黒田様はカンカンだぜ、
今日も同じ場所で待ってるからよ。」
佐々木は言い捨てるように振り向き去ろうとした矢先、玄治の長い手が佐々木
の学ランのカーラーを”ムンズ”とつかみ引き倒した。
「おい、スネオ!!黒田に伝えな、おめー勘違いすんじゃねーぞ、”用がありゃ、
お前が来いと”馬鹿ガキの寝言聞いてやる暇はねーよってな。」
普段無口な矢崎の怒号は佐々木を”びびらせる”には充分だった。
佐々木の目には怯えが走っていた。
「マサ、俺は弓引いちまった、覚悟しようぜ。ケケケッ!ある意味楽しみだ。」
俺はゆっくりと教室内を見渡したが黒田はいない、部室で昼飯食っているんだろう。
教室内を見渡す俺の目を見て、玄治が言った。
「おめーも同じ目してんな、安心したぜ、でも危ねーよ、その投げやりな目はよ、
平気で人を刺せる獣の目だぜ。」
無意識のうちに教室内を見渡した洞察眼、玄治にだけは見透かされていた。
「玄治、一応それなり準備して下校しよう、何も無けりゃそれまで、あったらあった
までだ。」
下校時の裏門には関所が出来ていた。
2人で門を出ようとすると10人くらいの家来衆に捕まった。
そのままグランド隅の雑木林の中へ、最奥に黒田がタバコを燻らせていた。
「おい、矢崎、木村、テメー達、俺に挨拶がねーよ、気に入らねーよ、
たまには小遣いぐらい回せや、バイトで稼いでんだろう?」
矢崎は笑顔で答える
「なんでテメーに小遣いやらなけりゃいけねーんだ?お前は乞食か?」
「バッカだね~、お二人さん、安全保障料さ、お前達ぐらいだ、俺に逆らうのは、、、
早くから俺のいうこと素直にきゃー痛い目にも遭わねーのによ。」
「なんでお前の言うこと聞かなきゃなんねーんだ?クロダ?」
「オッ!木村もなにもわかっちゃいねーな?俺がルールなんだよ、この学校は。」
「”カツアゲ”がルールかい?おまえカツアゲに暴力つかったら、強盗だぜ!」
「そいつも、ルールさ、俺のルールなんだよ。」
黒田と対自する2人、それを取り囲む10数名の家来、どうせ黒田が恐くて
集められた烏合の衆だろう。
この状況からすれば俺達2人には圧倒的不利な状況に見えるだろう。
でも有利と思っているのは黒田側の人間だけであって、玄治もマサも悠然としていた。
「クックック。」矢崎玄治が笑う。
黒田の顔が引き攣った。
「矢崎!!なにが可笑しい?。」
「相手間違えてねーか?黒田クンよ!俺はお前のためを思って避けて来てやったんじゃねーか?」
「はぁ~???」黒田は拍子抜けした如く素っ頓狂な声を出した。
「オメーちっと空手の真似事出来ると思って勘違いすんなよ、空手はスポーツだろ?
弱いもんいじめの道具じゃねーぞ!」
「ザケロ!!矢崎!!!男の喧嘩だ!!」
いきなり黒田の前蹴りが飛んだ。
矢崎は瞬間、後ろへスウエーバックしたが有段者の蹴りが右手上腕部に当たった。
のけぞり倒れたがすぐ立ち上がり、
「痛いね~、痛いよ~、いい蹴りだね~、、、ふふふっ」言い放った。
完全に決まらなかった自信の前蹴り、正気を失った黒田は続けざま蹴りを出し間
合いを詰めてきた。
たまらず矢崎は左の手をを突き出し、
「ちょーっと待った!!待ってくれ」というと
黒田は一度動きを止め、勝ち誇ったような顔となり
「なんだ、もう降参か?矢崎よ~、」と叫ぶ
矢崎は息を整え
「黒田よ、どうしてもやるんだったら覚悟出来てるのか?」
「なにが?~」黒田は今にも間合いの詰まった矢崎に対して正拳突を入れるべく
待機したままの格好で叫ぶ。
「何の覚悟だよ?矢崎!!」
「リンチ事件じゃ進学もなくなるぜ?おーい周りの皆、オメーラも黒田と同
罪で推薦パーだぜきっとクックックッ・・・・。」
「やい!佐々木!就職するのか?俺達とクックック、」
3、4人の家来が今の矢崎の脅しで逃げ去った。
「ごめん黒田君、これ以上関りあいたくない」
家来の裏切り、所詮進学校の生徒なのだ。
これを見た黒田は逆上し矢崎に突きを繰り出す。
矢崎が何発かキツイのを貰った所で俺は黒田に飛びかかった。
一発はパンチが黒田の顔面に入ったが、しょせん素人パンチだ、反撃の物凄い
肘打ちが俺の鼻を襲った。「グキッ!!」という鈍い音が体を突きぬけ、めまい
とともにきな臭さが顔面を被った。
「ウグッ!!」
気がつけば顔中鼻血にまみれ倒れていた。
戦意喪失しそうになるがかろうじて立ち上がる、ぼたぼたと垂れる鼻血。
周りを見回す、2対1ではあるが隙を見せると家来に襲い掛かられかねない。
「おい、マサ大丈夫か?」
ゼイゼイと息が切れる中、矢崎が声をかけてきたが、黒田も肩で息を
している。
「黒田、どうしても俺達を”ヤリ”たいんだったらおめー死ぬぞ!
その覚悟あんのか?ゼイゼイ~俺も、木村も、お前の軍門には下らねーよ。
死んでもな!!。」
「笑わせんな矢崎!!死ぬのはお前らだぜ!!」
黒田はさらに矢崎に間合いを詰め、決めの一撃を炸裂させた。
今まで一歩も前に出なかった矢崎。
絶好の”間合い”が出来るチャンスを待っていたのだ。
驕り高ぶった隙、力みすぎの大きいモーション、この瞬間を待っていたのだ。
制服のポケットに忍ばせた華道用の”剪定挟”。
ハイキックが来る前から左手をポケットに突っ込んでいたのを俺は見ていた。
左手でガッチリと握り、さっと右手で”挟尻”を押さえていた。
一瞬の早業だった。
矢崎は黒田の蹴りと交差するように踏み出し体ごと黒田にぶつかった。
黒田の右わき腹に剪定挟みは突き刺さり血が吹き出した。
「熱っ!!」と言ったかとおもうと黒田はその”熱さ”の原因部所に目を走らせた。
一瞬何が起こったか判らない表情で黒田は自身の真っ赤染まり行くYシャツを凝視
すると
今度は「ウワッー」と絶叫し膝を折り、”ストン”正座した形になった。
腹を刺された黒田の体躯から力が抜けて行くのが目に見えた。
矢崎はいたって冷静に
「黒田、喧嘩じゃねーっていったろう、殺し合いさ!お前と違って、木村も俺も
お前ら程度が考える喧嘩と思って来たんじゃねーよ、だから覚悟はいいかって聞いたん
じゃねーか。」
「ぶ、武器使うなんて卑怯だろう?」
「お前の手足は武器じゃねーのか?有段者さんよ。それに殺し合いに卑怯もラッキョウ
もねーだろう、やるか、やられるかの覚悟でここに来てるんだぜ。」
矢崎の腹から搾り出すような台詞に周りの空気が張りつめて行く。
「黒田よ~悪りーけどお前と違って俺達にルールはねーんだ、お前やお前の家来みたいに。」
そういうと周りの家来を睨みまわした。
家来の中で一人が小便を漏らしていた。
人が刺された、それどころか喧嘩の現場さえ見たことない坊ちゃん達だった。
優等生達は足が震えているものもいて少しづつ後ずさりしたかと思うと一目散に
逃げ去った。
まだ血が滲んでいる黒田のわき腹を俺は容赦無しに蹴り上げた。
「ギャー!!ギャー!!やめてくれ!!」
「おい、黒田!お前はここで死ぬんだよ!端から少年刑務所覚悟でやってんだ
俺達はもう親もいねーんだ、失うものがないんだよ。」
黒田はとうに戦意を喪失した様子だったがお構いなしに蹴り回した。
「助けて、助けてくれ!!」
「おい、県下一の空手の使い手さんよ、わめくなよ!相手を間違えたんだ、お前は。」
黒田の体は震え出し、血が滲む唇はガタガタと震えている。
「だ、だ、だ、助けて下さい!」
黒田の懇願が始まった。
俺はその顔面に力いっぱい蹴りを入れた。
黒田は正座のまま後ろにのけぞり鼻血を吹き出した。
「黒田~?お前の肘打ちは凄いね~、俺の鼻折れたぜ、でも俺は空手やってねーから
利かねーだろ?」
「ごめんらさい、ば、ばけました、俺の負けです、木村くん!やめてくらさい。」
折れた前歯を吐き出しながら黒田は懇願を続けている。
「”木村くん”だってよ、おいどーする?玄治?」
「コイツ?」
「あーコイツ。」
「マサに任せる、同罪だ。どうせ年少いくんだろうから、ケジメつけようぜ。」
「まだ血が止まりません、早く救急車呼んでくらさい~。」黒田が泣き出した。
「チッ!!しようがねー坊ちゃんだぜ。」
「おい、黒田!土下座して手ついて謝まんな!」
黒田はよろよろになりながら俺と玄治の前に土下座した。
「土下座?少し甘いんじゃねーか?マサ?!」
「甘いか?」
「あー、こいつの武装解除しなくちゃだめさ、ケジメだよ。」
玄治はニッコリ笑いながら林を見回しレンガブロックを拾ってきた。
「おい、マサそいつの腕捕まえてろ。」
そして今も土下座を続ける黒田の地面についた手にブロックを叩き付けた。
「うぎゃーーー!!」悲しくも切ない悲鳴が雑木林にこだました。
「ガキッ!!」「グシャ!!」「....!!」
骨が砕かれた音。
一度ではない、合計3回の振り下ろされたレンガにより利き腕の拳は複雑骨折した。
黒田は泡を吹いて失神した。気を失う前には失禁もしていた。
「これで一生、空手は無理だろうな?」
矢崎はこともなげに言った。
「じゃー殴られなくても済みそうだ、あははっ。」
「言うね、マサ!」
パトカーのサイレンが近づいてくるのが判った。