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赤い鳥、泣いた。  作者: 日多喜 瑠璃
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9

第9話です。

若手野鳥写真家・健太。

まだ姿を見せない赤い鳥は、彼とその周りの人々を…


「山村君、こないだ言うてた“赤い鳥”て、どうなった?」

 JNPA大阪支部長・塚原は、健太に電話をかけてきてそう言った。どうやら“赤い鳥”の写真に関する、協会への問い合わせがあった様だ。

「は、はぁ。実は…」

 まだ姿すら見ていない。いや、そもそも個体数の極めて少ない、レッドデータに該当する野鳥だ。

「人生かけるって言うてたやんね? 撮れるんかいな?」

「それは…まだ何とも。」

 ―やっぱり何もわかってねえな、この人。


 アカショウビンは、既に多くの野鳥写真家達が画像を提供している。作品数としては、特に希少なものではないかもしれない。健太の拘りは、自分の作品を発表する事だ。

 だが、その姿を見るために必要なのは、観察データと探鳥能力。あとは運に左右される割合が高い。写真撮影の腕には自信があるが、まだその運が巡って来ない事に対し、多少もどかしさを感じている。


「そうか。ほな、他の人に頼むで。ええんか?」

「申し訳ないんですが、今回はそれでお願いします。」

「今回は…て、もう来ぇへんかもしれんけどな。」

 何と言われても、ないものは出せない。クライアントを仲介してくれるのはありがたいが、どうもこの塚原という男、上から目線でものを言う。それが気に入らない。

 ―アンタに頼らなくても、自分で何とかするんだよ!

 腹の中で悪態を吐いてみる。野鳥写真家・山村健太といえば、既に若手実力派として関係者の間では有名だ。物怖じする事などないのだ。

 しかし、JNPAに所属する以上、京都に居れば塚原との関わりは避けられない。

 ―いつか彼奴をギャフンと言わせてやる。



「おはよう。今日はえらい早いな。」

 その日、健太は菊池より早く鳥研事務所に来て、パソコンと睨めっこしていた。

「あ、おはようございます。」

「どないしたんや?」

「え? あぁ…」

「目ぇ怖いぞ。」

 ―アンタの顔の方が怖ぇけどな。クスッ。

「ワシの顔の方が…」

「出たぁ〜!!」

「何がや?」

「あ、ははは…何でもないです。」


 健太はアカショウビンの観察データを集めていた。しかも、鳥研のみならず一般の人の観察記録まで、ネットに上がるものは、重箱の隅をつつくかの様に読みあさり、事細かく記録していた。

「鞍馬山、芦生原生林…芦生は撮影には向かないですね。」

「あかんのか。」

「探鳥ポイントが、ガイド付きツアーじゃないと入山許可が取れないんです。鳥研とJNPAに所属していて、撮影のために入りたいって伝えたんですが、結局、「個人様になります」って言われて。」

「何やケチくさいな。」

「ダメですよ、菊池さん。大学の研究林だし、そのルールに従うのが絶対条件ですから。」


 菊池は、少し不服そうな表情を見せた。どちらかと言えば神経質で気性の荒い健太だが、この時は闘志にも似た撮影意欲を抑えるかの様に、冷静な表情で菊池を宥めた。

「探鳥は出来るんです。たぶん…ですよ、たぶん早朝から夕方まで一緒に粘ってくれるガイドさんが居れば、撮影も出来るかと。でも、ガイド自体が限られた人しか出来ないみたいです。そういうルールでやらないと、森の管理なんて出来ないんでしょう。」

「指定された人のみって事やな。そやないとナンボでも人が入って、原生林が原生林でなくなってまうんやろな。」


 難しい問題ではある。しかし、探鳥も自然との共存を第一条件としなければならない。どんなに良い森でも、人が踏み込む以上は少なからずとも荒らしてしまう。大切なのは、その痕跡を残さない事だ。

「ゴミはもちろんだけど、そこに焚き火の痕なんか残ってると…」

「ゲンナリやな。」

「げ? ゲンナリ?」

「知らんのかいな、ゲンナリ。落胆するっちゅう事。」

「最初から落胆するって言ってくださいよ、もう。」

「知らんがな。ワシらにとっては標準語やし、普通に言うとるわな。」

「京都弁ですね? 『…どす』とか言うん…」

「お、お、お、またキビタキのデータ上がっとるわ!!」

 ―聞いてねえじゃん。

「で? 何やったかいな?」

「もおっ!!」


 ところで―。

 健太が探している赤い鳥、すなわちアカショウビンの観察記録。野鳥名から検索すると、健太にとって未踏の地が、まだ地図上に残っている。

「菊池さん、ここって…」

「ん? 八丁平か。」

 八丁平―。そう言うと、菊池はしばらく黙り込んだ。

「あの、菊池さん?」

「お? おぉ。」

「八丁平ですね。ここにも記録が残ってるんですが。」

 ―どうしたのかな? 聞いてんのかな?

「あの…」

「島田や。4〜5年前のデータやろ?」

「いえ、最新データもあります。こっちは一般の方ですよね?」

「……」

「島田さんなんですか? 島田さんはここで?」

「あぁ…」


 もう黙っていても仕方がない。そう思い、菊池は重い口を開いた。

「たぶん…やで。」

 この最新データを入力しているのは、前京都支所長・島田だと、菊池は言う。鳥研を脱会した今も、探鳥は続けている様だ。

「こっちの古いデータな、観察者は島田になってるやろ? 実はな…」

「違うんですか?」

「ワシや。」

 健太の胸に、衝撃が走った。菊池はこの時、探鳥に出かけていたと言う。という事は、彼の右足―。それが失われたのは、僅か4年前という事になる。

「ここはワシと島田と平野の3人やった。平野は女の子や。体力もあったけど、オッサンとペア組んで森に入るなんて気の毒やろ? そもそも事務所に来やへんけどな。まぁ、そやからワシと島田と組んで、探鳥してたんや。」



 2人は、京都府に残る原生林のひとつである八丁平を目指し、大原からアプローチした。最後の集落を抜け、森林交流センターの前に車を停めると、登山スタイルで入山した。


 キョロロロロロ――


 物憂げな鳴き声がこだまする。菊池は、高層湿原に燃える様な赤い動体を発見した。

「おいっ、島田!」

「居ますね、アカショウビン。」

「見たか?」

「いえ、僕には…」

 そう言いながら、島田は地図をタップして鳥マークを表示させ、データを打ち込んだ。

「何しとんねん? 見つけたんはワシや。ワシの名前で登録しやなあかんやろ?」

「いや、僕が支所長やから。」


 その瞬間から、2人の間に溝が生じた。菊池自身、本当は記録に名を残すなどどうでも良かったが、嘘の記録は残すべきではないと思っていた。一方で島田は、その立場上だろうか? 自らの名を残したくて仕方がなかった。

「支所長やから。」

 それは理由にならない。しかし、ペアで入山しているのは事実だ。菊池が許せば問題にはならない案件なのだ。なのに菊池は、僅かでも不正確な記録が残るのは許せなかったのだ。


 険悪なムードのまま2人は下山し、帰路に着く。

「おいっ! 今の道、左に曲がらなあかんやろ!?」

「このまま真っ直ぐ行ったら花背(はなせ)に出るんですよ。黙っててください。」

 島田が車を進めたのは、尾根伝いの林道だった。廃道同然の荒れた地道を行くと、やがて島田の普通車は立ち往生してしまった。

「お前! ええ加減にせえよ!!」

「引き返したらいいんでしょ!? うるさいなぁ。」

 島田はそう言って、車をバックさせようとした。狭い林道でのバックには、危険が伴う。菊池は車から降り、島田を誘導しようと思った。

 その時―。

 石が車止めの役目をし、タイヤが回らない。島田は勢いよくアクセルを踏んでしまい、驚いた菊池は足を踏み外し…


「谷に落ちてしもた。」

「……」

 大きな怪我を負った菊池の右足は徐々に壊死が進み、これをくい止めるにはもう、切断するしかなかったのだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

赤い鳥は、健太とその周りの人々の人生を引っ掻き回しているのでしょうか?

菊池の右足の秘密が明かされましたね。

書いてて、結構胸が痛くなりました。

今回は事務所内でのやり取りでした。

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