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赤い鳥、泣いた。  作者: 日多喜 瑠璃
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8

第8話です。

前回の、芦生の森の続きからスタートになります。

相変わらずな健太と飛鳥、菊池とのやり取りを楽しんでいただけたら幸いです。

 森を抜け、2人はゲートに戻って来た。往復およそ7時間のハイク。道はフラットだが、フィールドスコープを取り付けた頑丈な三脚はさすがに重く、健太は思いの外疲れを感じていた。

 ゲートを抜け、2人は駐車場へ。ふと見ると健太の車の横には、なるほど確かに飛鳥の赤いオフロードバイクが停めてある。一体いつの間に? そして、何故ここに? 不思議だ。


「楽しかった〜!」

「う、うん。」

「あれ? もしかして、まだ凹んでる?」

「いや…」

 少し考え事をしていた健太だが、訊いてみたところで飛鳥は、また「空から見てる」とか、「翔んで来た」なんて言うに違いない。本当の事など答えてくれる相手ではない。そんな事も分かっている。知りたいと思えば、自分なりに考えるしかないのだ。

 ―この人は一体何者なんだろう?

 難しい顔をして飛鳥をチラリチラリと見ては、また俯く。健太のそんな様子が、飛鳥の目には元気がないように見えていた。


「あのさぁ。これ、見てみ。」

 ひとまずその場を取り繕うべく、健太は1枚の紙を取り出し、飛鳥に渡した。

「あぁ、これって…」

「うん。野鳥分布地図だよ。」

 菊池から手渡されたその地図には、数種のレッドデータに該当する野鳥が記録されている。しかし、その該当するエリアには、ガイド付きツアーでしかアプローチ出来ない現状。

「なあ、飛鳥。ここで撮影って、どう考えても無理だよな。」

 地図上のあるポイントを指差して、いかにも困ったような口調で話しかける。

「え? 何で? あ、ああっ! えへへ。」

 対して飛鳥は、あの管理棟でのスタッフとのやり取りを思い出し、笑った。

「個人様でご利用可能な〜…うふっ。」

「ああ、もう…そうやってさ、すぐに人の言い方を真似するじゃん。だからムカつくんだよな。」

「あ、そうですか。でも個人様になりますぅ。あははは!」

「うるせえやっ!」


 飛鳥は少し笑いながら、胸の高さ程もあるバイクのハンドルを手に取って向きを変える。エンジンをかけ、また笑いながらヘルメットを被った。

「ぃよっこらしょっと!」

「飛鳥さぁ、よくそんな背の高いバイクに乗ってるな。」

「チビのくせにって…? ふんっ! 悪かったなっ!!」

「そんな事言ってねぇよ。」

 ―でも、足届いてねえじゃん。

 ―あははは!

「ほな、またね!」


 ダダダダダダダダダ――


「またね…か。」

 飛鳥を見送る健太は、バイクに跨って手を振るその後姿を見て、何故か少し清々しい気持ちになった。今まで感じたことのなかった、何にも例えようのない心地良さだった。

 ―飛鳥とこんなに長い時間一緒だったのは、初めてだな。

 そんな事を思う。いや、思ってみる。飛鳥の事を気にかけてみる。いろいろ悩まされたりもしたが、意外と楽しかったのかもしれない1日。

 ゲートの前で再び1人になった健太だが、そこには笑顔が見え隠れしていた。


「さてと、俺も帰るか。」

 芦生からの帰り道は、美山の町とは反対方向に南下してみた。

 道幅は広くはないが、谷あいの美しい自然に囲まれた道を、スピードを抑えながらも軽快に走る。急坂と急カーブが続く峠を登り切った所で、健太は車を停めた。

 スマートフォンの地図を開いてみる。どうやら、ここから芦生原生林までのコースがあるようだ。

 ―て事は?

 この周辺だって、府内ではレッドリストに載る鳥達が見られるかもしれない。

 ―いつか、ここも歩いてみよう。また出てくるかな? あの…

 飛鳥という女―♪



「おはようございます!」

 翌朝、健太は鳥研事務所へやって来た。少し疲れの残る表情だが気分は晴れやかだ。

 天気は…曇っているというのに―。

「おはよう。収穫あったか?」

「いえ…ゴジュウカラ見ただけです。」

「ほう、ゴジュウカラかて、京都では準絶滅危惧種や。立派な収穫やで。」

「そうですね。でも、もっと言うならミソサザイとかでも収穫なんですけどね。」

「そやな。いつでもどこでも見れる鳥とは違うしな。」

 菊池は、健太のこういった考え方が好きだ。ある一定条件でしか見られない鳥を、その条件で見たのだ。これを収穫と言わずして何と言うのか?


「あと、ほら…」

「はいっ! 会いましたよ。ええ、会いましたとも。」

「ん? 誰に?」

「山ガールでしょっ!?」

「何も言うてへんやん。」

 ―はははははは!

「バレた以上、開き直りですよ。」

「まあ、ええこっちゃ。はっはっは!」

 今回も、健太は“山ガール”と会っていた。その事を知り、菊池はホッとした。彼にしてみれば、むしろ健太が誰とも会わない方が心配だった。森では、いつ何が起こるかわからない。最悪の場合、1人では対処不可能な事態だって起こり得るのだ。



「おお、これか?」

 にこやかな表情でパソコンの画面に向かう菊池は、野鳥研究会オリジナルアプリ『TK探鳥ナビEX』の分布地図を開き、最新記録をチェックする。そこには健太が登録した鳥の名が、前日付でいくつも記録されている。

「なるほどな。ゴジュウカラ、ミソサザイ、お? サメビタキも?」

「普通に見ましたよ。」

「まぁ、確かに居るやろけどな。キビタキやらと比べたら地味やし、あんまり目ぇ引いてへんねやろ。」

 地図に野鳥を登録すれば、地図上に鳥のマークが付く。登録された野鳥を見るには、その鳥のマークをクリックするだけだ。す?と画面上に、野鳥の種類と探索日時が一覧表になって表示される。


「あれ? 今、誰か入ってますね。」

「お? ホンマやな。」

 さらには、アプリ使用中はGPSが連動し、その間は使用者の位置が地図上に表示される仕組みになっている。この日は朝からアプリ利用者が入山している様だ。

「このアプリ、ただ鳥の居場所を登録するだけじゃなくて、探鳥の時も自分の位置を発信出来るんですよね。何かと助かる事もありますよね。」

「そや。事故が起こっても、居場所判ったら助けに行ける確率高うなるしな。よう出来とるな。でも、もっと大事なんはな…」

 1人で森に入らない事だ―。菊池はそう言った。尤もだろう。だが、探鳥活動をしているのは、京都支所では健太1人だ。理論上は、健太はいつも1人で森に入る事になる。

「GPS連動は忘れんとONにしとかななぁ。」

「もちろんそうですよ。GPSは、何より1番に確認してます。大丈夫です。」

「ちゃんとしてたら、ワシもここで一緒に入山してる感覚や。あくまでも感覚やけどな。」

 ―嘘つけ! 絶対昨日は見てねぇだろ!!

「すまん。昨日は見てへんだ。」

 ―あ、あはは。オッサン!!


 そう言いながら一方で、健太は1人である事を、いつしか役得であるかの様に感じ始めていた。

 あの、飛鳥という女性―。

 彼女は森に入る度に現れ、馴々しく声をかけて笑う。だが、その時自分が他の誰かと一緒に行動していたとすれば、どうなのだろう?

 鳥の様に警戒心を持ち、自分の前から翔び去ってしまうかもしれないのではないか?

 それは、不安…なのか?

 1人で居たところで、いつ何時でも飛鳥が来るとは限らない。居れば居たで、何だかんだ言って邪魔をする。この邪魔をするかの様な行動や言動にはいつも苛ついてしまうのだが、居ないとなると淋しい。      

 あの、「ほな、またね!」のすぐ後に生まれてくる、思いもよらぬ感情。

 健太はその事に、少しずつ気付き始めていたのだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

健太の気持ち、自身でも気づき始めています。

筆者の都合上現地取材が出来ない中での、森で見つけた野鳥達。

ネットって本当にありがたい存在ですね。


前回のゴジュウカラの他に、今回は…

ミソサザイは、森を流れる川べりで見られる留鳥。

褐色の小さな野鳥です。

サメビタキは夏に飛来する野鳥で、本文中にも記した様に、キビタキの様な明るい鮮やかさを持ちません。でも、とても可愛い野鳥である事は変わりありませんよ。


次回もお楽しみに!

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