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赤い鳥、泣いた。  作者: 日多喜 瑠璃
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7

第7話です。

なかなかお目当ての野鳥に出会えない中で、今回は京都府屈指の野鳥観察スポットへ。

さあ! 行きましょう!

「おはようございます!」

「ああ、おはよう。」

「おはようございます。」

 朝、健太が事務所に着くと、先日も見かけた車が停まっていた。運転手は車椅子を用意すると、菊池を抱える様に車椅子に乗せた。

「おおきに。いつもすまんな。」

「それはやめて下さいって。」

 そう言いながら、運転手は健太を見て会釈し、車に乗り込んだ。


「お知り合いって仰ってましたね。あの方、今から出勤なんですか?」

「ん? うん。」

 ―こんな片田舎から、どこまで通勤してるんだろう?

「仕事もそれぞれ、事情もそれぞれや。」

「ですよね。お高そうな服、着られてますね。俺なんかセンスないからあんな服持ってないし、似合わないですよ。結局買ったのって、アウトドアブランドの機能性Tシャツだし。」

「梅田行った時か? あの辺お洒落になってるらしいな。」

 ―義足作ったら、ワシでも梅田も行けるやろか?

 知人だという彼を見送りながら、菊池はそんな事を思っていた。


「えっと、それでですね。」

「ん? 阪神高速の環状線、2周ぐらい回ったか?」

 ―何てぇ勘の良さだ!?

「い、いや、何仰ってるんですかっ。ち、違いますよ。」

「ははは、恥ずかしないって。あそこは慣れへんモンが行ったらわからん道や。ワシかて迷うわ。」

 ―う、嘘つけっ! 運転出来ねえだろっ!!

「嘘やけどな。はっはっは!」

 ―頼むから、笑えるジョークにしてくれ〜。


「あのですね、芦生(あしう)に行こうと思うんですけど。」

「芦生か。ちょっと待ってな。」

 菊池はパソコンを操作し、分布図を開く。

「はぁ。行き止まりになってるんですね。」

「車はここまでしか行けへん。こっからは歩いて入る事になるし、入山許可取らなあかん。当日でも行けるとは聞いてるけどな。」

「ちょっと実績見せてもらっていいです?」

 夏鳥の観察時期は、梅雨入りまでに集中している。それは無理もない。原生林での降雨には、多くのリスクが伴う。

「結構居ますね。」

「そやな。このデータは直近とはちゃうけど、実績は皆、夏鳥やな。わりと最近更新されたやつやわ。」

 愛鳥家にしてみればかなりテンションが上がる顔ぶれ、希少種達が名を連ねる。しかし、それぞれ個体数は少なく、一般者の入山ルールである日帰りでは、見られる確率はかなり低いと思われる。


「実際に見た人が?」

「え〜っとな、特定の人ではないけど、アプリ使てる人が送信してくれたはる。」

「特定の人ではない? という事は、鳥研以外の人ですか?」

「まぁ、アプリ自体はアカウント登録したら誰でも使えるし、データ共有できるやん。第一、3人しか居らん支所でデータなんか集められへんし、いろんな人に協力してもらわんとな。」

 確かにそうだ。3人…いや、実質1人なのでは? 何しろ、積極的に森へ出ているのは健太1人なのだから。実際のところどうなのかわからないが、健太自身はそう認識している。

「芦生はな、京都府の中でも愛鳥家の間で有名や。健太も知ってたんやろ?」

「はい。兎に角、野鳥見るならここに行け…ぐらいに聞いてました。」

「ここと、もうひとつあるけどな。まぁそこは後々やな。とりあえずは芦生行ってみるのがええやろ。」

 ―とりあえず…か。よし、行ってみるか。



 翌日、健太は車に機材を積み込み、美山方面へと車を走らせていた。茅葺きで知られる名所を抜け、さらに山の奥へと、道が続く限り進む。鞍馬へと続く道を逸れると、その先の集落を終点に道は途切れ、そこからは歩いて入山する事になる。

 健太は車を駐車場に停めた。


「お1人ですね? 個人様でご利用可能なルートは…」

「一応JNPAと鳥研に加入してるんですけど…」

「あ、そうですか。でも個人様になります。ツアーとか、専門のガイドが居ないと。」

 ―そういう事か。でも入れるなら。

「とりあえず行ってみんと分からへん…ね!」

 ―うわっ!! 出た!!

「出たって失礼やな。こらっ! トリケンっ!!」

「何も言ってねえし。てか、いつの間に?」

「背後に居たで。ずぅ〜〜っと。」

 兎にも角にも、また2人は合流した。いや、してしまった。入山してしまえば、ゆっくりどっしり腰を据えて野鳥探索が出来る。そう思っていたのだが―。


「なあ?」

「ん?」

「何でいつも、俺の居場所がわかるんだ?」

「知りたい?」

「あぁ、知りたいよ。」

「んふふ…見てるねん。空から。」

「何で俺を?」

「友達って居ぃひんけど、トリケンやったら遊んでくれそうやし。」

「お、俺はな、遊んでんじゃねぇんだぞ。」

 ―へ? ちょっと待て。何で空から?

 またおかしな事を言い出した。あくまでも自分は鳥だと言うのか? いやしかし、本当に空からでも見ない限り、こんなにまでも居場所を当ててしまう事など出来ないのではないか?


「あれ? トリケン、この道行くの?」

「うん、もう1つの方って、ガイドが居ないとダメなんだって。」

「翔んで行ったらいいやん。」

「翔ぶぅ? お前じゃねえよ。」

「え? ホンマに翔べる思てんの? 何言うてんの、お前。」

「は? お前だと!?」

 飛鳥の予想外の言葉遣い。健太はムッときたが―。

「トリケンは飛鳥にお前って言うやん。飛鳥はトリケンにお前って言うたらあかんの?」

 言われてみれば、確かにそうだ。お前と言ってはいけないルールなど、ない。ぐうの音も出ない。

「あ、あぁ、そうだな。自分が嫌って思う様な呼び方、人にしちゃいけないな。でもさ、名前呼ぶにも、『さん』とか『ちゃん』とか付けるの、今さら照れくさいんだよ。」

「そやから、飛鳥でいいって。」


 足取りが重くなる。俯き加減で歩く健太。その後から、木々を、道を、水辺をキョロキョロ見ながら、相変わらず飛鳥は跳ねる様に歩く。

「ほらぁ! 鳥さん探すんやったら、下ばっかり見てたらあかんで。」

「わかってるよ。」

「考え事ばっかりしてたら、躓いてコケるで。」

「わかってるよ。元気だな、おま…え…じゃない、飛鳥は。」

「元気ないやん、お前!」

 ―あ、はは。

 ―クスクス。

 ―あはははははは。


 歩く事、3時間半。このルートの終点と思われる場所に辿り着いた。まだ先へは進めない事もなさそうだが、届け出たルート以外に踏み込まないのがルールだ。

 沢のせせらぎを聴きながら、健太は三脚を立て、フィールドスコープを設置した。野鳥の多くは、ブナなどの落葉広葉樹(らくようこうようじゅ)を好む。辺りを見渡せば、鳥達が何処に居てもおかしくない広葉樹林だ。

「結構時間かかったな。探索も1時間くらいしか無理か。」

 フラットで歩きやすいと思ったが、予想以上に時間は過ぎていた。


「見つけられるかな〜?」

「楽しそうだな、飛鳥。」


 フイフイフイフイ――


「あ、ほら、トリケン!」


 フイフイフイフイフイフイ――


「何だよ、人を犬みたいに。口笛で呼ぶなよ!」

「こらっ、ワンコかて今は名前で呼ぶねんで。」

「俺はワンコより下?」

「お犬様ってお呼びっ! ちゃうって。口笛なんか吹いてへんて。」


 フイフイフイフイフイフイ――


「ほら、呼んでる。」

「え? あ!」

「あそこ。」

 飛鳥が指差す方向には、淡いブルーグレーの羽をパタパタさせて、口笛を吹くかのように歌う野鳥。

「ゴジュウカラか!!」

「京都府では準絶滅危惧種…やで。知ってた?」

 ―知ってた…かな?

「逃げないでくれ。」

 そう言って健太は、フィールドスコープにスマートフォンを取り付ける。


 フイフイフイ――


「翔んでった。あ〜あ。」

読んでいただき、ありがとうございます。

芦生の森は、京都大学の研究林として管理されている原生林です。

それゆえ、多くの野鳥、幾多にものぼる動植物たちの命が育まれているとの事です。

長時間の徒歩を要するスポットでは、筆者も足を運ぶことが出来ず、沢山投稿されている動画を見ての取材になっています。


ゴジュウカラは渡鳥ではなく、身近に見られるシジュウカラなどの、留鳥であるカラ族の一種。

本文中でも記した様な容姿を纏い、個体数は少なめとされています。

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