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第5話です。
今回は、おそらく全国的にとてもよく知られてるであろうスポットが舞台になります。
是非読んでみてください!
赤い鳥が観察された、府内数ヶ所。大まかに地域は明かされているが、そこからピンポイントを見つけるのは至難の業だ。何しろ相手は自然であり、闇雲に情報を流せば人が殺到し、場を荒らす恐れもある。愛鳥家にとって、それは自らの首を締める様な行為だ。さらには生き物達にとっても、そこは住みにくい環境に激変してしまう。
自然を荒らすとどうなるか? その事は、あの絵本が伝えようとしている。
健太はその日、鞍馬の町外れの駐車場に車を停め、貴船神社から山道を、その先にある鞍馬寺を目指して歩いていた。
ロケーションハンティングのためだが、パワースポットからのご利益を授かる意味も兼ね、足で稼ぐが如くポイントをチェックして行く。
一眼レフに超望遠レンズでは、大きく重い。こんな時はフィールドスコープを携行し、スマートフォンを装着して撮影する。
「川かぁ。川、ねえな。」
絵本のそのままのシチュエーションを求める訳ではないが、「川に飛び込めば―。」というセリフが頭から離れず、つい水の流れを探してしまう。
木の根を跨ぎ、踏んではまた跨ぐ。
「川が関係してるなら、さっきの道路沿いなのかな? 下山したら、車で回ってみるか。」
「道、狭いけどな〜。ふふっ…」
「そうなんだよな。道が…あ!?」
「ト〜リケン!」
「あ、飛鳥!? 何でこんな所に???」
「駐車場に見た様な車あるな〜思たら…やっぱりここに来てたんや。」
「おう、来てたよ。悪いかっ!!」
「またそんな悪態つくしぃ。」
―車って? 俺が居ると思って、わざわざ山に入った? む? むむむ???
重い機材を下ろす。高倍率のフィールドスコープを支える三脚は、それなりの重量だ。山を歩くとなると、これだけでも負荷は大きい。
「今日は大砲(超望遠レンズ)持ってへんのに、こんな三脚要るの!?」
「ああ。柔な三脚じゃ、ブレちゃうんだ。」
「探鳥って体力要るねんなぁ。」
「要るよ。体力、持久力、あと…何だっけ?」
「忍耐力っ。…て、出て来んのかーい!!」
―はははははは!!
好奇心旺盛な飛鳥は、フィールドスコープが気になって仕方がない。健太はそこに気付いていた。気付いていたからこそ、飛鳥に触られない様にしっかりガードする。
「なぁ、これ…」
「い、いや…これは…」
「疲れてるやろ? 私、持ったぁげよか?」
―此奴に触らせると、ろくな事なさそうだしな。
「早よっ! 人が親切に、助けたろ言うてんのにぃ。そんなヘロヘロな歩き方してたら、根っこに躓いてコケて、それ壊すで。」
「お前は大丈夫なのかよ?」
「疲れてへんもん。ここまで翔んで来たし。」
「嘘つけっ!!」
「ほら、ほら!」
飛鳥はとても元気だ。木の根から木の根へ、ピョンピョン飛び跳ねる様に歩いて行く。軽快そのものだ。
「飛鳥な、実はトリケンが探してる鳥かもよ。あはっ!」
「…な訳ねぇじゃん。」
「ほら、そうやって決め付けるし。」
「だって人間じゃんよ!」
「しょうもない事で意地になるトリケン。あははは! ほら、貸して。」
―ううう、此奴!!
飛鳥は、フィールドスコープをセットしたままの三脚を担ぎ、歩き出す。根から根へ、跳ねる様に…というより、まるで枝から枝へ遊ぶ小鳥の様に。
「お前こそ躓くなよ。」
「大丈夫。ほら…きゃっ!!!」
「うわっ!!!!!」
―ん?
「嘘ぉ〜〜。あはははははは!」
「心臓止まるわっ!!」
―出会って3回目。そうだ。まだ3回目なんだ。一緒に歩くのなんて、初めてだ。ちょっと…いや、そうじゃないんだよ。でも、ちょっと緊張してる…のか? それにしても何なんだろう? 飛鳥の…この人懐っこさは。違う、馴れ馴れしさは。
「トリケンな、飛鳥の事呼び捨てにしたりとか『お前』とか、結構馴れ馴れしいな。あはっ!」
―ひょえ〜!! 先に言われたっ!!
「私も馴れ馴れしいやろ?」
「い、い、言ってねえし。」
―よく分かってんじゃん。
木の根道を、健太は先へ進み、飛鳥は後戻りする。程なく視界は開け、鞍馬寺本殿の前の広場に辿り着いた。
「凄え展望だな!」
「え? トリケン知らんかったん?」
「初めてだよ。ここに来るのは。ついこの間まで東京に住んでたんだ。」
「あ〜、ほんで中途半端に関東弁なんや。」
「方言みたいに言うなよ。標準語だろ?」
「私らにしたら、京都弁が標準語。」
「『どす』とか言うのか?」
「うわっ! 凄〜い!!」
―全然聞いてねぇじゃん。
「ほら、露天風呂まで見えるで。」
―見えるかよっ!
「あ、あのさぁ。そろそろ行きたいんだけど…」
「あ! ごめんなさい。」
バシッ―!!
「あ!」
―痛ててててて。
「お前…三脚は脚縮めてから持てよ。当ったのが俺だから良かったけど、他人様だったらえらい事だぜ。」
「ごめ〜ん。でも、トリケンに当たって良かった。」
―そういう意味じゃねえんだけど。
2人は再び歩き出し、山を下る。飛鳥は健太に境内を案内するかの様に話しながら、やっぱり跳ねる様に歩く。一方で健太は、「やっぱり俺が持つよ」と言って機材を担ぎ、ゆっくり急坂を下る。
「てかお前、ケーブルカーあんじゃん。」
「ほぉら! 足で稼ぐ言うといて、楽しようとしてる!」
「うっせえなぁ。機材、重いんだぜ。」
「ほな、汗流しに鞍馬温泉入る? 飛鳥と一緒に。ウフッ♡」
―え!?
「ヤラシイ!! 何想像してんの? 混浴ちゃうわっ!」
―しまった。うかつにも。チキショー!
「図星やろ?」
「あ、はは…お前も“一応”女だもんな!」
―言ってやったぜっ!!
「勝った?」
「い、いや、負けたよ。ははは…」
兎角健太は飛鳥にからかわれる。子供の頃から弄られキャラでもなかったのだが、何故か飛鳥には弄られてしまう。ただ、不思議と嫌ではない。からかわれる事には慣れていないはずだが、相手が飛鳥なら受け止めてしまう。
「ほな、ついて来て。」
飛鳥がバイクで先導し、健太は車で追いかける。鞍馬街道を少し下り、大鳥居のある交差点で右折、貴船へと向かう観光客に気を配りながら、ゆっくり坂道を登って行く。ここは、鞍馬寺へ向かう時に歩いた道だ。しばらく進むと、鞍馬寺の西門を右手に、貴船神社を左手に見て、貴船の町並みを抜けて行く。奥宮を過ぎると人波は途絶え、貴船川沿いに狭路を走る。
つづら折りの峠道を登り切ると、やがて道沿いに灰屋川へと注ぐ沢が寄り添う。飛鳥はその途中の少し広い場所でバイクを停めた。
「ここからはあの子らに案内してもろてな!」
「あの子ら?」
「ほら。」
チチッ、チチッ――
「キセキレイじゃん。」
「うふっ。あの子ら、道案内上手やで。ほな、またねー!!」
ダダダダダダダダダ――
健太は、その場で車のエンジンを止めた。
川の流れる水音。柔らかい風に吹かれ、木の葉の触れ合う音。キセキレイの鳴き声。
サラサラサラサラ――
チチッ、チチッ、チチッ――
初夏の芹生。まだ少し肌寒ささえ感じる、谷あいの小さな集落。健太は大きく深呼吸し、澄んだ空気を思いっ切り吸い込む。
川の流れに目をやると、サッと青い光が走った様に見えた。
「カワセミか。東京でもよく撮ったな。」
―ん!? カワセミ???
絵本だ。健太はふと、あの絵本を思い出した。
そういえば、『カワセミが火に包まれて赤くなった』って書いてあったな。
読んでいただき、ありがとうございます。
貴船〜鞍馬周辺は、筆者もよく出かけるスポットです。
観光名所であり、パワースポットとしても知られるこのエリアも、自然豊かで多くの命を育んでいます。
キセキレイは、河原などでも見かけるセキレイの仲間で、白い胴のセグロセキレイやハクセキレイに対し、グレーの羽と淡い黄色の胴を持つのが特徴です。
道案内の様な行動、見かけた方もいらっしゃるのでは?
次回もお楽しみに!