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第4話です。
前回、主人公・健太は“日本自然写真家協会”で大口を叩いてしまいました。
何としても赤い鳥をモノにしたい。
赤い鳥とは、どんな鳥なのか?
「おはようございます!」
翌日、健太は朝から鳥研事務所に顔を出した。
「さっき、誰か来られてました?」
「ああ、車か。家から送ってもうたんや。」
「ご家族の方ですか?」
「いや…」
菊池はいつも、知人の車でここに来ると言った。おそらく、通勤ついでに車に乗せてもらっているのだろう。公共交通機関も便利とは言い難い町だ。おのずとそういう選択になるのだろう。
「今、朝食なんですか? 朝からガッツリですね!」
「こんなゴツイ体しとるしな。はっはっは!」
―機嫌良さそうだな。
昨日、JNPA大阪支部長と話した事―。
「写真、凄くいいって言ってもらえました。全カット共作品登録すれば? って言われたんですけど。」
「せんかったん?」
「はい。ここに飾るカット、残しておきたかったし。あっ、ちょっと…パソコン良いですか?」
そう言うと、健太は菊池のパソコンにSDカードを挿入した。前日のオオルリの写真が表示された。
「ほお〜!! これは見事やな。健太君、上手やな!!」
「ありがとうございます!」
「おお。ほんでこれ、言うてた山ガールナンパした時のやつか?」
―おいコラ! ナンパしてねえっつうの!!
「と、とにかくデカく伸ばしておきますね。」
「おおきに。目の保養になるわ。」
「ところでこの辺、写真屋さんってないですよね?」
「小っちゃい店やったらあるけど…時間あるんやったら、市内出た方が仰山あるやろな。」
「じゃあ、プロラボ借りてプリントして来ますんで、2〜3日待っててくださいね。」
―今日はここで、とりあえず情報集めるか。
闇雲に森へ入っても、必ずしも収穫があるわけではない。効率良く動くためには、情報収集は欠かせない。自然相手だから尚更だ。
菊池はパソコンを凝視するかの様に観察データを整理する。その向かいで、ヘッドホンで何やら聴いている健太。滑稽とも思える程に、2人の表情は違う。
相変わらず仏頂面の菊池だが、それは別に機嫌が悪いわけではない。元々そういう顔だと、彼は言う。
健太も、もう慣れてきたつもりではある。特に気を使う事もなく、声をかける。
「ねぇ、菊…」
「ん??」
「池…やん。」
「あ? 何やて?」
「はっ…あ…あ…」
「菊ちゃんてかいな?」
「はは…ははは…」
「はは…はは…」
「あ…」
「ぶあっはっはっは!!」
「ははは…ははは…」
「そない噛まんでも。そうかぁ。菊ちゃんな、よっしゃ! 菊ちゃんでええぞ!! な、健太っ!! ほんで…何やったかいな?」
カクッと力が抜けた。
「コケ方も芸人並みやな。わっははは!」
―もういいよ、オッサン。
「もうええか。ははは。」
―言ってねえし。
何だ? このくだりは。とにかく、話そうと思ってた事を切り出してみる。
「俺、JNPAで…結構デカイ事言っちゃったんです。」
「ん? 京都府知事選に出馬するってか?」
―わ、笑えねえ〜。
「いやいやいやいやいや、何を仰いますやら。」
「おいおい、そこはな、ノリツッコミすんねんや。」
―無理だし。そんなとこまでハードル上げてくるか。
「あ、あのですね…」
赤い鳥に人生がかかっている―。そこまで言ってしまった事。
その赤い鳥・アカショウビンは、調べてみたところ、京都府内ではわずか数ヶ所のみで確認されているらしい。そうなるとエリアは絞りやすいのだが、問題は個体数が極めて少ない事だ。ピンポイントを知る必要がある。
「夏鳥だし、森の中に居れば、赤くて分かりやすいですよね。でも、それだけ少ないのなら…」
「鳴き声やな。」
「ですよね。で、さっきからアカショウビンの鳴き声聴いてるんですけどね。何か物悲しげな感じですね。」
―うん。
菊池は、本棚を指差した。
「あれ、読んでみ。」
そこにあったのは、表紙にアカショウビンの絵が描かれている…
「これですね? 絵本…ですか。こんなの、あったんですね。」
「うん。差し入れてもろたんや。17歳ぐらいで書かはっらしいんやけどな。読んだら、何で物悲しいのか分かるかもな。」
〜赤い鳥、泣いた。〜
ある森に、一羽の小鳥が住んでいました。青い羽の、とてもきれいな小鳥でした。
森には小さな川が流れ、水は澄んでいて、とても静かで良い所でした。
ある日、その森に山男が2人、やって来ました。
山男達は、村に戻ろうとして道に迷ってしまったのです。
「ここで夜を明かそう。」
山男達はそう言って、ご飯を炊くために焚き火を始めました。
そんな様子を見ていた小鳥は、山男達に腹を立ててしまいます。小鳥は人間が嫌いだったのです。
「よーし、追っ払ってやろう。」
小鳥はそう言って焚き火の前へやって来ると、山男達に向かって羽をバタバタさせました。
すると火の粉が飛び、何と、周りの草を燃やし始めたのです。
「うわー! 火事だー!!」
山男達は、その場から逃げて行きました。
火はどんどん大きくなります。そしてとうとう、小鳥の羽に燃え移ってしまったのです。
「熱い、熱いよう。」
小鳥は火に包まれて真っ赤になってしまいました。
「そうだ! 川に飛び込めば、火が消えるかも。」
ところが、小鳥は愕然としました。川には水がないのです。
「神様ごめんなさい。僕は悪い事をしました。もうこんな事はしません。どうか、雨を降らせてください。川に水を流してください。」
赤くなった小鳥は、そう言って泣き出しました。
「キョロロロロー。」
「キョロロロロー。」
小鳥は泣き続けました。
すると驚いた事に、ポツポツ、ポツポツ、ザーザーと森に雨が降り始めたのです。
「神様、僕はこれから、人間とも仲良くやっていきます。本当にごめんなさい。そして、雨を降らせてくれてありがとうございました。」
〜おわり〜
「どや?」
「囀る方の『鳴く』じゃなくて、涙流す方の『泣く』なんですね。」
「字ぃ間違うとる思たか? ははは。読んでその意味が解るやつやな。」
菊池は続けた。
「アカショウビンてな、『雨乞い鳥』みたいにも言われてる。『カワセミが燃えて赤うなった』ともな。」
「言い伝えそのままで書かれてますね。燃えて…かぁ。アカショウビンの色って、確かにそんなイメージですね。」
―え? まてよ?
「ところで、山男達。森の中で焚き火しちゃダメでしょ。それに、火…消さずに逃げました?」
「おっ、ええとこ気付くなあ。それや。悪い事したのは、アカショウビンだけとちゃうわな。焚き火も、やる場所間違うたら自然に影響及ぼすやろ? 何でこの小鳥が人間を嫌ってたのかも、分かってくるんちゃうかな?」
「それで、山男達はどうしたんでしょうね? 道に迷ったはずだし、逃げようにも…」
「そこは読む人の想像力やな。健太はさすがや。自然を大事にするっちゅうのがどういう事か理解してるさかい、そういう発想になるんやと思うで。」
「ありがとうございます。絵本って深いですね。」
健太は、この絵本を何度も読み返した。まだ見ぬ赤い鳥に想いを馳せて。
「ねえ、菊ちゃん…ぷぷっ!」
「菊ちゃん…なんかコソバイな。」
「やっぱりダメっすよ。年上の人に対して“ちゃん”付けは。」
「やっぱりあかんか。はっはっは! で、何やって?」
―何度もコケれるかよ。
「何べんもコケろって、そら無理やな。はっはっは!」
「何で思ってる事が分かるんですかっ?」
「顔見たら分かるわい。」
「顔っ? え? 顔…」
「書いたあるかいっ! わっははは!」
読んでいただき、ありがとうございます。
一冊の絵本。ストーリーを考えていく中で、絵本の内容まで考える事に。
今回名前が出て来たアカショウビンは、全身が燃えるような赤い色をしています。
大変個体数が少ないそうで、実は筆者も見た事がありません。
鳴き声や言われなどは絵本の中で記していますが、そう容易く出会える事は出来ないようですね。
次回もお楽しみに!