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第二話。
主人公・健太は、野鳥を探してフィールドへ出かけます。
京都市最北の自然豊かな集落の外れ。その日、そこに小型の四輪駆動車が停められていた。側には大きなレンズを取り付けた一眼レフカメラが三脚に据えられ、その横でアウトドアチェアに腰掛け、双眼鏡で山を眺める健太の姿があった。
この地では、広葉樹に留まり、美しい声で囀る夏鳥達が幾種類も観察されている。そうなるとウズウズするのが野鳥写真家の性というもの。鳥研監修の野鳥探索アプリ、『TK探鳥ナビEX』の中の野鳥分布地図では、その様な情報が随時更新されている。これらを活用しない手はないのだ。
「“赤いの”ではないかもしれんけど。」
そう言って菊池は、健太に1枚の紙を手渡した。
彼がプリントアウトしたのは、野鳥分布地図・京都府版の中から絞った、3つのエリア。オオルリやコノハズクといった野鳥の名が記されている。誰かが観察し、アプリ内の地図上に記録しておいたものだ。菊池がそれらをデータ化し、季節や時間帯などを整理して一覧にしている。
「地図にいっぱい点書いてあるやろ? 実際に鳥が確認されたポイントがな、こんだけあるねん。」
「見たのは何方ですか?」
「うん、まあ…誰やったかいな。」
誰が確認したかは問題ではない。そう言って菊池は言葉を濁した。
「たぶん、やで。ここな。この山一帯のどっかでは、希少な絶滅危惧種の鳥見たっちゅう記録が、ネット上にある。居るんやろうな。たぶん大手団体の人の記事やな。」
「あぁ、それは間違いなく“赤いの”ですね。京都府内ではレッド(データ)って事だ。でも、ネット上って事は、歴代鳥研メンバーさんは、誰も見てない?」
「まぁ、どうなんやろな。でも、そんだけ希少やいう事やろ。本気で見つけよ思たら1日2日では無理やわ。野宿覚悟やな。」
「野宿は慣れてます。ははは!」
そう言って健太は、分布地図と一覧表をファイルして車に積み、事務所を出たのだった。
「菊池さんも言うけど、やっぱり簡単に見つかる鳥じゃないよな。」
この場所に来て、もう既に5時間が経過している。その間、昼食も摂らないままずっと森を見つめている。
―ハードル高けぇ。
健太はそう呟くと、一度カメラを撤収し、さらに奥地へと車を走らせた。そして、谷あいの沢が流れる場所に停めた。
「ここなら?」
何より先にカメラをセットすると、ラゲッジからテントを引っ張り出し、河原に広げる。
「あ、ヤベ。東京からそのまま持って来ちゃったよ。て事は?」
どうやら鳥研のロゴ入りテントを、自分のと間違えて持って来たようだ。
―まあいいや。このロゴが入ってる方が怪しまれないだろう。
テントのグロメットに通した2本のポールをガイロープで張り、本体をペグダウンしていく。さすがに手慣れたものだ。しかしこの場所は、集落から離れた奥地。街灯もないのだから夜になれば真っ暗闇だ。森の様子を気にしながら、ランタンの準備をしていく。
夜とて気は抜けない。夜行性の鳥達が活動を始める。全てを明るい間に整えておかねばならない。しかし、そうしている間に、空には雲が立ち込めてきた。
「4時か。雨、降らなきゃいいけどな。ん?」
ダダダダダダダダ――
遠くから排気音らしき音が聞こえる。
ダダダダダダダダ――
それは徐々に大きくなる。どうやらこちらへ近付いて来る様だ。
「何だ? バイクか? 今から林道走るなんて無謀だな。もしかして、この先に家でもあんのかな?」
音はどんどん大きくなり、集落の方から近付いて来る。そして、健太の車の横に停まった。鮮やかなカラーを見に纏ったオフロードバイクだ。
「何か用ですか?」
「ぃよっこらしょっと!」
―女の子?
そのバイクのライダーは小柄な若い女性だった。
「今日は! 何見てるんですか?」
「え? ああ、鳥ですよ。野鳥。君は? こんな時間から林道なんて。」
「あはっ! まさか。何となくここまで来ただけ。」
「夜になると真っ暗だよ。これ以上奥は行かない方が…え?」
―人の話聞いてねえじゃん。
注意を促そうとする健太の目の前を横切り、その女性はカメラの元へ。
「凄いカメラですね! 何撮るん?」
「いや、だから野鳥…」
パシャパシャパシャパシャパシャパシャ――
「お、おいっ!!」
予想だにしなかった行動に驚きを隠せず、健太は思わず怒鳴ってしまう。
「あ、シャッター…切っちゃった。」
「勝手に触んなよ! オモチャじゃねえんだよ!!」
「ごめんなさい。でも…」
―余計なカットは消せるけどよ。
焦りから、ボタン操作の手が震える。
「え!? もしかして…消した?」
「消したよ。」
「見えたんですよ、キビタキ。ファインダー覗いたら。」
「えーーーーーーーーーー!?」
慌てて健太もファインダーを覗く。
「あ〜あ、大声出すし飛んで行ったやん!!」
―あ、本当じゃん。
「ひとつも残ってへん?」
「全消去しちゃったよ。」
「もう。そやから人の話は最後まで聞かな。」
―話聞かないの、お前もだろ!
「そやな。私が人の話聞かんと勝手に…」
―え? あれ? デジャヴ?
突然バイクで現れた、この女性。見たところ20代前半か? とても活発そうだ。一応は申し訳なさそうな表情を見せて地べたに座り込み、森を、健太と同じ方向をじっと見つめて、様子を窺っていた。
「あの…」
「いいよ、もう。別に怒ってないから。自分でシャッター切ったカットなら別だけど。」
「お兄さん、鳥井健って言うん?」
「は!?」
―やっぱり聞いてねえじゃん。
「テントに…『TORI-KEN』って。」
「これかい? これは野鳥研究会のロゴだよ。俺の名前は山村…」
「トリケン。あははは! そうや。トリケンにしましょ!」
―てかお前、俺の名前なんか知ってどうすんだよ?
「で、君は?」
「聞いてどうすんの?」
―おいっ!!
「飛鳥。飛ぶ鳥の飛鳥♪」
―て、教えんのかよ。
何だか妙な出会いだ。
そもそも、なぜ故にこんな奥地に1人で? そして、まるで健太がここに居る事を知っていたかの様に、驚きもしない。警戒心の欠片もなく奔放に喋り、ピンクの歯茎を見せてケラケラと笑う。
この、飛鳥という女性―。
健太は、また森を見つめていた。
勝手にカメラを触った事を詫びたいのだろうか、飛鳥は健太の横で頬杖をつき、同じ様に森を見つめながら、時折健太の横顔をチラッチラッと見ていた。
「あっ、もう帰らな。」
気が付けば6時を回っている。いつの間にか2時間も経過していた。
「あ、そうだね。暗くならないうちに。」
「トリケンは?」
「俺は野宿だよ。コノハズク探さなきゃ。」
「そう。ほな、またね!」
「おう、またな!」
―え? 「またね」って?
ダダダダダダダダ――
飛鳥のオフロードバイクの排気音が谷あいに響く。それは少しずつ遠のいて行き、やがて消えた。沢の流れる水音が、そっと囁くかの様に健太の耳元をくすぐる。
チョロチョロチョロチョロ――
ピョピッ…ピッピリピリピッピリピリ――
日は長くなり、あと30分ぐらいは周囲を見渡せるだろう。しかし谷の夜は早い。日が落ちたら、一旦探索をやめてとりあえず食事だ。
炊飯の準備をし、ケースからレトルトカレーを取り出す。野宿の食事など、こんなものだ。
ピョピッ…ピッピリピリピッピリピリ――
「何か、疲れたな。てか、腹減ったな。」
ピョピッ…ピッピリピリピッピリピリ――
静寂が辺りを包む中、健太は1人考え込んだ。
―あのバイク、赤かったな。いや、関係ねえか。
そんな事をしている間に、谷あいに再びやって来た胸元の黄色も鮮やかな夏鳥の鳴き声を、健太は見事に聞きそびれていた。
―しかし何なんだよ? あの、飛鳥という女。
読んでいただき、ありがとうございます。
フィールドで出会ったバイクの女の子。
まずは活発で奔放な感じが伝わったでしょうか?
ここではこの場所について特に記していませんが、実際にバイクで出かけた場所をイメージしています。
コノハズクはフクロウの仲間。
オオルリは羽の瑠璃色、キビタキは、体の黄色が印象的な人気の夏鳥です。
次回も是非、よろしくお願いします。