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赤い鳥、泣いた。  作者: 日多喜 瑠璃
17/20

17

第17話です。

物語はいよいよ佳境に。

これまでの話の中で起こってきた事が、どの様に影響してくるのか?

そんな事も含めて楽しんでいただけたら…

 暗闇の中、健太はニノ谷で飛鳥を待っていた。待ち合わせ時間にはまだ早いが、焦りを隠しきれない。何としても早くアカショウビンの姿を捉え、塚原を、重谷を、見返してやりたい。そんな思いばかりが先立つ。

「穏やかで居なければ、出会いなんてない。」

 何度も自分に言い聞かせては、深く頷く。

 されど、早く森に入りたい気持ちは抑えられない。だがこんな暗い状況では何も出来ず、それさえも不安となって襲ってくる。


 ダダダダダダダダダ――


 ―飛鳥だ。今日も来てくれた。しかもこんな早くに。俺は、飛鳥には感謝しかない。だから、今日からは優しくしてあげなきゃいけないんだ。

 自分にそう言い聞かせ、明るく振る舞う。

「おはよう!」

「え? おはよう。早いかな思たのに、トリケン、もっと早よ来てたんや。」

「うん。何かワクワクしちゃって。はは…小学生か? 俺は。」

 ―あはははははは!

 笑顔を繕う。何とぎこちない事か。

 ―おかしい。おかしいで、トリケン。


 いつもとは明らかに違う雰囲気に、飛鳥は不安感を拭えずにいた。

 夜が明ける。登山道を進む中で2人は、少し薄曇りの朝を迎えた。湿原に降り注ぐ薄日が柔らかい。しっとりした、穏やかな空気感が辺りを包み込んでいた。


 ホーーホケキョ――


「綺麗な声。」

「上手だな。あの子はモテるだろうな。ははは。」

 ―違うんだよ。鳴き声には癒されるけど、ウグイス探してるんじゃねえんだよ。

 いつもなら、こんな事を言わない。明らかに何かを誤魔化している様だ。

「撮らへんの?」

「うん。撮るったって、見えねえじゃん。てかさぁ、ウグイスの写真は結構ストックしてるんだ。」


 ポポ―ポポ――


 竹筒を叩いた様な声は、ツツドリだ。

「今日は鳥さんいっぱい見れそうやな。」

「そうだね…」

 そうだ。確かに幾種もの鳥の囀りが聞こえる。野鳥観察とすれば、こんなに良い日は珍しいのかもしれない。

 飛鳥の夢の世界。飛鳥が鳥を呼んでいる。それなら、あの“赤い鳥”も…


 いや、しかし何か違う―。

 囀りが聞こえる度に、あの男たちの嘲笑う顔が脳裏に浮かぶ。そんな幻覚にも似た得体の知れぬ不快感が、何度も消えては現れる。

「トリケン…目ぇ怖い。」

 飛鳥が呟いた。

 パンをかじる健太の表情が、徐々に穏やかさを失っていく。こんなに良い環境で、こんなに美しい囀りを聞きながら…なのに、健太の心は強い縛りに身動きが取れない。


 やがて、野鳥達の動きが止まった。時計を見れば、もうすっかり昼だ。

「トリケン。あとはもう、夕方やで。」

「あぁ、そうだな。」

 ―わかってんだよ。わかってんだけどさぁ。

「お昼食べて、一回リセットしよ。」

 ―そうだな。

「あ、あぁ。そういや腹減ったな。」


 飛鳥のリュックから、アルコールバーナーとコッヘルを取り出す。インスタントフードにも、もう飽きた。おにぎりにも飽きた。だからと言って、野外飯なんぞに凝っている暇もない。結局のところインスタントフードに頼る。これしかない。

 飛鳥はアルコールバーナーにアルコールを入れ、五徳をセットする。

 ―あ!

「え? どうかした?」

「ううん、大丈夫。」

 アルコールを少し溢したのかもしれない。バレないようにさっと拭き取る。健太は何も知らず、バーナーに点火した。

「コッヘル、水入れて乗せといて。」

「は〜い…きゃっ!!!」

 水を入れたコッヘルを五徳に乗せようとした飛鳥の目の前を、蜂が横切った。驚き慌てた飛鳥は、ローテーブルに足を引っ掛けてしまった。

 バーナーは、ひっくり返った。

「あっ!!」

「ん? どうした? 大丈夫か?」

 健太が心配そうに飛鳥を見たその時、恐ろしい情景が目に飛び込んで来た。

「お! おいっ!! 足元!! 飛鳥!! 足元!!!」

「え? あ、きゃあっ!!!」

 溢れたアルコールは炎を纏い、地面に滴り落ちていた。そしてそれは、瞬く間に地表の枯葉や草へと燃え移った。


「熱いっ! 熱いっ!」

「早く消せ!!」

「えっ? えっ?」

 飛鳥は既に混乱し、おどおどするだけだ。

「水だ。水かけろ!! その辺流れてんだろ!?」

 水…湿原なのだから、幾つもの沢が流れているはずだった。そう思い、健太は飛鳥に指示をした。しかし―。

 よりによって、それらは渇水してしまっていた。

「水、ない…」

「ない!? ないのか!? 何でだ!? じゃあ、出来る事をやれ!!」

「何したら…?」

「ええいっ!! 見とけっ!!」

 健太は羽織っていたパーカーを脱ぎ、飲用の水を目一杯染み込ませると、炎の上から覆った。

 炎は―。


 ―消えた?

「消えたよ。」

 ハァハァハァハァ―。

 ハァハァハァハァ―。

 息は切れ、激しい鼓動が収まらない。飛鳥は青ざめた顔で、呆然と健太のパーカーを見ていた。


「何やってんだよ。」

「………」

「何ィ…やってんだよっ!!!」

 ―はっ!

「ご…めん…なさい…」

「山火事なんかなったら…山火事なんかなったらようっ!!!」

 何も言えない。それは自らの失敗だ。一歩間違えれば、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。弁解の余地もなく、飛鳥は言葉を失っていた。

 健太は両手を強く握り、震えていた。その姿に飛鳥は、かつてない程の恐怖を感じた。

「あ、あ、か、片付けんと…」

「触るな!!」

 ―え!?

「触るな!! 俺のだ!!! 邪魔ばっかりしやがって、どこまで足手纏いなんだ!?」

「トリ…ケン…」

「鳥研は研究会だ! 俺の名前は山村健太だっ!!」

「あ…は、はい……」

「もういい。消えろ!!!」


 こんな健太を見た事など、今までなかった。一歩間違えれば、鎮火できなければ一大事になっていたのだから、本気で怒るのも何らおかしくはない。そんな事は分かっている。分かっているからこそ、胸が苦しい。

 ―もう、無理やわ。


「さようなら…」

 飛鳥はそっと呟いて、湿原を去った。



 健太は、機材とキャンプギヤをバッグに詰め込んでいた。こんな気持ちで探鳥など、出来る訳がない。今日はもう、山を下ろう。そう決めて、機材を収納したリュックを背負った。

「飛鳥、帰るぞ…飛鳥…」

 辺りを見ても、誰も居ない。

「飛鳥!? おいっ! 飛鳥!!」

 ―まさか、1人で下りたのか!?


 消えろ―。

 そう言った。確かに言ったのだ。その言葉を聞いてしまった以上、飛鳥はもうここにいる事に耐えられなくなっていた。

 健太は漸く気付いた―。


 飛鳥のリュックを胸に抱え、健太はニノ谷へ向かった。2人で背負ってきた荷物を、今度は1人で抱える。その重さが健太の肩に、腰に、膝に、容赦なく負荷をかけてくる。

 しかし、そんな事を感じる余裕などない。飛鳥はどこへ? ただその思いだけが健太を歩かせた。一歩一歩が荒く、雑になっていく。何度も足を滑らせ、転倒しそうになりながら、ガクガクになった両足を前へ前へと踏み出して行く。

「ええいっ! チクショー!!」

 ついに健太は飛鳥のリュックを降ろし、「鳥研京都・山村」と記してその場に置き去りにし、山を下った。



 ニノ谷まで戻った飛鳥はその頃、既にバイクに跨り走り出していた。

「さようなら…トリケン…」

 何度もそう呟く。涙が視界を妨げる。

 集落を抜け、1つ目の峠を越え、左へ進むはずの三叉路をそのまま真っ直ぐ進んだ。舗装は途絶え、畑の横を走り抜けると、木々に囲まれた狭い荒れた林道に変わっていく。

 飛鳥は尚もスロットルを開けた―。


 大きな石に乗り上げ、折れた枝を踏み越え、何度も転倒しそうになりながら山深く分け入る。怖いなどと思える様な冷静さも、もう失ってしまっていた。

 そして―。

 リヤタイヤが(わだち)を踏み切り、飛鳥を乗せたバイクは…


 宙に舞った―。

読んでいただき、ありがとうございます。健太の神経質で気の短い、所謂“弱点”が露呈してしまいました。

書いていても、心苦しくなるものですが、誰もが心の中に何らかの弱点を持っていると思います。

筆者と健太の気質は全く違ったりしますが、物語を描いていくという事は、登場人物の心を作り上げ、なりきる事が大切なのかなって思ったりします。

難しいものですね。


ツツドリは、本文中に記した様に、その鳴き声が竹筒を叩いた音の様だから名付けられたと言います。

ホトトギスの仲間で、見た目もやっぱり似ています。

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