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第16話です。
前回、健太と飛鳥の間に溝が出来てしまいましたね。
健太の気持ちは、この後何によってどう動かされるのでしょうか?
ルルルルル―ルルルルル――
「はいっ。野鳥研究会京都支所です。」
「山村君? 山村君やな?」
「あ、あの…失礼ですがお名前を。」
「あ、ああ、すまん。重谷言います。」
「はい。重谷様。」
―聞いた事、ある…のか?
相手の口振りなら、何かしら関わっているはずだ。しかし、健太は重谷という名を初めて聞いた気がする。
「あのな、JNPAの塚原さんから話聞いてへんか? アカショウビン。」
「アカショウビンの? 写真…ですか。」
「そやそや。ほんで、まだかいな?」
―え? まだって?
何の話かも理解出来ない。しかし、分からないとも言いにくい雰囲気だ。ひとまずその場を取り繕わねば。
「あの、今その様な契約はございませんけど…それと、今はまだ作品のストックがありませんので。先日電話で塚原さんとはお話したんですけど、ストックないなら他の写真家さんにお願いするって言ってましたが。」
「塚原さんがそう言うた? んなアホな。それやったら話が違うわ。俺は山村健太の作品が欲しいて言うたんやで。」
―そんな事は一言も聞いていないのだが。
「あ、そうでしたか。申し訳ございません。少々認識に食い違いがありましたでしょうか。作品の方は、何しろ自然相手なもので。アカショウビンといえば、レッド…」
―わかっとるわ! ホンマにもう!!
重谷は、健太に悪態をつく様に言葉を吐き捨て、電話を切った。
―何だ? どういう事だ? 意味わかんねえな。
「おう、健太。どないした?」
「あ、あの…」
「顔に『?』書いたぁるぞ。」
―ちょっとすまない。今はオッサンと遊んでる場合じゃないんで。
「書いてませんよ。写真です。アカショウビンの。」
菊池が心配げに健太の顔を見た。
「JNPA?」
「いえ、クライアントさんです。この前、まだストックがないからってお断りさせてもらったんですが、たぶんその人だと思うんです。」
―ふぅん。
何かに気付いたのか? 菊池は怪訝そうな面持ちで天井を仰ぎ見た。
「重谷やろ?」
「えっ!? ご存知なんですか?」
「ん〜、まぁな。重谷。くっそ根性悪い奴や。島田から何か聞いてへんか?」
「もしかして、ここに居たっていう?」
「うん。親鳥散らして卵掴んで、それ見た島田が退会させた。そんな話しとったやろ? そいつや。」
―ははぁ、よりによって、そんな奴がクライアントなのか。
重谷という男は、島田が話していた「絶滅はあって然り」の考えの持ち主だ。島田とペアを組んでアカショウビンを調査していた、当にその男だ。
「何で分かったんですか? また何で俺の作品を?」
「たぶん…やで。」
支所長としての健太、写真家としての健太の能力を試して楽しんでいる。菊池はそう言う。
「そ、そんな事…?」
「な、悪趣味やろ? そんな奴や。そいつと居って、島田もボロボロにされた。」
重谷自身、野鳥に関する知識は最低限持っている。しかし、島田が言った様に、自然が拒む事や野鳥が嫌がる事には気にも留めず、その摂理に土足で入り込む様な男だ。
「何を考えとるかは分からん。クビになった腹いせかもしれん。なぁ、健太…」
―関わるな。潰されるぞ。
菊池はそう言った。
「あ、もしもし…」
「はい。自然写真協会大阪支部。」
「山村です。塚原さんですね?」
「おお、何や? どうした?」
「あの…先日の…」
アカショウビンの撮影に関する話を聞きたい。健太はそう言って、塚原に電話をかけた。
「この間、塚原さんが下さった話です。クライアントさんのお名前、僕、伺ってなかったんですが?」
「は? 聞いてへんのか? ちゅうか、写真あらへんて言うたやん? せやから、ウチからアンタへの仲介は終わったもんや思てたけどな。」
今さら何を? 塚原の口調は、そうとでも言いたげだ。もちろんそれが普通だろう。嫌な物言いだったが、確かに「他の人に頼むで」と言った。
「あれから僕、いっぺん山村君に電話したんやで。菊池さんいう人が、『山行ったまんま帰って来ぇへんさかい、連絡付かん』言うて。ほんで、どういう話や? 何かあったん?」
「重谷さんって方が、山村健太の作品が欲しいとか仰って、塚原さんから話はなかったのか? と。」
「は?」
塚原も、健太の言う意味を理解し難いようだ。少し考えた後、彼は話し始めた。
「なぁ、山村君。これだけは分かっといて欲しいんやけどな、協会は営業ちゃうで。アンタ自身でやらなあかんねんで。重谷さん、確かにこないだのクライアントさんやわ。僕が後から電話したん、アンタが重谷さんと連絡取れたか心配やったさかいやで。ほんでアンタな、ちゃんと断りの連絡入れたんか? 名前も覚えんこ居って、そんなん出来る訳ないわな?」
「あっ!!」
―しまった。そういう事か。
「僕はな、こういう問い合わせあったさかい、山村君の名前出しただけやで。そやのに、写真あらへんさかい…言うて終わり。お互い連絡も取り合わんこ居って、そのくせ協会に電話してきて、どういう事や? ちゅうか、相手さんの名前すら覚えてへんて、大事なクライアントさんちゃうの? アンタ、最初からやる気ないんちゃうか? そんなもん、こっちかて…意味分からんわ!」
「そう、ですよね。すみません。僕のミスですよね。お手数をおかけしました。」
―何てこった。全部俺が悪いんじゃねえか。
健太は、今度は重谷に折り返し電話をかけた。
「何や? ふん。さっきの口ぶりやったら、まぁ、あかんやろ思たわ。山村健太て、その程度か。もうええっ!!」
プツン――
―ううう、チクショー!
自分のせいだ。それは分かっている。分かっはいるのだが、塚原、重谷共にあの言い草がムカつく。気にしないでおこう…そう思えば思う程に怒りが込み上げる。
なのに、全て自分のミスが発端だ。自分がやらかしたミスが原因で、こうなっているのだ。
塚原が言う事は正論だ。それ故に突き刺さる。一方で重谷の言葉は、中傷とも取れるのではないか。冷静さを欠き、人の言葉への批判的感情が生まれる。
菊池が言った「潰される」という言葉。まさかこんな形でメンタルを抉ってくるとは。
「お、おい、健太!」
「……」
「健太!?」
―はっ!
「何や? 何があった?」
「菊…池さん…お、俺…」
「話せ。何でも聞くぞ。な、全部吐き出せ!」
言葉が出ない。悔しさ、恥ずかしさ、怒り。様々な感情が負の連鎖を形成する。心配する菊池の顔も見れず、健太はただ俯き、目を固く閉じ、歯を食いしばり、両手に拳を握る。
「健太! おいっ!!」
―ヤバイな。
「菊池さん…」
「お!? 何や?」
「俺…行かなきゃ。」
「行くて、どこへ!?」
「森…ですよ。森。」
「な、何言うてんねん! あかん! そんなんで行ったらあかん!!」
「行かなきゃ…ダメなんです。」
「何で? 何であかんねん?」
「裏切ることになるんですよ。暗い山の中で…1人…待たせる事に…」
「待たせるて、誰をや!? 山ガールか?」
「行かなきゃ…」
「あかんて。おいっ! 健太っ!!」
「菊池さん! アカショウビンの報告文書、準備を進めて下さいっ!!」
「お、おいっ!!」
健太は事務所を飛び出した。もちろん、車椅子に乗った菊池が追いかける事など出来なかった。菊池は、すぐに受話器を握った。
「あ、菊池さんですか。」
「島田…」
「何でしょう?」
「間に合うか? 例の…」
「どういう事です?」
健太が森に行く―。菊池は島田に電話でそう言った。
「もう少しです。」
「自動アップデート、頼む。」
「やってみますね。」
期限などない。可能な限り早く、『TK探鳥ナビEX』の新しいプログラムを―。
島田は、菊池からの要求に応えるべく、パソコンに向かった。
プログラムそのものはほぼ完成している。これまでは手動アップデートを採用していたため、プログラムの公開は早かった。
しかし、今回付加される新プログラムの事を健太は知らない。次の探鳥で健太が新プログラムを利用出来るとすれば、アプリを開いた際に自動的にインストールされる必要があるだろう。
―明日、探鳥に行くとしたら? タイムリミットは、3:00か。
島田の腕が試されている。
あと少しだ。あと少しで完成するはずだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
大きな失態をやらかしてしまった健太。
主人公を貶めるって、なかなか心苦しいものですね。
森へ行くと言って飛び出した健太を、当然車椅子に乗った菊池は止める事も出来ず…
次回へ続きます。




