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赤い鳥、泣いた。  作者: 日多喜 瑠璃
15/20

15

第15話です。

なかなか出会えない幻の鳥・アカショウビンを求めて森へ。

2人の心はどの様に動いていくのでしょうか。

 その後も健太は、飛鳥を連れて足繁く森へ通った。飛鳥は健太をサポートすべく、重い荷物を背負い歩いた。

 もちろん毎日ではない。そんなの無理だ。片道1時間程度と言えど、これは登山だ。徐々に疲れも溜まっていく。慣れない飛鳥に至っては、足裏やふくらはぎに痛みさえ感じる様になっていた。


 この日は生憎の雨模様だった。予報では、丸々1日降り続くと言う。待ち合わせ時間には、既にしとしとと物寂しげな音を立てて雨粒が地面を叩いていた。

「なぁトリケン。」

「ん?」

「雨でも…」

「うん。行くんだよ。俺が本気で狙ってるのは、アカショウビンだ。アカショウビンは“雨乞い鳥”とも言われてる。考え様によっちゃ、チャンスなんだよ。」

 そう言われれば、否定する事も出来ない。2人は歩き始めた。

 かなり疲労している。両足が重い。だが「辛い」とは言えない空気が、そこにあった。飛鳥は黙って健太の後を追う様に歩き続けた。


 何度も通っている登山道。最早地図もコンパスも必要ない程に景色を覚えている。足の疲れを除けば、何も心配要らないぐらいだ。

 但し、この雨さえ止めば―だ。


「あっ!!」

 枯葉が積もり、木の根が所々に浮き出る登山道。後方で物音がして、健太は振り返った。

「い、痛ぁ〜。」

「何だよ。根っこでも踏んで滑ったのか?」

「うん。…ごめん。」

「怪我してなきゃいいよ。行くぞ。」

 膝を打った。痛い。なのに下る事も出来ない。何とか痛みを堪えながら歩く。背負った荷物は、こんな時程容赦なく負荷をかけてくる。何故ここまでして? 飛鳥の心は、複雑に揺れ始めていた。


 一方健太は、何度も何度も繰り返し入山する中で、今なおアカショウビンの姿に出会えていない事実が、いつしか心の中にストレスとなって積もっていた。

 まだか? まだ出会えないのか? こんなにまでしているのに、何故だ? そんな心の中の疑問は、ただアカショウビンに出会えない事だけに向けられ、自ら感じる使命感みたいなものが、逆に強い縛りとなっている事にも気付かず、その姿を見るためだけに体力と時間を費やしていた。

 楽しかったはずの飛鳥との探鳥。しかし、飛鳥が時折やらかす失敗が集中力を削ぐ。それが苛立ちに拍車をかけ、知らず知らずのうちに言葉も荒くなっていた。


 思えば、飛鳥はいつも健太が探鳥フィールドに行く度、どこからともなく現れた。元々はそれが“不思議”であり、健太はそんな不思議をも楽しんでいたはずだ。

 そんな不思議はいつの日からか“当たり前”へと変化し、さらには次の約束まで交わす。飛鳥が現れるのは、もう不思議でも何でもない。予定通りなのだ。

 2人は恋人同士ではない。なのに、健太にとって飛鳥は“いつでも側で自分をサポートしてくれる存在”になっていたのだ。


「ちっ! 何も居ねえや。」

 長い時間、双眼鏡を手に辺りを見回していた。

 双眼鏡だって軽いものではない。同じ事を繰り返しているのだから、腕の疲れも溜まる。

 ボソッと声に出した呟きが、まるで悪態をつくかの様だ。

「雨やもん。止まな出て来やへんで。」

 ―そんな事、分かってんだよ。

 パラパラと降り続く雨が、レインウェアを叩く。体に貼り付く生地は冷たく、少しずつ、少しずつ体温を奪っていく。体を動かそうにも、足元にはさながら沼の様に水が溜まる。


 温めなければ―。

「そろそろお昼食べる?」

「そうだな。」

「トリケン、パン持って来たんや。美味しそうなん。はいっ。」

「ありがとう。飛鳥は?」

「袋麺。」

「は? バカかよ。こんな雨で、湯なんて沸かせる訳ねえじゃん。」

「かじるねん。」

 ―好きにしろ。


 言葉なんてなくても、森を見つめているだけで時間は過ぎていったはずだ。

 そのはずなのだ―。

 健太はひたすら森に集中している。そんな健太を見ていると、それだけで1日が過ぎていったはずなのだ。

 アカショウビンを何としても見つけ、素敵な作品を撮って欲しい。そして、その生態を調査し、府内繁殖を実現させて欲しい。飛鳥はそんな思いを抱きながら、ただじっと森を、そして健太を見つめていた。

 叩きつける雨。体が震え始めていた。飛鳥の頬を濡らすのは、雨粒だけではない。曇っているのは空だけじゃない。

 涙が頬を濡らし、心の中までどんよりと暗い影がのしかかっていた。

 この日、1分1分がとても長く感じられた。



 どれぐらいの時間、こうしているのだろう? ようやく雨は弱まり、雨宿りをしていた生き物達が、少し動きを見せた。


 キョロインチー――


「何だ!?」


 キョロインチー――


「マミジロや!」

「マミジロ!? マミジロかっ!!」

 雨に濡れ、動きがおぼつかない両手で、野鳥リストを開く。

 マミジロは、夏鳥として本州以北に飛来する。黒っぽく目立ちにくいが、目の上に白い模様があり、それが命名の由来だ。個体数は極めて少なく、絶滅危惧種としてレッドリストに登録されている。


「どこだ!?」

 ―今のトリケンなんかに見えへんわ。見つけられる訳ないやん。

「飛鳥、探せ! 探すんだっ!!」

 ―何で命令?

「探さんでも、こっち呼んでるで。」

「バカな事言ってないで、早く。」

「そこっ!! そこに居るねんっ!!」

「ああっ!!」


 パシャパシャパシャパシャパシャパシャ――


「やったぞ、飛鳥!! これは絶対売れるぞ!!」

 ―そう。

「よし、今日はこれで引き上げよう。下るぞ。用意しろ。」

 飛鳥の様子を伺う事もなく、ただ大はしゃぎする健太。飛鳥のイライラも、ついに頂点に達した。


「さっきから、うるさいわっ!!!」


 ―はっ!

 ふと我に返る。

 ―あ、飛鳥。

 そういえば、飛鳥は言っていた。「ここは飛鳥の夢の中の世界」だと。

 忘れていた。相方を思いやる気持ちを。そして、今は飛鳥にとって大切なフィールドに踏み込んでいるのだと言う事も。

「ごめん。兎に角、山を下りよう。な。」

 荷物なんてある訳もない。食材を食べ尽くし、残りのゴミ以外入っていないリュックに、椅子を畳んで括り付ける。健太も写真機材をバッグに入れ、三脚を括り付けて背負う。

 健太は歩き出した。

 その背後から、少し距離を置いて飛鳥も歩き出した。

 湿気が2人の体力を奪っていた。飛鳥は、朝に転倒して痛めた左膝をかばいながら、ゆっくり健太を追いかけた。



「あ、あのさ。」

「うん。」

「さっきは…ごめん。俺1人はしゃいじゃって。」

 違う。2人の間の亀裂は、そんな理由じゃないはずだ。

「いいよ、もう。」

「ご、こめん。」

「そやから、いいって。ただ分かっといて欲しいのは、飛鳥はトリケンの恋人でも奥さんでもないんやで。ううん、恋人とか奥さんに対しても、あんな上からな命令口調なんてあかん。それはやめて。」

「そ、そうだな。」


 健太が最も出会いたい相手、アカショウビンはレッドデータに該当する野鳥だ。そう易々と出会える訳がない。なのに、出会えない事がここまでも心を引っ掻き回す。我を見失う…そう例えても大袈裟ではない程に。

「俺さぁ、今の俺には、飛鳥が居てくれないと…たぶんダメなんだよ。」

「荷物持ち?」

「違う! そんな意味で言ってるんじゃないよっ!」

 兎に角今は、弁解すればするほど墓穴を掘る様だ。

「あんな…」

 そんな健太の様子を見て、飛鳥は口を開いた。何故こうまでして健太と一緒に居るのか?

「飛鳥な、言うたやん。ペアになったぁげるて。ペア組んで、安全に森に入って、いろんな鳥さんに出会うねん。重たいカメラ持たんなんやん。そやから私がキャンプギヤ持ったぁげるて。そうやって見つけて欲しいねん。アカショウビン。ぶっちゃけな、今日みたいなん辛くない訳ないやん。ただでも雨にずぅ〜っと降られてて。」

 ―なぁトリケン。


 今だからこそ、言っておくべきだ。飛鳥はそう考えた。

「私はトリケンの何なん? さっきも言うだけと、恋人でも奥さんでもないで。あと、助手とかそんなんもちゃうで。何? 居て当たり前? ほな、飛鳥が居らんかったら、トリケンはどうすんの? 毎日こんな重たい荷物持って、クタクタになるまで森に通い詰めるん? アホやん!!!」

「ホントにごめん。もう無理に頼んだりしないよ。」

 ―頼まれたんちゃうって。私が行ったぁげる言うたから。

「俺、1人で…」

「行くよ。単独行動はあかん言うたやん!」


 希少種とされるアカショウビン。府内での繁殖の定着化は、愛鳥家皆の願うところだ。そして、そのための調査活動を―。

 健太がやっている。

 だから…

 だから、全力でサポートしたい。

 それが、飛鳥の本心なのだ。

読んでいただき、ありがとうございます。

揺れ動く2人の気持ち、伝わったでしょうか?

なかなか出会えない、絶滅危惧種とされる野鳥。

今回はマミジロに会えました。

本文中にその特徴も記しましたが、どんな出会いがあっても、人の心と心の溝というのは辛いものですね。

次回もお楽しみに!

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