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第15話です。
なかなか出会えない幻の鳥・アカショウビンを求めて森へ。
2人の心はどの様に動いていくのでしょうか。
その後も健太は、飛鳥を連れて足繁く森へ通った。飛鳥は健太をサポートすべく、重い荷物を背負い歩いた。
もちろん毎日ではない。そんなの無理だ。片道1時間程度と言えど、これは登山だ。徐々に疲れも溜まっていく。慣れない飛鳥に至っては、足裏やふくらはぎに痛みさえ感じる様になっていた。
この日は生憎の雨模様だった。予報では、丸々1日降り続くと言う。待ち合わせ時間には、既にしとしとと物寂しげな音を立てて雨粒が地面を叩いていた。
「なぁトリケン。」
「ん?」
「雨でも…」
「うん。行くんだよ。俺が本気で狙ってるのは、アカショウビンだ。アカショウビンは“雨乞い鳥”とも言われてる。考え様によっちゃ、チャンスなんだよ。」
そう言われれば、否定する事も出来ない。2人は歩き始めた。
かなり疲労している。両足が重い。だが「辛い」とは言えない空気が、そこにあった。飛鳥は黙って健太の後を追う様に歩き続けた。
何度も通っている登山道。最早地図もコンパスも必要ない程に景色を覚えている。足の疲れを除けば、何も心配要らないぐらいだ。
但し、この雨さえ止めば―だ。
「あっ!!」
枯葉が積もり、木の根が所々に浮き出る登山道。後方で物音がして、健太は振り返った。
「い、痛ぁ〜。」
「何だよ。根っこでも踏んで滑ったのか?」
「うん。…ごめん。」
「怪我してなきゃいいよ。行くぞ。」
膝を打った。痛い。なのに下る事も出来ない。何とか痛みを堪えながら歩く。背負った荷物は、こんな時程容赦なく負荷をかけてくる。何故ここまでして? 飛鳥の心は、複雑に揺れ始めていた。
一方健太は、何度も何度も繰り返し入山する中で、今なおアカショウビンの姿に出会えていない事実が、いつしか心の中にストレスとなって積もっていた。
まだか? まだ出会えないのか? こんなにまでしているのに、何故だ? そんな心の中の疑問は、ただアカショウビンに出会えない事だけに向けられ、自ら感じる使命感みたいなものが、逆に強い縛りとなっている事にも気付かず、その姿を見るためだけに体力と時間を費やしていた。
楽しかったはずの飛鳥との探鳥。しかし、飛鳥が時折やらかす失敗が集中力を削ぐ。それが苛立ちに拍車をかけ、知らず知らずのうちに言葉も荒くなっていた。
思えば、飛鳥はいつも健太が探鳥フィールドに行く度、どこからともなく現れた。元々はそれが“不思議”であり、健太はそんな不思議をも楽しんでいたはずだ。
そんな不思議はいつの日からか“当たり前”へと変化し、さらには次の約束まで交わす。飛鳥が現れるのは、もう不思議でも何でもない。予定通りなのだ。
2人は恋人同士ではない。なのに、健太にとって飛鳥は“いつでも側で自分をサポートしてくれる存在”になっていたのだ。
「ちっ! 何も居ねえや。」
長い時間、双眼鏡を手に辺りを見回していた。
双眼鏡だって軽いものではない。同じ事を繰り返しているのだから、腕の疲れも溜まる。
ボソッと声に出した呟きが、まるで悪態をつくかの様だ。
「雨やもん。止まな出て来やへんで。」
―そんな事、分かってんだよ。
パラパラと降り続く雨が、レインウェアを叩く。体に貼り付く生地は冷たく、少しずつ、少しずつ体温を奪っていく。体を動かそうにも、足元にはさながら沼の様に水が溜まる。
温めなければ―。
「そろそろお昼食べる?」
「そうだな。」
「トリケン、パン持って来たんや。美味しそうなん。はいっ。」
「ありがとう。飛鳥は?」
「袋麺。」
「は? バカかよ。こんな雨で、湯なんて沸かせる訳ねえじゃん。」
「かじるねん。」
―好きにしろ。
言葉なんてなくても、森を見つめているだけで時間は過ぎていったはずだ。
そのはずなのだ―。
健太はひたすら森に集中している。そんな健太を見ていると、それだけで1日が過ぎていったはずなのだ。
アカショウビンを何としても見つけ、素敵な作品を撮って欲しい。そして、その生態を調査し、府内繁殖を実現させて欲しい。飛鳥はそんな思いを抱きながら、ただじっと森を、そして健太を見つめていた。
叩きつける雨。体が震え始めていた。飛鳥の頬を濡らすのは、雨粒だけではない。曇っているのは空だけじゃない。
涙が頬を濡らし、心の中までどんよりと暗い影がのしかかっていた。
この日、1分1分がとても長く感じられた。
どれぐらいの時間、こうしているのだろう? ようやく雨は弱まり、雨宿りをしていた生き物達が、少し動きを見せた。
キョロインチー――
「何だ!?」
キョロインチー――
「マミジロや!」
「マミジロ!? マミジロかっ!!」
雨に濡れ、動きがおぼつかない両手で、野鳥リストを開く。
マミジロは、夏鳥として本州以北に飛来する。黒っぽく目立ちにくいが、目の上に白い模様があり、それが命名の由来だ。個体数は極めて少なく、絶滅危惧種としてレッドリストに登録されている。
「どこだ!?」
―今のトリケンなんかに見えへんわ。見つけられる訳ないやん。
「飛鳥、探せ! 探すんだっ!!」
―何で命令?
「探さんでも、こっち呼んでるで。」
「バカな事言ってないで、早く。」
「そこっ!! そこに居るねんっ!!」
「ああっ!!」
パシャパシャパシャパシャパシャパシャ――
「やったぞ、飛鳥!! これは絶対売れるぞ!!」
―そう。
「よし、今日はこれで引き上げよう。下るぞ。用意しろ。」
飛鳥の様子を伺う事もなく、ただ大はしゃぎする健太。飛鳥のイライラも、ついに頂点に達した。
「さっきから、うるさいわっ!!!」
―はっ!
ふと我に返る。
―あ、飛鳥。
そういえば、飛鳥は言っていた。「ここは飛鳥の夢の中の世界」だと。
忘れていた。相方を思いやる気持ちを。そして、今は飛鳥にとって大切なフィールドに踏み込んでいるのだと言う事も。
「ごめん。兎に角、山を下りよう。な。」
荷物なんてある訳もない。食材を食べ尽くし、残りのゴミ以外入っていないリュックに、椅子を畳んで括り付ける。健太も写真機材をバッグに入れ、三脚を括り付けて背負う。
健太は歩き出した。
その背後から、少し距離を置いて飛鳥も歩き出した。
湿気が2人の体力を奪っていた。飛鳥は、朝に転倒して痛めた左膝をかばいながら、ゆっくり健太を追いかけた。
「あ、あのさ。」
「うん。」
「さっきは…ごめん。俺1人はしゃいじゃって。」
違う。2人の間の亀裂は、そんな理由じゃないはずだ。
「いいよ、もう。」
「ご、こめん。」
「そやから、いいって。ただ分かっといて欲しいのは、飛鳥はトリケンの恋人でも奥さんでもないんやで。ううん、恋人とか奥さんに対しても、あんな上からな命令口調なんてあかん。それはやめて。」
「そ、そうだな。」
健太が最も出会いたい相手、アカショウビンはレッドデータに該当する野鳥だ。そう易々と出会える訳がない。なのに、出会えない事がここまでも心を引っ掻き回す。我を見失う…そう例えても大袈裟ではない程に。
「俺さぁ、今の俺には、飛鳥が居てくれないと…たぶんダメなんだよ。」
「荷物持ち?」
「違う! そんな意味で言ってるんじゃないよっ!」
兎に角今は、弁解すればするほど墓穴を掘る様だ。
「あんな…」
そんな健太の様子を見て、飛鳥は口を開いた。何故こうまでして健太と一緒に居るのか?
「飛鳥な、言うたやん。ペアになったぁげるて。ペア組んで、安全に森に入って、いろんな鳥さんに出会うねん。重たいカメラ持たんなんやん。そやから私がキャンプギヤ持ったぁげるて。そうやって見つけて欲しいねん。アカショウビン。ぶっちゃけな、今日みたいなん辛くない訳ないやん。ただでも雨にずぅ〜っと降られてて。」
―なぁトリケン。
今だからこそ、言っておくべきだ。飛鳥はそう考えた。
「私はトリケンの何なん? さっきも言うだけと、恋人でも奥さんでもないで。あと、助手とかそんなんもちゃうで。何? 居て当たり前? ほな、飛鳥が居らんかったら、トリケンはどうすんの? 毎日こんな重たい荷物持って、クタクタになるまで森に通い詰めるん? アホやん!!!」
「ホントにごめん。もう無理に頼んだりしないよ。」
―頼まれたんちゃうって。私が行ったぁげる言うたから。
「俺、1人で…」
「行くよ。単独行動はあかん言うたやん!」
希少種とされるアカショウビン。府内での繁殖の定着化は、愛鳥家皆の願うところだ。そして、そのための調査活動を―。
健太がやっている。
だから…
だから、全力でサポートしたい。
それが、飛鳥の本心なのだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
揺れ動く2人の気持ち、伝わったでしょうか?
なかなか出会えない、絶滅危惧種とされる野鳥。
今回はマミジロに会えました。
本文中にその特徴も記しましたが、どんな出会いがあっても、人の心と心の溝というのは辛いものですね。
次回もお楽しみに!




