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第14話です。
いよいよ本格的に“赤い鳥”を求めでの探鳥をスタート。初めての八丁平では、空から…などと言っていた飛鳥も…
まだ明けやらぬ空の下、健太はニノ谷に車を停めた。京都府内でも特に標高の高いこの地域。少し肌寒ささえ感じながら、ラゲッジからせっせと荷物を下ろしていく。
高価な精密機器であるカメラと、超望遠レンズ。それを支える頑丈な三脚。これらは大切な商売道具だ。衝撃を与えない様、慎重に扱う。
この日、健太は1日仕事を決め込み、およそ3万年も前に形成されたと伝えられる高層湿原で、そこに生息する、あるいは渡って来る野鳥達の姿を写真に収めるため、準備を整えて来た。
自然界の朝は早い。初夏ともなると4:30頃には空が明るくなり、生き物達も活動を始める。もちろん野鳥達も夜明けと共に動き出す。探鳥には最適な時間帯を逃さない様、早い時間から森に入らねばならないのだ。
ダダダダダダダダダ――
遠くからバイクの音が聞こえてくると、一筋の光が健太の目の前を照らし、停まった。
「ぃよっこらしょっと!」
「おはよう。本当に来てくれたんだ。」
「エヘヘ…おはよう。トリケンっ!」
「ごめんな、早くから。」
「大丈夫。私も夜明けと共に活動するし。持ち物は? 何持ったらええやろ?」
「カメラは当然俺が持たなきゃだけど、飛鳥のリュックには、これ、キャンプギヤ。入る?」
「うん。たぶんそんなんいっぱい入れやんとあかん思て、リュックは空にして来た。エヘヘ。」
―え? あれ?
「どっかでちぎれたんかな?」
「何が? どうしたの?」
リュックを開けようとして、気付いた。自分の物である証として、リュックに付けていた物。飛鳥の頭文字『A』が書かれたプレートのキーホルダー。
「どこかで落としたかな?」
―どこかで見たか? いや、このリュックって、ずっと背負ってたのか? 違うよな…
「トリケン、パクった(盗んだ)やろ! 罪には罰が待ってるで。」
「アホか? 何で俺なんだよ、ははは…でもさ、俺のを背負うより、自分のリュックの方が背負いやすいと思うからね。じゃ、入れてもらおう。」
「うん、トリケンのリュック、臭そうやし。」
―こらっ!
2人はおでこのヘッドライトを点け、ゲートを抜けると、いざ八丁平へと歩き出した。暗い山道を、石や落ちた木の枝などに足を取られない様、ゆっくり慎重に歩いて行く。
徐々に明るくなり始めると、道も見えてくる。所々立ち止まっては、双眼鏡で木々の枝を見る。まだ影にしか見えないが、小鳥が飛び交う姿が少し気持ちを癒してくれる。
「トリケン、今日はえらい真面目やな。」
「俺はいつだって真面目さ。」
「鳥さん見つけたろオーラ、出まくってるで。」
―そう…かな?
「あんまりオーラ出したら、鳥さん嫌がって隠れてまうで。」
―ふふふ。飛鳥は鳥の気持ちがわかるんだな。自分を鳥みたいに言ってるだけに。
「なぁ、飛鳥ってさ、もしかして背中に羽生えてんのか?」
「どうかな〜? 正直者やないと見えへんで。」
「俺は正直者じゃねえから見えねえけど、はは…生えてんだ。あはは。」
―鳥じゃないけど羽生えてんなら、え? それって天使じゃん♡
「またおかしな事言い出すし。何かアホな事考えてんねやろ!?」
「いや、何も…」
―考えちゃうじゃん♡
重い荷物を背負い、途中、野鳥観察や休憩を入れながら、およそ2時間かけた歩行で八丁平に着いた。
「トリケン、カメラの準備しといて。他で私に出来る事あったら言うてな。」
「お? 意外と気の利いた事言うじゃん。」
「うふっ! 私を誰やと思てんの?」
「飛鳥は飛鳥じゃん!」
―勝ったぜ!
飛鳥はほっぺをぷっと膨らました。そしてすぐに微笑んだ。
「ここは飛鳥の夢ん中の世界やし、ゆっくり楽しんでな!」
「意味分かんねーよ! はは、野鳥天国ってとこかな? それだけここが好きって事なんだな。じゃあ、飛鳥も探してくれ。」
―ラジャー!!
今までからそうだった。活発に見えて、意外と言葉がなくてもじっとしていられる。探鳥に集中する健太を気遣っているのだろう。リュックに括り付けた小さな椅子を取り出すと、飛鳥はチョコンと座って双眼鏡で周囲を見渡した。
ゆっくり時間が過ぎていく。稀にハイカーが数名列を成し、挨拶をして通って行く。それ以外何もない。
「お? あれは?」
「ミソサザイ。撮った?」
「いや、ダメだぁ。」
ツキヒ…ホシ…ホイホイホイ――
「サンコウチョウやん! トリケン、ほら、探して!」
「ホントだ! え? どこだろね? 全然見えねえや。」
―えーっ!?
兎に角、朝の早い時間帯には様々な姿を見、鳴き声を聞く事が出来る。手付かずとは言えないが、大切に守られた森と湿原。その、野生生物を育むパワーは凄い。
写真にはならずとも、声を聞き、その姿を探しているだけでも、知らぬ間に時間は過ぎていく。
「なぁ、飛鳥。」
「うん。」
「そろそろ昼だよな。腹減ってねえか?」
「え〜っと…」
飛鳥のリュックから、ローテーブルとアルコールバーナー、コッヘル、そしてインスタントラーメンを取り出す。
「これ、どうすんの?」
「あ、使った事ないのか。じゃあ俺がやるから、見てて。蓋を取って、ここにアルコールを入れて、火を点けるだけなんだ。これでお湯を沸かせるんだよ。飛鳥は何持って来た?」
「おにぎり。」
「そうか。じゃあお湯も要らないね。え? うっそ〜!! マジか!? 水、ねえや!!」
ウォーターパックがない。持って来たはずなのに…まさかのミスに困惑する健太。飛鳥は焦りの面持ちで言う。
「あ、あ、お、おにぎり食べて。」
「あ、でも、いいよ。スープまぶしてかじるから。山に居るとよくあるんだよ、こんな事も。」
「こめ〜ん。」
たぶん、自分が忘れたんだ。そう言って健太は、麺を袋から出してかじり始めた。とりあえず何か腹に入れておかなければ、山歩きでは危険が伴う。それだけは気を付けなければいけない。
2人は思わず苦笑いした。
腹を満たせば、また探鳥再開だ。日中、野鳥達はどこに居るのだろう?
「どっかで休んでるで。天敵から身ぃ隠さなあかんから、目立たへんとこ。」
「だよね。ここに来るまでにいろいろ見たけど、やっぱり早朝が勝負かなぁ。」
「まだまだ夕方があるで。」
「そうなんだけどさ、暗くならないうちに下山しねえとな。今の時期、タイムリミットは6:00か。」
「泊まったらええんちゃうん?」
「そんな勇気ある?」
「ない。トリケン何するか分からんし、怖い。あははは!」
「こらっ! 俺は一体何者だ?」
「ヘンタイ。きゃ〜っ!」
付き合っている訳でもないが、お熱い事だ。そうこうしている間に、日は西に傾きかけてきた。山に囲まれた湿原は、陰となる。こんな時こそ、探鳥に集中したい。
森を見つめ、耳をすませば、その音は微かに聞こえる。それは少しずつ近付いてきている。
コココココン―キョッ―コココココン――
「ん!?」
「アカゲラ…やな! ほら、あそこ。」
飛鳥が指差す方向に、ドラミング音を響かせるキツツキの姿を見た。物音を立てない様、静かにカメラの向きを合わせて素早く構図を決める。キツツキだって動きは速い。追尾でピントを合わせていく。
パシャパシャパシャパシャパシャパシャ――
「よしっ! 撮れ高OKだ。」
「アカショウビンは?」
「また今度だな。暗くならないうちに下りよう。」
健太はカメラを撤収し、飛鳥はキャンプギヤをリュックに詰め込む。コンパスを片手に、2人はニノ谷へ向かい歩き始めた。
「1日ねばってこれだけ?」
「こんなもんさ。まだ駆け出しの頃なんて、この1枚すら撮れない事もあったんだ。」
「結構苦労してんな。意外! もっとヌル〜イ生き方してる思てた。」
―ヲイ!
日没後間もなく、2人はニノ谷に戻って来た。くだらない冗談を言いながら歩いていると、荷物の重さも忘れていた。ホッとしたその時、全身に重みがのしかかる様に疲れが出て来た。
飛鳥のリュックから健太のバッグへキャンプギヤを移す。辺りはすっかり暗くなり、車のヘッドライトで手元を照らす。
「あ!」
「あ!」
―エヘヘへ!
―はははは!
飛鳥のバイクの側に、健太のウォーターパックが。
―やっぱりお前じゃん。
―やっぱり私やったぁ。
「トリケン…み…ず…」
「コイツっ!!」
―あははははははははは!!
読んでいただき、ありがとうございます。
やはり好きな事をするのであれば、楽しみたいものですね。
サンコウチョウは、その鳴き声が「月」「日」「星」の響きに例えられ、3つの光という事でこの名が付けられたそうです。
オス45cm,メス17cmの体長の差は、オスが非常に長い尾羽を持つという事です。
アカゲラは代表的なキツツキ。その名は、体色に赤を持つ事から名付けられたもの。本州以北と対馬で繁殖が確認されているそうです。また、サイズの大きいオオアカゲラは個体数がかなり少ないそうです。




