品評会のその後
王妃も口を開いた。
「皆、それぞれに工夫を凝らし、美味しいものを用意してくれました。礼を申します。
ところで、王太子は特に気になったパイはありましたか?」
「いえ、皆それぞれに素晴らしく、私にはとても選べませんでした。」
と、王太子が答えたので、
王妃は「そうですか…」と少し残念そうに答えた。
実はアルベール王太子も、カイルと同じく、マリーの姿を最後まで目で探していたことに、王妃は全く気付いてはいなかった。
品評会が終わり、人々が三々五々会場の謁見室から退出していっているときに、カイルはマリーの侍女仲間の令嬢二人、ミリエルとクレアに声をかけた。カイルは王太子の護衛と王女の護衛を兼務しており、もともと二人と交流があったのだった。
「ミリエル嬢、クレア嬢、お疲れ様でした。今日は残念でしたね。」
「ええ、お仕えしている王女様の名誉のためにもと、張り切ったのですが…。」
と、ミリエルがカイルに答えた。
その後「クレア、やっぱりあのパイの見た目が地味だったのよ。」と、
ミリエルはクレアに言った。
「いいえ、この前、王太子様がお気に召した、マリーが作ったパイと見た目はそっくりにしよう、二人で決めたではないですか!?
それよりもあの味付けこそ、ミリエルさんがラム酒を入れ過ぎて、大人好みになり過ぎたのでは!?」
クレアがミリエルに言い返した。
険悪になりそうな雰囲気の二人の会話の間に、カイルが割って入った。
「ちょっと待って。あの5番のパイは二人が作ったんだね?
マリー嬢はどうしたんだ? 彼女に何かあったのか?」
結局は品評会のパイの製作にも参加していなかったマリーのことが心配になり、カイルは気がつけば二人に聞いていた。
「マリーは、アンヌ王女様の看病をずっとしていますわ。
アンヌ王女様も、マリーが傍にいると安心なさるご様子なのです…。」
と、ミリエルが答えた。
〝マリーらしいな…〟とカイルは思った。また、王女様の看病なら仕方がないとも思った。
しかし、マリーのアップルパイが食べられなくて残念だった…という思いは、どうしてもぬぐえなかった。
王女の体調が回復した数日後のある日の夕方、カイルは護衛騎士の後輩から驚くべきことを聞いた。
「カイル先輩、マリー嬢が、王女様付きの護衛騎士の俺たち宛てに、手作りの差し入れを持ってきてくれました。王太子様と王女様もお気に召したっていう、噂のアップルパイでしたよ。」
「え!? そ、それは、どこにあるんだ?!」
「護衛騎士の控室に置いてありま…」
カイルはその後輩の言葉を全部聞くことなく、控室に向けて駆け出した。
〝マリーのアップルパイ? マリーのアップルパイ! マリーのアップルパイ!!〟
そして、カイルは、はやる気持ちを抑えきれずに勢いよく控室の扉をバンと開けた。
すると、控室の中にあるソファに、優雅にアルベール王太子が足を組んで座っていた。
そして、彼の前のローテーブルの上には、
パイの欠片が中に落ちている、空の箱があった…。
「アップルパイ…は…?」
カイルは、自分の目に映る光景が信じられなかった。
王太子はあっさりと答えた。
「ああ、マリーからの差し入れのアップルパイか?
用事があってこちらに来てみたら、ちょうど最後に一切れ残っていたから、私がいただいた。
やっぱりマリーのパイは、おいしいな。」
王太子はにっこりと笑って席を立ち、ドアの近くで呆然と立ちすくんでいるカイルの肩をすれ違いざまに、ポンと叩いた。
「お疲れ!」
そう言って立ち去る王太子の後ろを見送ることは、カイルにはできなかった。
「くっ、マリーのアップルパイっ…。」
主君である王太子に対して今まで抱いたことがない、口にできないような不忠な思いが自分の中に渦巻くのを、カイルは止めることができなかった…。
その次の日の夕方、マリーが、その日の勤務が終わったカイルを王宮の廊下で呼び止めてきた。
「カイル様」
「マリー…」
「カイル様、これはささやかですが、いつもの御礼です。」
そして、声をおとして言った。
「いつも神官長との面会にお付き合いいただいて、ありがとうございます。」
「私の数少ないお菓子のレパートリーの一つなんです。よかったら…。」
マリーはそう言い、微笑みながら、小さな紙の箱をカイルに渡した。
「ああ…。わざわざ、ありがとう。」
カイルは思いもかけない、マリーからのプレゼントに頭が真っ白になりながらも、なんとか言葉を紡いだ。
「それでは、失礼いたします。」
マリーは軽やかに身を翻して去っていった。
カイルが箱を開けてみると、そこには美味しそうな焼き色がついた、小ぶりのスイートポテトが5個入っていた。
「マリーの…スイートポテト…。」
カイルは口元を綻ばせ、しばらく箱の中を見つめていたが、はっと我に返り、キョロキョロと周りを見渡した。幸い、主君に対しての不忠な思いは消えていた。
そして騎士らしい素早く隙のない動きで、箱を人に見られないように抱え込み、帰宅の途についたのだった…。




