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一回戦第四試合 剛皇寺麗美(モデル)vs山田さん(通行人)

 遺言状などがない場合、遺産は民法にのっとって、相続されることになる。

 ちなみにその場合、息子の妻に相続権はない。ましてや、通行人など相続権があるわけがない。


 しかし、このトーナメントでは関係ない!


 トーナメントで優勝さえすれば、そいつが遺産を全部貰えるのだから!


 麗美はモデルらしく、颯爽としたドレス姿で登場。一方の山田さんはポロシャツに安っぽい紺色のズボンというスタイル。

 すでに両者、臨戦態勢に入っている。


 山田さんが何か言いたげな表情をしている。

 首を傾げる麗美。


「なによ」


「いや……やはり女性の顔を殴るのはまずいよな、と思いましてね」


 これに麗美は憤った。


「アタシはね、顔だけでモデルやってんじゃないの。顔面ボコボコにされても、体だけでモデルやってける自信があるわ!」


 強がりではない本音。そしてそれを言えるだけの実力を兼ね備えている。麗美ならば顔が前衛芸術になってしまったとしても、モデルとして需要があるのは間違いない。


「失礼、あなたを侮辱してしまったようですね」


「分かればいいのよ」


 審判が開始の合図をする。


 直後、スパパァンと破裂音が響いた。


「がっ……!?」


 ジャブだ。山田さんの放った高速ジャブが、連続で麗美の顔面を打ち抜いた。膝をつく麗美。


 これに一番驚いたのは夫である一郎だった。


「俺も麗美とは幾度となく夫婦喧嘩してるが、麗美はあの美貌で鋼鉄のタフネスを誇る。それをジャブだけでダウンさせるとは……ッ!」


「あの山田さん、やるね」と鋭二。


「今のジャブだけで24時間TVが作れるぜ……!」よく分からない喩えをする繁三。


「なるほど……ボクシングの使い手ってわけね」


 麗美が立ち上がる。


「ええ、通行人とボクシングって相性がいいんですよ」


「どういうこと?」


「ボクシングはパンチのみで戦いますからね。これほど通行しながら戦うのに相応しい格闘技は他にないんです」


 ニッコリ笑うと――


「遺産には興味ありません。ありませんが、これでも負けず嫌いでしてね。このトーナメントという道……優勝まできっちり通行させてもらいますよ」


 山田さんが仕掛けた。基本のワンツーから、ラッシュに移行――


 ブオンッ!


 凄まじい蹴りが空を切り、山田さんの攻撃を止めた。


「危ない……いい蹴りですね」


「ええ、残念だけど通行止めよ! アタシという障害物によってね!」


 モデルらしい長い脚から繰り出される蹴り技の数々はまさに圧巻。

 山田さんもガードはせず、スウェーでかわすしかない。

 が、山田さんも負けてはいない。ジャブやフックを返す。


 両者の拳と蹴り足が入り乱れる様は、打撃の芸術といった風情であった。個展を開けばルーブル美術館並みの集客を見込めるだろう。


 この光景に、彼らのように打撃のエキスパートである凛がうずく。


「混ざりたい……」


「ダメざますよ。これは一対一ざます」


「申し訳ありません、奥様」


 妖子に制され、凛は己の闘争心を封じる。


「トーナメントが終わった後ならかまいませんよね?」


「それは自由ざます」


 自分が山田さんや麗美と戦うところを想像し、凛はわずかに微笑んだ。彼女は闘争心だけならもしかすると8人中トップかもしれない。


 ここで試合が動く。


 山田さんが定期入れを取り出し、家族の写真を見つめ始めたのだ。


早苗さなえまい……お父さん、頑張ってるからな」


 妻と娘の名を呼び、家族愛を吸収した山田さんの闘気が倍増する。


「今の私なら……たとえミサイルの雨が飛び交う戦地でも“通行”できるでしょうね」


 ハッタリではない。

 しかし、麗美も負けてはいない。


「だったらアタシは……こうよ!」


 ファッションショーの時のような歩き方で、山田さんに歩み寄る麗美。今の彼女ならばどんなダサイファッションでもたちまち流行にしてしまうだろう。


 最後の攻防が始まる。


 得意のジャブから、巧みなコンビネーションで攻め立てる山田さん。

 両手以上に自在に動く足でコンビネーションに立ち向かう麗美。


「お互い一歩も引かねえ!」唸る繁三。


 バチィッ!

 互いの攻撃でお互いの体が弾かれる。


 ――次の一撃で決める!


「うおおおおおおっ!!!」右ストレートを放つ山田さん。


「でやあああああっ!!!」回し蹴りを繰り出す麗美。


 激突ッ!


 周囲がしんとなる。


 崩れ落ちたのは――山田さんだった。


「勝負ありッ!!!」審判が勝敗を告げる。


 しかし、麗美は納得いってなかった。


「なぜ……? どうして最後の瞬間、拳を緩めたの?」


「気のせいですよ」


「嘘よ! あのまま緩めなければ、今頃アタシがダウンしてたはず!」


「ならば……あなたがちょっと娘に似てるから、ということにしておきましょうか」


 麗美はフッと微笑むと、


「アタシ似ならとってもモテるわよ」


「ええ、今から心配ですよ」


 二人の健闘に周囲は拍手を送った。




 試合を終えた山田さんに、一郎が話しかける。


「山田さん、通行人でありながらトーナメントに参加してくれてありがとう」


「いえいえ、楽しかったですよ」


「せめてものお礼に……10億円差し上げます」


「いやいや! ちょっとバトルしただけでそんなものは受け取れませんよ」


「いえ、本当は1000億円差し上げたいところなんですけど、それをやると流石に断られると思い、10億にしたんです。どうか、助けると思って」


「分かりました、受け取るとしましょう」


 山田さんは快く10億円を受け取ってくれた。


 さらに凛が駆けつけてくる。


「山田様、いつか私とも戦って頂けますか」


「ええ、いつでもどうぞ」


 凛は頭を下げた。

 さっそく山田さんは妻に電話をかける。


「今日、剛皇寺さんの家の近くを通りがかったら、トーナメントに参加することになって10億円頂いたよ」


 山田さんは愛する妻に言葉を続ける。


「全てを見届けてから帰るけど、今度おいしいものでも食べようじゃないか」

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