一回戦第三試合 江戸川照之(弁護士)vs剛皇寺妖子(茶道家元)
シャカシャカシャカ……。
リング上にて茶筅でお茶を点てる妖子。
そして、対戦相手である弁護士の江戸川に差し出す。
普通ならば、敵からの飲み物など飲めるかと断る場面だが――
「いただきます」
飲み干す江戸川。
「結構なお手前で」
「あたくしが毒を盛ると思わなかったざますか?」
「私とて旦那様の顧問弁護士。あなたのことも存じ上げている。この期に及んで毒を盛ったりはしないでしょう」
ニヤリと笑う江戸川。
「流石ざます。江戸川弁護士」
立ち上がり、構える。
「ああたの武器はなんざますか?」
「もちろん、これです」
江戸川が取り出したのは六法全書。各種法令を収録した書籍であり、分厚い。優れた弁護士が暴漢に襲われた際、六法全書で撃退したという事例は多い。
「相手にとって不足なしざます」
「こちらこそ……あなた相手なら六法全書を思う存分振るえそうだ」
審判が叫ぶ。
「始めッ!!!」
開始と同時に、江戸川が飛びかかる。
「いつも弁護ばかりしてきた私だが、今日は違う! 攻撃しまくってやるぜェ!」
凶悪な笑みを浮かべると、六法全書で妖子に殴りかかる。
ズガァンッ!
攻撃は外れたが、リングにはクレーターができていた。
「すごい破壊力ざますねえ……」
「当たり前ですよ……。六法全書を装備した弁護士の戦力は、大型の肉食猛獣をも遥かに凌駕するッ!」
インターネット上で「最も強い職業はどれか」という議論になった時、当然「格闘家」「軍人」「殺し屋」などが真っ先に挙がるのだが、「弁護士」人気も根強いのは有名な話である。
力強い踏み込みから、弁護士が六法全書――と見せかけて、ただの拳を振るう。
ボゴォッ!
強烈な左ストレートが、妖子の顔面にめり込んだ。見事なフェイント。
「か、母さん!」
実の母親を殴られ、一郎も狼狽する。
しかし、妖子にもさほどダメージはない。剛皇寺源十郎の妻はパンチ一発では倒せない。
「やはり六法全書でないと決め手にはならないようですな」
「当てられるざますかねえ」
「当ててみせる!」
再び殴りかかる江戸川に、妖子の目が鋭く光る。
「言っておきますけど、あたくしもやられっぱなしじゃござあせんのよ」
茶筅を高速で投げつける。が、これをあっさりガード。六法全書は盾としても優秀だった。
「弁護士ですからね……自分の防御も完璧なのですよ」
「あらまあ……」
攻防一体の六法全書に、見ている者たちも汗をかいてしまう。
「六法全書……あれほどとは」と凛も無表情ながら称賛する。
ノリにノッてきた江戸川、六法全書をまるでナイフでも回すように回転させる。
「さあて、そろそろ勝訴をもぎ取るとしましょうか!」
ここぞとばかりに「勝訴」という言葉を使い、自分が弁護士であることをアピール。やはりこの男の弁舌はハイレベルである。
「キエエエエッ!」
六法全書をピッチャーのように振りかぶり、トドメの一撃を浴びせんと殴りかかる。
「甘いざますねえ」
――バシャッ!
六法全書に、何かがかかった。
「なんだこれは!?」
匂いを嗅ぐ江戸川。
「この渋い匂い……これはお茶!?」
「そうざます。そして濡れた六法全書がどうなるか……お分かりざますね」
「ハッ!」
六法全書が濡れて湿ってしまい、あの無敵の硬度を失っている。こうなってしまえば、攻撃力も防御力も半減である。今風に言えばデバフである。言わなくてもよかった。
江戸川はかつて所属していた法律事務所の所長の教えを思い出していた。
≪六法全書を決して濡らしてはならんぞ……≫
破竹の勢いで法曹界を勝ち進み、勝訴の山を積み重ね、剛皇寺源十郎の顧問弁護士にまでなった江戸川。その順風満帆な人生が仇となって基本中の基本を失念していた。
「古来より、『弁護士と戦うなら雨天時を狙え』『水のある場所で戦え』と言われてる。この大一番でその基本を押さえてくるとは、さすが母さんだ!」
一郎が感心したようにうなずく。
六法全書を濡らしてしまった江戸川、予備も持っていない。万事休す、敗訴目前か。
だが、ここで妙案を思いつく。
「乾かせばいいんだ! フーッ! フーッ!」
六法全書に息を吹きかける。弁護士生活で鍛えた肺活量ならば、数秒で乾かせるだろう。
――が、このレベルの戦いで数秒の隙はあまりにも大きかった。
ドズゥッ!
江戸川の喉に茶筅がめり込んだ。
この一撃で江戸川の呼吸は封じられ、ノックアウトとなった。
妖子は大和撫子らしい微笑みを浮かべると、高らかに言い放った。
「あたくしの勝訴、ざます」
「勝負ありッ!!!」