一回戦第二試合 剛皇寺鋭二(医者)vs鈴代凛(メイド)
第二試合は医者とメイドの対決となった。
一般的に考えると、両方ともおよそ戦闘向きの職業ではないが、鋭二も凛も自信満々といった表情をしている。
白衣を着た鋭二、メイド服姿の凛。リング上で向かい合う。
「始めッ!!!」
試合開始――が、先ほどの試合とは違い、二人とも動かない。
「おや? キミは打撃に自信があると言ってたけど、動かないのかい?」
鋭二が挑発する。
「うかつに攻撃すると、タダでは済みそうもないので」
「ふふふ、バレてたかい。メイド君の観察眼をナメてたね」
鋭二は白衣の中に薬品の瓶を仕込んでいた。蹴りでも放っていたら、その瓶が割れ、蹴り足にダメージを負っていただろう。
「お互い大したものだ……」弁護士の江戸川が唸る。
「まあ、ボクは外科医。薬品に頼るのは趣味じゃないんだ。本来の武器であるこいつを使わせてもらうよ」
薬品の瓶を捨て、ポケットからメスを取り出した。よく研がれた合金製の刃がキラリと光る。
「さあ……手術開始だ!」
シュバァッ!
持ち主の名前のように鋭い一閃。凛のメイド服が切り裂かれた。
攻撃は止まらない。
「ヒャアアアアアアアアア!!!」
奇声を発しながら、鋭二がメスで猛攻を仕掛ける。
「まるでホラー映画の殺人鬼ですなぁ……」山田さんが驚嘆する。
「普段は名医なんざますけどねえ……」母親として妖子も呆れる。
そんな雑音など気にせず、メスを振り回し続ける鋭二。目が完全にイッてしまっている。が、斬撃の嵐を凛も危なげなくかわし続ける。
――が。
ザシッ!
腕に一撃入った。鋭二のメス捌きは一流剣豪の域に達しており、やはり避けきれるものではない。
「この感触いいぞォ! ボクは一度生きた人間をメスで切り裂いてみたかったんだァァァァァ!!!」
メスの速度が加速する。
メス犬を追いかけるオス犬が如し。
追い詰められていく凛。だが、極めて冷静沈着な顔でこうつぶやいた。
「あの……普段の手術も“生きた人間”を相手しているのでは」
「ハッ!」
そういえばその通りである。テンションが上がりすぎて、おかしなことを言ってしまった。むろん、こんな隙をメイドは見逃さない。
「はあっ!」
凛の正拳突きで、鋭二の胸骨が砕けた。
「うげえっ!」
さらに――
ベキィッ!
強烈なローキック。鋭二の右足が折れた。
「んぎゃあああああっ!!!」
凛はお辞儀をすると、丁寧な口調で言った。
「もう立てないでしょう。いざぎよく降伏して下さい」
しかし、鋭二にも剛皇寺家次男としてのプライドはある。負けを認めるなどできるわけがない。
「ぬおおおおっ!」
自身の体に何かを施す鋭二。
すると、なんと胸骨も右足も治ってしまった。
「ボクは医者だよ? この程度の負傷なら自分で治療できるのさァ!」
「そうなんですか……」
ここで初めて、凛が笑う。
「え?」
「じゃあ、いくらでも壊せるということですね」
黒い笑みを浮かべるメイド。ここからが地獄のマラソンの始まりであった。
ローキックで足を折られる。治す。
ミドルキックで肋骨を割られる。治す。
ハイキックで肩を砕かれる。治す。
いくら治せるといっても、痛みを消せるわけではないのだ。鋭二の心はミシミシと音を立てていた。
しかし――
ボクは剛皇寺の次男! 兄と弟はあんな熱戦を繰り広げた! メイドに負けるわけにはいかないんだ!
もはや意地だけで戦っていた。
やがて、凛がふぅと息を漏らす。
周囲は流石の凛も疲れたのか、と推測する。鋭二にも勝利の可能性が出てきたか。
ところが、鋭二は悟った。
違う……! メイドさんはずっと手加減して戦ってた! 今の吐息はその気疲れのためなんだ……!
思えば凛の攻撃は全て急所を外したものだった。また打撃も当たる直前にわずかにスピードを緩めている。仕える者として、鋭二の生命を奪わないようにしていた。
「……フッ。ボクの負けのようだね」
鋭二は負けを認めた。この瞬間、凛の勝ち上がりが決定した。
「母さん……ボク、負けちゃったよ」
「ナイスファイトだったざまぁす。あたくしはあなたを誇りに思うざます」
母に褒められ、涙を流す。
この戦いで存分に痛みを味わった鋭二。しかし、人は痛みを知ることで成長できる。これ以降、さらに医師としての腕を上げ、後にノーベル生理学・医学賞を受賞することとなる。