一回戦第一試合 剛皇寺一郎(社長)vs剛皇寺繁三(TVプロデューサー)
トーナメントの戦いは剛皇寺家の豪邸の庭で行われることになった。
庭には円形の石畳のリングが用意されていた。
「なぜこんなものが?」と江戸川が聞くと、
「主人がこんなこともあろうかと用意していたざます」
と妖子夫人が答える。夫人は心なしか誇らしげだった。死して皮でなくリングを残してくれた夫に感謝しているのだろうか。
一回戦第一試合は一郎vs繁三。剛皇寺家長男と三男の兄弟対決がいきなり実現した。
繁三が自信ありげに笑う。プロデューサーらしく背中にカーディガンを羽織り、両袖を前で結んでいる。
「兄貴のことは尊敬してるが……今日は勝たせてもらうぜ」
「やってみろ」と一郎。
リングに上がる両雄。
いつの間にか雇われていた審判が、試合開始合図を告げる。
「始めッ!!!」
一郎と繁三、共に猛ダッシュ。
一気に間合いが縮まり――
ズガァッ!
二人の拳と拳、蹴りと蹴りがぶつかり合う。
「へえ、兄さんも繁三もなかなかやるじゃないか」と笑みを浮かべる鋭二。
「さすがあたくしの息子たちざます」妖子も誇らしげだ。
戦いはわずかに一郎が押していた。
「せやぁっ!」
回し蹴りが繁三の顔面にクリーンヒット。ダウンする。一郎は追撃をしない。クリーンファイトがしたいようだ。クリーンヒットしただけに。
「立て」
「さすが兄貴……10%じゃやっぱ勝てねえか」
繁三の不可解な言葉に、首を傾げる一郎。
「10%?」
「20%でいかせてもらうッ!」
繁三が仕掛ける。明らかに先ほどよりスピードが上がっている。どういうことだ、と戦いながら戸惑う一郎。
「25%ォ!」
スピードだけではない。パワーも上がっている。ガードを吹き飛ばされる一郎。
「30%ォ!」
繁三のラッシュが止まらない。もはや一郎はサンドバッグか。と思われたが――
ボゴォッ!
「ごふうっ!」
ボディブローで繫三がうめく。一郎は拳を握り締め、冷徹な目で告げる。
「あまり兄を舐めるなよ、繁三……」
「うぐ……」
「なんの数字か知らんが、3割程度の力で俺を倒せるわけがなかろう」
「へ、へへ……やっぱり30%でも無理か……」
「一体なんの数字なんだ」
「答えはCMの後、と言いたいが教えてやるぜ」
繁三の言葉に、一郎の妻である麗美が喜んだ。
「嬉しい! アタシ、あれ大嫌いなの! CMの後……ってやつ!」
「分かります分かります」と山田さんも同調する。
繁三が続ける。
「実はな……この大会はテレビ中継されてるのさ」
「なんだと……!?」
リングの脇にはテレビカメラが仕掛けてあった。一郎は全てを悟った。
「そうか、さっきの数字は……」
「そう、視聴率! TVプロデューサーはなァ、視聴率が上がれば上がるほど戦闘力も高まるんだァ!」
そう言うと――
「はああああああああ……!!!」
繁三が気合を入れる。視聴率がどんどん上がっていく。
「32%……35%……40%……!」
さすがの一郎も冷や汗を流す。
「50%……60%……70%……!」
視聴率が上がるにつれ、繁三の戦闘力が高まり、大気が震え、地面が揺れ、雷が鳴る。
一回戦第一試合からこんな描写をして大丈夫かと不安になる。
「80%……90%……ぬおおおおおっ!!!」
繁三の筋肉が大きく盛り上がり、ついに来るべき時は来てしまった。
「100%……!」
日本中に視聴され、黄金の視聴気を纏った繁三が、不敵に笑う。
「兄貴……行くぞォッ!!!」
次の瞬間、一郎は吹っ飛んでいた。右ストレートを浴びたのだ。
――なんて速さ!
「ほらほらほらほらほらァ!!!」
そのスピードを生かし、前後左右上下、あらゆる方向から刺すような打撃を決める。すかさず跳躍して逃げようとする一郎だが、やはりジャンプ力も繫三が勝っている。
「兄貴は地べたを這いつくばってる方が似合ってるぜェ!!!」
両手を組んだハンマーパンチで、一郎を地面に叩き落とす。
「ハッハッハァ、これがテレビの力だァ!!! ネットに押されてるなんてのは嘘っぱちだァ!!!」
高笑いする繁三。
「一郎もここまでのようざますねえ……」ため息をつく妖子。
「次のボクの対戦相手は繁三で決まりかな」早くも勝ち上がる気満々の鋭二。
「あら、私に勝てるつもりですか?」凛がやや不機嫌そうに首を傾げる。
しかし、山田さんは違う反応をしていた。
「うむう……どうやら一郎さんはまだやる気のようですよ」
一郎は立ち上がった。繁三も褒め称える。
「さすが兄貴、社長をやってるだけあってしぶとい」
「まあな。会社の経営してればこれぐらいの危機はいくらでもあった」
「だが、しぶといだけじゃ勝てねえぜ」
「いや……お前の弱点はもう見切った」
「なんだと?」
聞き捨てならないといった表情の繁三。
すると、一郎は――
「お前の弱点、それは……」
自らのズボンをずり下げ、下半身を露出させた。
「視聴率が下がればパワーダウンすることだ!」
「なにいいい!?」
一郎の大胆な作戦によって、みるみる視聴率が落ちていく。
「ああ……70%……! 60%……! 50%……ひいいいっ!」
あれほど逞しくなっていた繁三の体がしぼんでいく。
「兄貴、いいのかよ!? 視聴率100%だった中継であんなことしたら、兄貴の社会的な立場は……」
「社会的立場など……1000億のためなら、いやお前に勝つためなら安いものだ。ドブにでも捨ててやるさ」
一郎の言葉に、繁三は感動すら覚えてしまう。が、これこそが最大の隙。
「むんっ!!!」
強烈なアッパーカットが炸裂し、繁三は空中へ打ち上げられ、地面に落下。そのまま起き上がることはなかった。
審判が宣言する。
「勝負ありッ!!!」
一郎が敗れた繁三に手を差し伸べる。
「惜しかったな」
「いや……完敗だ。オレは視聴率に頼りすぎてた……。これからはもっといい番組を作るよ」
敗北はしたが、プロデューサーとして一皮むけた繁三であった。
そして、一郎は照れ臭そうにパンツとズボンを履くのだった。