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エピローグ ~勇者のオヤジギャグは、永久に不滅です


 カズキと結婚をしてから数か月。

 私たちは、それぞれの執務机で事務処理に追われていた。


「じゃあ…カズキ、これは、えっと…『大学の先生』でお願い」


「わかった、『今日中(教授)』でいいんだな。それにしても…」


 カズキは窓の外を見つめる。


「…ルビーは、『オヤジギャグ』の使い方が上手くなったな」


 遠い目をしながらしみじみと語っているカズキを、私はジト目で見る。


「わ、私は、別に『オヤジギャグ』を(きわ)めようとは思っていないからね!」


「そんな謙遜しなくても、いいんだぞ。弟子は、いつか師匠を越えるものなんだよ。すぐに『免許皆伝』になると思う」


 机の引き出しから『十年日記』を取り出したカズキは、「今度は、どの『オヤジギャグ』をルビーに教えようかな…」と呟いている。

 彼は自分の世界に入り込み、私の話を全く聞いていない様子。これでは困る。


 ため息を吐いた私は、以前から考えていることを伝えることにした。


「あのね…カズキ、私たちにもいずれ子供ができるでしょう?」


「うん」


「その子が大きくなったときに、その…カズキのようになったら困るから、今のうちから『オヤジギャグ』を徐々に封印…」


「ルビー…」


 カズキが、真剣な表情で私を見据えていた。

 私を見つめる穏やかな黒い瞳に、さすがに言い過ぎたと反省した私は頭を下げる。


「ごめん! ちょっと言い過ぎ…」


「…『一升瓶(いっしょうびん)は、一生瓶(いっしょうびん)』という言葉があるように、俺は、一生変わらず俺なんだよ。だから…」


 カズキが拳を握りしめ何やら力説しているが、懲りずにまた『オヤジギャグ』を言ったことだけはわかった。


「…それに、俺たちの子供には『()()()()瞳を、()()()()いで』って言うくらいなら、いいだろ…」


「カ・ズ・キ…」


「は、はい!」


 カズキへ、私の怒気を含んだ声色は伝わったようだ。

 彼は背筋をシャキッと伸ばすと、慌てて『十年日記』を片付け、書類と向き合う。


 しばらくの間、執務室に書類を捲る音とペンを動かす音だけが響いていた。





 ジェイコブがお茶を淹れてくれたので、一旦休憩をすることにした。

 ソファーにカズキと並んで座り、お茶を一口飲む。

 今日のお茶菓子は、新作の『オンセン蒸しケーキ』だ。

 『オンセン』の蒸気でお菓子を作ろうと、皆で意見を出し合って開発した自信作だが、生地がしっとりとしていてとても美味しい。

 カズキも味には満足しているのだが、「このオンセン街で売るんだから、『オンセンマンジュウ(温泉饅頭)』にしよう!」と最後まで名にこだわっていた。


「あのさ…」


「なに?」


 隣へ視線を向けると、カズキが口を尖らせ拗ねたような顔をしている。

 同い年のはずなのにやっぱり年下にしか見えない彼に、思わず笑ってしまった。


「…結婚してから、ルビーの俺に対する扱いがどんどん適当になっている気がするんだけど、俺の気のせいかな? 気のせいじゃないよな?」


「それを言うなら、カズキの『オヤジギャグ』を言う頻度が高くなっているような気がするんだけど、私の気のせいかな? 気のせいじゃないよね?」


「それは…ルビーの…気のせいだと…思う」


 だんだんと声が小さくなった彼に、私は必死で笑いをかみ殺す。


「私も…カズキの気のせいだと思うよ…」


「ホント?」


「うん。ホント、ホント」


「そっか…俺の気のせいなら、仕方ないか…ハハハ」


「ふふふ…」


 結婚をしても、以前と変わらずカズキとこんなやり取りを毎日している。

 彼と夫婦にはなったが、友人のような関係でいられることに心地良さを感じていた。


 美味しそうにケーキを頬張る彼の横顔を、私はじっと見つめる。


 私の傍には、いつもあなたが居てくれる。

 それだけで、私がどれだけ心穏やかに過ごすことができているか、どれだけ心強く思っているか、あなたは気づいているだろうか。


 お揃いの指輪が光るカズキの左手を、そっと握りしめる。

 大きくてごつごつしていて温かい…私の大好きな手だ。

 彼から手を握り返され顔を上げたら、優しいまなざしで私を見つめる黒い瞳があった。


「ルビー…愛してる」


「私も愛してる、カズキ」


 口付けをかわすと、いつものように抱きしめられる。

 カズキの腕の中は、私だけの指定席だ……今のところは。


「そろそろ、仕事に戻る?」


「もう少しだけ、このままでいたい…」


「…わかった」


 カズキは、私が満足するまで抱きしめていてくれる。

 規則正しい彼の鼓動を感じていると、温かさと心地よさに、ついウトウトしてしまう。


「ルビー、また眠っちゃダメだよ!」


 カズキの声が、遠くで聞こえる。


 来年の今ごろは、私と彼の間にもう一人いてくれたら、いいな…

 そんなことを思いながら、私は目を閉じたのだった。





「奥様は、また眠ってしまったのですね…」


 茶器を片付けに部屋へと入ってきたジェイコブが、カズキの腕の中で眠るルビーを見つめている。


「ずっと忙しいから、疲れがたまっているんだろうな…」


 ルビーをソファーに横たえたカズキは、彼女の頭を優しくなでるとフフッと笑った。


「ジェイコブ、俺が初めてこの屋敷に来た日のことを覚えているか?」


「はい、もちろんでございます。突然、旦那様を連れて帰ってきたときは、呆れましたから…」


「ははは! たしかに、俺は怪しい奴だったからな…」


「でも、奥様は人を見る目がございました。私は、旦那様との出会いは運命だったと思っております」


 父親が亡くなったあと、ルビーは一方的に婚約を破棄され、一人で領地を守ってきた。

 その様子をずっと従者の立場で見守ってきたジェイコブにとって、今の幸せそうなルビーの姿は何ものにも代え難いものだ。


「運命…か。そうかもしれないな」


 カズキが召喚に応じなければ、勇者仲間から『温泉』の話を聞かなければ、二人は出会うことはなかっただろう。


「私は……旦那様が、宴会の席で眠ったフリをしておられたことを知っておりましたよ」


「ゴホッ、ゴホッ…」


「あの頃から、お二人は相思相愛だったのですよ。それなのに、随分と回り道をされたものです」





 ジェイコブが退室したあと、自分の上着をルビーへ掛けたカズキは、ふう…と息を吐く。

 まさか、彼に気づかれていたとは思ってもいなかった。


『カズキ殿がお嬢様のことをどう思っておられるのか、今日ははっきりとお聞きしたいです!』


 ルビー本人が目の前にいるのに、ジェイコブは何を聞いてくるんだとカズキは焦った。

 酔った勢いで告白する…との考えも一瞬頭を(よぎ)ったが、彼女の立場を(おもんぱか)り、結局寝たフリをしたのだ。


 皆に自分を部屋まで運ばせてしまい、申し訳なく思ったこと。

 眠れずに外を眺めていたらルビーが庭園に出てきて、その姿をずっと見つめていたこと。

 襲われていることに気づき、窓から飛び出して助けに行ったこと。

 自分に抱きついているルビーから、もう少しこのままでいたいと言われ、思わず強く抱きしめてしまったこと。


 あの時のことを思い出すだけで、カズキは今でも面映(おもは)ゆい気持ちになる。


「さて、大事な大事な『()入り娘を、()びますか』…なんちゃって」


 カズキはルビーを優しく抱き上げると、執務室を後にした。



これで完結です。

ここまでご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勇者が省略され、魔王を退治した後の物語は私の知る限りではありませんね それも小さな子爵領で まぁ現代知識チートで領地の立て直しはよくある話ですけどね でさーカズキさん 「ヒーローは後から…
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