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大団円


 着替えを済ませた私が応接室に入ると、カズキとジェイコブが何やら話をしている。

 私の顔を見るなりジェイコブはそそくさと出て行き、部屋には私とカズキだけが残された。


 豪華な衣装を身に纏い、髪も丁寧に撫で付けられているカズキは、どこから見ても貴族にしか見えない。

 ジェイコブの淹れたお茶を優雅に飲んでいた彼は、私に顔を向けるとニコッと笑った。


「こんな恰好をしている俺が、そんなに珍しい?」


「うん。カズキは…貴族になったんだね」


 王女様たちと結婚をして、国王陛下から爵位を賜ったのだろう。

 彼が本当に手の届かない人になってしまったんだという現実を突きつけられて、久しぶりに会えて嬉しかった気持ちも(しぼ)んでしまった。


「俺が貴族になった理由は、その…これからルビーへ話すことと関係があって、実は…」


「……聞きたくない」


「えっ?」


「…勇者様は、王女様や聖女様と結婚したんでしょう? だから、カズキは…お別れを言いに来た。でも、大丈夫! 私はこれからも皆と頑張っていくから…あっ、預かっていた鞄を持ってくるね。それだけが気掛かりだったから…」


 早口でまくし立てた私は席を立つと、足早にドアへと向かう。

 これ以上カズキの顔を見ていたら、みっともなく泣いてしまいそうだ。


「ルビー、ちょっと待って! 何か誤解しているよな?」


 私の腕を掴んだカズキは正面に立つと、俯いている私の顔を覗き込んできた。


「俺の顔を見て」


「…嫌だ」


「じゃあ、このままでいい。えっと、何から説明しようかな…」


 少し逡巡したあと、カズキは口を開く。


「まず…勇者は、確かに結婚をした。でも、それは俺じゃない。別の勇者だ!」


「…えっ?」


 ようやく顔を上げたな…そう言って、カズキはフフッと笑った。


「召喚された勇者は俺も含めて三人いるんだけど、ルビーに言っていなかったっけ?」


「…聞いていないよ」


 そうだったか…と呟いたあと、彼は説明をしてくれた。

 召喚された三人の勇者と王女様と聖女様の五人で、魔物の討伐を行ったこと。

 三人は皆、同じ世界の同じ国の出身だったから『オンセン』のことも知っていて、彼らがカズキに教えてくれたこと。

 以前から、勇者は王女様や聖女様と結婚するように言われていたが、カズキは断っていたこと。

 他の二人は強制されたわけではなく、自らの希望で結婚を決めたこと。


「『貴族の暮らしがどんな感じなのか、興味がある!』ってアイツらが言うから、『そんな理由で結婚して、大丈夫なのか?』って聞いたら『大丈夫、大丈夫』って…」


 魔物の討伐を通じて絆は深まったようで、五人の仲はもともと良いとのこと。


「休暇中の俺を捜し出し『自分たちの結婚式に参列しろ!』って、わざわざ呼び戻しにくるんだからな…」


 あのときのことを思い出したのか、カズキは苦笑いを浮かべている。

 堅苦しいことが苦手な彼は、休暇を理由にして逃れるつもりだったようだ。


「だから、俺は結婚はしていないし、お別れを言いに来たわけでもない。ここまでは、わかった?」


「…わかった」


 私がコクリと頷くと、カズキは満足気な表情を見せた。


「では、ここからが今日の本題…って、ルビー、何で…泣いているんだ?」


 カズキは、誰とも結婚をしていなかった。私にお別れを言いに来たわけでもない…ふっと肩の力が抜けたら、自然と涙が流れていた。

 自分でも心底呆れてしまうくらい、彼の前では泣いてばかりだ。

 しっかりしなければと思ってはいるのだが、私の涙腺は緩みっぱなし。もっと、もっと、強くなりたい。


 カズキが以前と同じようにあたふたしだしたが、すぐに懐からハンカチを取り出し貸してくれた。


「俺がいない間に、何かあったのか? 疲れた顔をしているし…」


「…いろいろ、あったよ」


 カズキが結婚したと聞いて、目の前が真っ暗になった。

 それでも、彼をいつまでも忘れられなくて、仕事に逃げた。

 もうこのまま誰とも結婚をせず、跡取りは養子を迎えようと本気で考え始めた。

 それなのに、お見合い話がたくさん持ち込まれてきて、この中の誰かと結婚しなければならなくなった。

 

 こんな辛い思いをするなら、カズキと出会わなければよかった……そう思ってしまう自分が、嫌で嫌でたまらなかった。


「カズキが結婚したって聞いて…ここに移住してくれる…一緒にもり立ててくれるって言ってたのに…『嘘つき』って思った」


「ははは、『嘘つき』…か」


「でも…結婚していないとわかって…嬉しかった。だって…」


「だって?」


「…カズキが好きだから。結婚をしたと聞いても、どうしても忘れられなかった」


「!?」


 ハンカチで涙を拭うと、告白に驚いているカズキを見つめる。

 今後、彼と気まずくなってしまうかもしれない…けれど、もう後悔はしたくない。


「私は…ずっと前から、あなたのことが好きなの」


「………」


 カズキは何も言わず、私の顔をじっと見つめている。

 やっぱり、彼を困らせてしまったようだ。

 突然泣き出したり、いきなり告白をしたり、相当面倒くさい女だと思われただろう。


「えっと…今の話は、すぐに忘れてほしい。じゃあ、カズキの話の続きを…」


「…俺の返事は、聞いてくれないの?」


「…えっ?」


「やっぱり、ルビーとは気が合うなあ…」


 そう呟きながら彼はおもむろに私の前に跪くと、私の顔を見上げる。

 綺麗に澄んだ黒い瞳が、よく見えた。


「ルビー嬢、私と結婚してください」


 私の目を見て、カズキははっきりと言った。





「えっ…カズキ、急にどうしたの?」


 状況が飲み込めない私は、彼と同じ目線になるようにその場にしゃがみ込み膝をついた。

 私の反応に、カズキがぽかんとしている。


「あれ? 俺、何か作法を間違えたか…」


 首をかしげているカズキは、「教えてもらった通りに、やったんだけどな…」と呟いている。


「もしかして…私に求婚してくれたの?」


「貴族の令嬢へ結婚を申し込むときは、こういう風にするんだと教わったんだけど……仕方ない。俺流でいくか…」


 カズキは、真面目な表情で私を見据えた。


「俺もルビーが好きだ。だから、俺と結婚してほしい」


「………」


 カズキの真っすぐな言葉が、私の心に真っすぐに伝わる。


「返事は今すぐじゃなくていいから、ゆっくり考えてくれ。ルビーには、他にもいくつか見合い話が来ているってジェイコブさんが言っていたから、俺もその中の一人になる」


「…本気なの?」


「もちろん、ずっと前から考えていたことさ」


 当然とばかりに大きく頷くカズキを、私は信じられない思いで見つめる。

 これは、現実の出来事なのだろうか。


 カズキが誰とも結婚をしておらず、私に求婚をしてくれた。

 でもこれは、私の願望が全て詰まった都合の良い夢ではないのか。


  ――もし返事をした途端、この幸せな夢から覚めてしまったら…


 怖くて一歩が踏み出せない私は、カズキの手を取った。

 大きくてごつごつしていて温かい手の存在を確かめるように、両手でしっかりと握りしめる。


  ――よかった…夢じゃない


「私は、これからもカズキと一緒にいたい。もう離れたくない。だから…よろしくお願いします」


「ありがとう、ルビー。こちらこそ、よろしく…」


 いつものように顔をくしゃっとさせて笑うカズキを見て、私は確信する。

 あの日、あの場所からすべてが始まっていた。

 最初から、私はあなたに惹かれていたのだ…と。


  ――あなたに出会えて、本当によかった



 私は自分から顔を寄せていくと、そっと唇を重ねる。そして、すぐに彼から離れた。


 ふわふわとした幸福感に浸っていた私は、ふと冷静になる。

 (はした)ないことをしてしまった…と今ごろになって気づいたが、もう遅い。

 恥ずかしくて、カズキの顔がまともに見られない。


「お、お茶を飲もうかな…」


 背を向け、赤くなっている顔と恥ずかしい気持ちをごまかすようにわざと声に出して立ち上がった私を、カズキが後ろから抱き寄せた。


「…逃げないで」


「………」


「俺からも…しても、いい?」


 耳元で囁く彼の声が、いつもよりも甘くて、くすぐったくて、体が痺れたように動かない。


「ルビー…返事は?」


「…わかっているくせに、そんなことを聞くなんて、カズキの意地悪…」


 照れ隠しに憎まれ口をたたくと、彼はクスッと笑った。


 私が目を閉じると、一度軽く触れたあと今度は深いものへと代わる。

 私たちは、何度も口付けを交わした。





 カズキが懐から取り出した赤い箱の中には、赤い石が嵌め込まれた指輪が入っていた。


「これは、じいちゃんがばあちゃんへ贈った婚約指輪なんだ」


「そんな大事な物を、私が貰ってもいいの?」


「『和樹の大切な人に、贈ってほしい』って、じいちゃんは言っていた。だから、どうしてもルビーに贈りたかった」


 嵌めてくれた指輪は、測ったかのように私の指にぴったりだった。

 不思議がる私に、「だって、本当に測ったから」と左手用の『ナックルダスター』を見せてカズキは笑う。

 私に指輪を贈るつもりだったカズキは、どうやったら指の寸法を測れるか必死に考えたらしい。


「さりげなく型を取って、向こうで寸法を直してもらったんだ。他にも、爵位を貰ったり、貴族の立ち振る舞いを習ったり…」


「どうして、そんなことを?」


「『貴族のお嬢様と結婚するには、何が必要か?』ってミア殿下とセーラ様に尋ねたら、『地位・名誉・金…とにかく、できることは全部準備しなさい!』って言われた。『俺たちの『勇者』の肩書なんて、隣国では通用しないんじゃないか?』って、アイツらがそんなことも言うから、俺、必死になって頑張ったんだ…」


「全部、私と結婚するために…」


 カズキがそんなことを考えていてくれたなんて、全然知らなかった。


「俺に(はく)を付けるためにミア殿下が貸してくれた馬車のおかげで、ルビーの()婚約者も蹴散らせたし…本当によかったよ」


「『めでたし、めでたし』」とあちらの言葉で呟いたカズキは、ホッと安堵の息を吐いたのだった。



次が、最終話となります。

続けて投稿します。

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