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別れ


「ほう…これは、よいお土産ができるかもしれない」


 カズキは嬉しそうに微笑んでいる。

 彼は、また何か思いついたようだった。





 この日、私とカズキはある領民の家にお邪魔していた。

 家の敷地から新たな『オンセン』が湧き出たと聞いて、それを見にきたのだ。


 これまでのものとは比べ物にならないくらい湯の温度が高く、人が浸かるにはかなり冷まさないといけないのだが、カズキは「高いから、いいんだよ!」と言い切った。


「これで、野菜や卵を茹でるか蒸気で蒸すなどして販売をすればいい」


「『オンセン』でするだけで、何か違うの?」


「う~ん、気持ちの問題かもしれないけど、その場で食べるといつもより美味しく感じるんだ」


 カズキがそんな話をするから、私も食べたくなってしまったではないか。

 家の方にお願いをして、さっそく作ってみることにした。

 芋と卵が入った網をお湯に浸して、待つこと十数分。

 茹で上がった物を、男の子がおじいちゃんと一緒に持ってきてくれた。


「へえ~、異世界はやっぱり『ファンタジー』の世界なんだな…」


 カズキがゆで卵を見つめながら何やら感心しているが、私は「こんなの売れるの?」と思ってしまった。


 私たちの目の前には、赤に緑に黄色に青…いろんな色のゆで卵が並んでいる。

 カズキがさっそくその一つを割ってみると、中身は普通のゆで卵と同じ色…白だった。

 食べてみても味はいつもの物と変わらず、殻に色が付いているだけのようだ。

 中身が普通なら、案外可愛いお土産になるかもしれない。


「これは、実際にお客さんの目の前で茹でたほうが売れるだろうな…」


「そうね。殻に着色していると思われそうだから、違いますよって証明するためにも…」


 私たちが商品化に向けての話をしている間、男の子は美味しそうにゆで卵を食べていた。

 その様子を目を細めて見ていたカズキが、ぽつりと呟く。


「『()()()を、()()()()』か…ププッ」





 私たちが屋敷に戻ると、見たことのない豪華な馬車が停まっている。

 見覚えのない家紋に誰だろう?と首をかしげる私の横で、カズキが額に手を当てた。


「あちゃ~、ついに居所が『バレた』か…って、そりゃあ、『バレる』よな…」


「カズキの知り合いの人なの?」


「うん、まあ…知り合いというか、仲間というか…」


 何とも歯切れの悪いカズキを促して屋敷の中へ入ると、応接室に立派な身なりをした騎士が二人、直立不動の姿勢で立っていた。

 ジェイコブが「どうぞ、座ってお待ちください」と申し上げたのですが…と苦笑している。


 私たちが席に着くと、ようやく彼らも座った。


「大変お待たせいたしました。わたくしが、この屋敷の主人であるルビー・ドレファスです。本日のご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「我々は、パルフィナ王国より参りました使いの者でございます。こちらに滞在中の勇者様へ、我が主からの書簡にございます」


 恭しく差し出された封書を受け取ったカズキは、さっと目を通すとため息を吐いた。


「…私も、出席しなければいけないのでしょうか?」


「はい、ミア殿下、セーラ様共に希望されております」


「わかりました。出立の準備をしますので、少々お時間をください」


 騎士たちが出て行ったあと再びため息を吐いたカズキは、私の方を向いた。


「ルビー、俺は国へ戻らなければいけなくなった」


「そ、そうなんだ…」


 いつかはこんな日がやって来るかもしれない…頭の隅では覚悟をしていたけれど、こんな急とは思っていなかった。

 お別れをする心の準備が全くできていない私は声が震え、かなり動揺している。


 カズキが「渡したい物があるから、一緒に部屋まで来てくれ」と言うので、あとをついていった。

 もともと荷物が一つしかなかったカズキの部屋はいつもきちんと整理整頓がされているので、出立の準備などあっという間に終わってしまうだろう。


 毎日、日記を書いていた机の上に、彼はあの風変わりな鞄を置いた。

 召喚されたときにあちらの世界から一緒にやってきた鞄はかなり使い込まれていて、所々傷が付いたり穴が開いている箇所がある。

 布や革ではないツルっとした生地は、こちらの世界には存在しない素材で出来ているのだろう。


 カズキは鞄から小さな赤い箱を取り出すと、大事そうに上着の懐にしまう。

 それから、私へ鞄を差し出した。


「大事な鞄を、中身ごとルビーへ預けたい。俺が戻るまで、預かっておいてくれ」


「…カズキは、またここに戻ってきてくれるの?」


「前にルビーへ話しただろう? 俺の気持ちは変わっていないから…」


『ドレファス領に、俺を移住させてもらえないかな?』

 あの話は無くなったのではなく、まだ活きていたようだ。


「わかった。カズキが戻ってくるまで、皆で頑張る。だから…早く帰ってきてね!」


「ははは…そんな顔をしなくても、用事を済ませたら俺はすぐに帰ってくる。だけど、ルビーが心配だから、アレを作って渡しておく」


 そう言って、カズキは手のひらに土の塊を出した。

「ルビー、ちょっと両手を貸して」と、私の指の太さに合わせて何かを形作っていく。

 一体何ができるのか、私には想像もつかない。


 しばらくして「できた!」と見せてくれたのは、四つの穴が開いた奇妙な道具。

「この穴に親指以外の指を嵌めて、拳を握って」と言う彼の指示通り指を通し拳を握ると、彼は満足そうに頷いた。


「これは『ナックルダスター』もしくは『メリケンサック』とも言うけど、とにかく武器の一種だ。この間みたいに暴漢に襲われたら、これを嵌めて拳で一発殴れ。相手が怯んだ隙に、遠くへ逃げるか誰かに助けを求めるんだぞ。ただし、これはあくまでも護身用だから、間違っても深追いはしないように!」


 何度も念を押されて、確認をされた。

 そんなに私は信用がないのかと膨れてみせたら、「だって、ルビーだからな…」と笑われてしまう。

 それでも、私を心配してくれている彼の気持ちが十分に伝わってきて、嬉しさがこみ上げてくる。


「そういえば、その左手用はどうするの?」


 カズキが持っている左手用も、一緒に嵌めなくていいのだろうか。


「あっ、これはいいんだ。ルビーは右利きだろう? その…左は俺が予備として、預かっておくからな…」


 なぜか少し目が泳いだカズキは、そそくさと自分の懐にしまった。





 私たちは握手をして別れた…三か月後の再会を約束して。


 今日は絶対に泣かない。だって、次の約束があるから。

 笑顔を見せた私に、カズキも笑いかけてくれる。


 次に彼と再会したときは、自分の気持ちを伝えよう。

 私は決意したのだった。



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