侵入者
ぐっすりと寝込んでしまったカズキを皆に部屋まで運んでもらい、今日は解散となった。
私はあの後なかなか寝付けず、外へ散歩に出ていた。月明かりが、殺風景な庭園を明るく照らしている。
『カズキ殿がお嬢様のことをどう思っておられるのか、今日ははっきりとお聞きしたいです!』
もし彼が起きていたら、何と答えていたのだろうか。
知りたいような、知りたくないような、複雑な気持ちを私はずっと抱えていた。
誰も私の意思を確認しなかった…ということは、皆はすでにわかっているという証拠。
私はそんなにわかり易い態度なのかと、恥ずかしさで自己嫌悪に陥ってしまう。
「はあ…明日も仕事だし、そろそろ寝よう…」
庭園をぶらぶらして一人でうじうじ考えていても、何の解決にもならないことは自分でもわかっている。
気分転換に両腕を上に伸ばしてグッと伸びをすると、勝手口のドアへと向かう。
正面玄関は施錠されているので、今はここから出入りをしていた。
鍵を取り出してドアを開けようとしていたら、いきなり後ろから何者かに口を塞がれた。
人がいることに全く気づかなかった私は、相当ボーっとしていたのだろう。
「騒ぐな、おとなしくしろ…」
「!?」
「早く鍵を開けて、中に入れ…」
盗賊? 何で、こんな貧乏子爵家の屋敷に?
…そんな私の疑問は、すぐに解消される。
「最近、この領地は景気がいいらしいな…」
男の言葉に、思わず耳を疑った。
――景気が、いいわけないでしょう!
今までが酷すぎたから、少しずつ立て直しているところなの!!
もちろん、私の心の叫びは男には聞こえていない。
幸いまだ鍵は開けておらず、私の手の中にある。
賊が何人いるかわからないけど、屋敷内に侵入をされたら何をされるかわからない。使用人たちを、危険な目に遭わすわけにはいかないのだ。
鍵をグッと握りしめると、私は賊へ肘打ちをくらわせて逃げ出した。
一瞬怯んだが、男はすぐに追いかけてきた。
「この野郎、人が下手に出ていたら調子に乗りやがって!」
私は必死になって逃げるが、所詮男の足には敵わずすぐに捕まってしまった。
「チッ、しょうがねえから、今日はおまえだけ連れて行く。人買いにでも売ったら、多少は金になるだろう…」
「やめて! 離して!!」
何とか抵抗しようと暴れるが、腕をしっかりと掴まれて逃げ出せない。
嫌だ…
皆で領地を立て直そうと必死に頑張っているのに、誘拐なんかされたくない。
誰か、誰か助けて…
「カズキ、助けて!!」
「『…ヒーローは、遅れてやってくる』…なんてね。痛い目を見たくなければ、その汚い手をとっとと離せ」
こちらに歩いてきたのは、手に長い棒を持ったカズキだった。
まだ酔いは醒めていないのか、足取りが多少覚束ないように見える。
そして、彼は…裸足だった。
「ハハッ! 騎士様気取りか…。おまえこそ、その手に持っている物を捨てろ。さもなくば、この女の命は無いぞ」
男は懐から刃物を取り出すと、私の喉元へ突きつけた。
暗闇の中でも怪しく光る小刀は簡単に私を傷つけるだろう。ガタガタと体の震えが止まらず、恐怖で声を上げることもできない。
「俺がこの棒を捨てたら、彼女は助けてくれるのか?」
「ああ、約束する」
カズキが一瞬の躊躇いもなく棒を男の足元へ投げると、静まり返った庭園に棒の転がる音だけが響いた。
「ははは! バカな奴だぜ。俺がそんな約束を守ると思っているのか。じゃあ、この女は頂いて…」
男は最後まで言わせてもらえなかった。
足元に転がった棒が蛇のように動き出し、彼を雁字搦めに縛り上げたのだ。
「い、痛い! 痛い! 助けてくれ!!」
「だから、手を離せと言っただろう」
カズキが土魔法で作った棒が、縄のように変化したらしい。
徐々に口元まで覆われてきたので、最後は声を出すこともできずに男は地べたに転がった。
「ルビー、大丈夫か?」
「カズキ、怖かった…」
その場に崩れ落ちそうになった私を、カズキはしっかりと抱きとめてくれる。
体の震えが止まらない私は、彼にしがみついた。
「こんな真夜中に、外をフラフラしていたら危ないだろう…ルビーお・じょ・う・さ・ま」
「ごめんなさい。なかなか寝付けなくて…」
「俺が目を覚ましたからよかったようなものの、二度とやってはダメだぞ! わかった?」
「はい…」
私へ言い聞かせるように話をしているカズキの鼓動は激しくて、彼が靴も履かずに走って助けに来てくれたのだと気づいた。
申し訳なさと嬉しさで感情がごちゃ混ぜになっている私は、さらにギュッと抱きつく。
「ルビー?」
「カズキ、助けに来てくれてありがとう。もう少し、このままでも…いい?」
「…いいよ」
カズキも、私を強く抱きしめてくれる。彼の鼓動、温もり、息遣い…その全てを感じながら、私は目を閉じた。
しばらくの間、私たちはずっとこうしていた。
◇
「さあ、明日…じゃなくて今日も仕事だから、そろそろ戻ろう。部屋の前まで送るよ」
「うん…」
カズキが私から離れた。
私を包んでくれていた温もりがなくなってしまい、ひどく心細く感じる。
先に歩き出した彼の背中を見つめながら、私はわざとゆっくり歩く。
ほんの少しの時間でも、まだカズキと一緒にいたかった。
「ルビー、手を…」
後ろを振り返ったカズキが、私へ手を差し出している。
「…えっ?」
「まだ部屋に戻りたくないって、駄々をこねているんだろう? ダメだよ!」
カズキが笑いながら私の手を握りしめると、トクンと心臓が跳ねた。
「ち、違う! 私は、そんなつもりじゃ…」
「ルビー、『そんな言い訳をして、いいわけ?』なんちゃって…ププッ!」
私の手をグイグイと引っ張るカズキの手は、大きくて、ごつごつしていて、やっぱり温かかった。