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波乱の予兆Ⅵ

「婚約破棄って、男性より女性の方が被害が大きいですものね。傷物だと揶揄されて、格下の貴族に嫁ぐことになったりとか、年の離れた格下の貴族の後妻に入るとか、もしくは貰い手がなくて最後は修道院に、なんてことも聞きますものね。もちろん、フローラ様がそうだとは言いませんわよ。ですから、お怒りにならないで」


 扇子から覗く目は笑ってなくて、悪意をちらつかせた瞳にゾッとしました。

 

「わたしの親友フローラの結婚のことまで、心配してくださってありがとうございます」


 悪意を断ち切るように割って入ったのは、鈴の音を転がしたような涼やかなディアナの声。

 助かったわ。おかげで呑まれそうになっていた毒気が掻き消されてしまいました。


「お友達の縁談を心配するのは当然ですわ」


 ホホホッ。

 扇子越しに朗らかな笑い声が響いてきます。あのどす黒さはどこへ行ってしまったのでしょうか。変わり身の早さに驚きを通り越して感心してしまいました。


 それに、お友達って私の事なのでしょうか? 

 まだ、会うのは二度目。こんなに早くお友達認定をして頂いてよろしいのでしょうか?

 お友達とおっしゃるわりには、言葉は辛辣ですが。


 先ほどとは一転した優し気な表情にどう返事していいのか戸惑います。

 扇子をあおぐ風に垂らした前髪が揺れる様が目に映ります。時折見える紅い口元が妖艶な弧を描いていました。


「そうですわよね。そういえば、ビビアン様の婚約者様はお決まりになったのかしら? わたしも友人として心配しておりますの」


 優雅に扇いでいた扇子がピタッと止まりました。ディアナを見遣るとスッと真顔になったビビアン様。温度が一気に冷えて時間が止まったような気がしましたが、それも一時の事だったかもしれません。


 扇子を閉じる時のピシッと小気味のいい音が聞こえたと思ったら


「心配してくれてたのね、ディアナ。でも、心配には及びませんわ。相手は決まっておりますのよ」


 恥じらいながら頬を染めるビビアン様。

 

「あら、いつの間に? 聞いてませんでしたわ」


「ごめんなさい。まだ、教えられませんの。そうですわね、近いうちに発表されると思いますわ」


 誇らしげに声高らかに宣言するビビアン様。

 

「そうなのですね。その時を楽しみにしておりますわ」


「わたくしのお相手を楽しみにしておいて。フローラ様、つり合いの取れた相応しい結婚というものがわかると思いますわ。高位貴族であっても、傷物令嬢には到底手が届かないお方ですのよ。フローラ様も相応しいお相手を見つけて下さいませね。何事にも分相応というものがありますもの」 


「……」


「ビビアン様、少し言葉が過ぎますわ」


「あら、そうだったかしら? 一般論を言ったまで。だって、婚約を破棄された傷物令嬢にこれからまともな縁談は来ないかもしれないでしょう? ですから、高望みしないように忠告したまでですわ。自分の立場をわきまえれば、相応の縁談も期待できるかもしれませんものね」

 

 あんまりだと思ったのか咎めるディアナをよそに、悪びれた様子もなく賛辞を並べるがごとく悪態をつくビビアン様。


 何故にこんなに標的にされているのでしょう。

 理論武装でビビアン様に対抗することが出来ない私は俯き唇を噛みしめて誹謗をやり過ごすしか術がありません。ディアナのように正々堂々と意見出来たらいいのに。せめて、軽く受け流すことが出来れば……


 傷物令嬢って、自分でもわかっていることだもの。高望みと言われても誰とも結婚なんて望んでいないのだもの。一言、大丈夫だと言えばいいのよ。


 感情を押し殺すために強く握りしめた手に力を込めて、噛みしめていた唇を気丈に動かして

 

「ビビアン様、私も弁えておりますわ。傷物だとは十分承知しております。結婚など私には分不相応ですもの。考えておりませんわ」


 一気に話し終えると、笑みが浮かびました。

 知らなかったわ。悲しいときにも笑えるのね。


「ふふっ。潔いこと。さすが侯爵令嬢ですわ。そんなに悲観されずとも相応しい方は現れますわよ。立場さえ弁えれば。あら、随分と時間が経ったみたいね。わたくし、失礼させていただきますわ」


 席を立つとビビアン様は軽くカーテシーをして


「今日はとても楽しかったわ。また一緒にお茶を致しましょう? お代は心配なさらなくてもよろしいから、二人はゆっくりしてらっしゃってね」


 一方的に告げると店を出て行きました。


 傷物令嬢。

 心の中に刻まれた瑕疵。



「どなたもこなたもわたしが誰だか忘れているようね。わたしの親友と念を押したのに、おバカな人ね」


 涙をこらえている私の肩を抱きながらポツリと零したディアナ。

 

 

 これが後々の報復の火種になるとは思ってもいませんでした。 



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