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波乱の予兆Ⅲ

「それから、あんなことになる前にもっと早く婚約者に釘をさすことはできなかったのかしら? もしくは浮気相手に牽制をするとか忠告をするとか。なんでも未然に防げる方法があったはずですわよ」


 次から次へと出てくる教訓の数々。

 終わってしまったことを今になって、あれやこれやと方法論を聞かされるのか訳が分からず、ビビアン様の声が頭の上を通り過ぎていきます。


 下を向き時々頭を下げながら黙って聞いているそばで、ほんのり甘い匂いが漂ってきました。


 横に視線をずらすと見えたのは乳白色のホットミルクが入ったとても品の良いマグカップ。

 いつ注文したのかしら? 気づかなかったわ。

 先ほどとは違う皿にはチョコレートケーキが二個。こちらは普通サイズ。チョコがコーティングされているものとチョコクリームがたっぷりとサンドされたもので両方とも結構なボリューム感。

   

 意識がディアナに向いている間も話は続いています。


 入るのかしら? 私はもうお腹いっぱいなのだけど。

 そんな私の心配をよそにディアナはケーキを食べ始めました。


 

「どう? 分かったかしら?」


 一通り話し終えたビビアン様の顔が紅潮しています。熱弁をふるって興奮したのでしょう。

 後半はほとんど聞いていませんでした。だって、話が入ってこないんですもの。


 こんな不毛なやり取りは無駄なことと考えつつも反論すればややこしいことになるのではと思い、ビビアン様の意見に従えば丸く収まるだろうと考えて言葉を発した途端


「そうで……」


「ちょっと、待ってくださいませ」

 

 ディアナの制する声が聞こえました。


 ほんの少し微笑みを湛えた彼女のテーブルの上は空になったケーキ皿とマグカップ。

 早いわ。いつの間に食べてしまったのかしら。私の視線は自ずとディアナのお腹辺りにいってしまいます。ケーキと飲み物があの細いお腹に入ったのね。

 すごいわ。私なんて三個目に手を出すべきか躊躇しているというのに。


 なんて、横道に逸れた感慨に耽っていると

 

「なんですの? 何か言いたいことでもあるのかしら?」


 眉をひそめた不穏なビビアン様の声に臆することなく言葉を紡いだのはディアナ。


「ええ。ビビアン様のお話はとても参考になりました。ありがとうございます」


 ディアナは居住まいを正してビビアン様をまっすぐに見つめていました。微かに弧を描いた唇、迷いのない瞳。凛とした姿が秀麗さを際立たせていて見惚れてしまったわ。


「そうでしょう?」


「はい。確かに参考にはなりますが、全てが当てはまるとも限りません。時には例外ということもございます」


「そっ……それはどういう、ことかしら?」


 思わぬ反論だったのか、ビビアン様の声が上擦ってしまったようです。

 機嫌を損ねたのではないかしら。

 明らかに顔色が変わりました。


 先ほどまではこちらの話に興味がなさそうだったのに、これは急展開です。

 ビビアン様の話の数々は容認できるものではありませんが、納得したと見せかけて頷けば終わりだと思っていたのです。これ以上に長引かせて不快な思いはしたくはないのですが、ディアナは幕を引く気はないようです。


「確かにビビアン様がおっしゃるように事前に防げたものもあるでしょう。最悪な場面もこちらの出方次第では、うまい具合に回避できた方法もあるかと思います。けれど、今それを話したとて何の効力もありませんわ。もう過去のことですから」


「そうね。でも、これから役に立つこともあるかもしれませんわ。ですから、学習しておくことも必要なことではないかしら」


 一瞬、怯んだものの気持ちを立て直したビビアン様は、また訳の分からないことを言いだしました。


 これからって? どういう意味なのかしら?

 そんな何度もあるような言い方。結婚なんて考えていないのに。


「政略結婚というものにも愛は必要だと思いますわ。よしんば、愛はなくてもお互いを尊重する気持ちは大事なことでしょう。婚約の段階で浮気をするなど言語道断ですし、家同士の契約にも支障をきたすことは一目同然です。それに自分の娘を軽んじて、別の令嬢に現を抜かす男との婚姻を許す親など、いないのではありませんか」


「……そ、そうね」


 ディアナの剣幕に気圧されたのか、ビビアン様の顔が微かに引きつっています。

 力説過ぎるのではないかしら。庇ってくれるのは嬉しいのだけれど、できれば早く終わらせたいわ。


「あの……」


 もうお終いにしてほしいと口に出そうとした私を、ディアナが手を出して遮りました。



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