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王族の責任Ⅳ

 今日の朝食は四阿でした。

 着替えを済ませるとレイ様がエスコートしてくださいます。

 陽が昇ってしまえば、明け方の寒さはどこへ行ったのかと感じるくらいの暖かさ。昼頃にはもっと気温も上がってくるでしょう。

 時折、爽やかな風が頬を撫でるように通り過ぎて行きました。


 外で朝食を取るのも気分が変わっていいものですね。

 レイ様と談笑しながら食事を終えると、ついでだからと庭園を散歩しました。


 蛍を鑑賞した時とは少し様変わりした庭の様子に目を向けながら、足を止め川の様子を眺めたり家族の増えた魚の群れを観察したり、新しい花や植物を発見したりと楽しいひとときを過ごして、西の宮へと戻りました。


 いつもの部屋でホッと一息ついていると


「ローラおねえちゃーん」


 今や聞きなれた名前を呼ぶかわいらしい声が聞こえます。


 開け放たれた扉から勢いよく飛び出してきたのは、やはり予想通りリッキー様でした。


「いた」


 私の姿を見つけたリッキー様は喜び勇んで抱き着きました。


「ローラおねえちゃん、会いたかったあ」


 嬉しそうに私にしがみついています。昨日会ったばかりなんですけれど、久しぶりに会うような物言いに苦笑いしつつ、腰を落としてリッキー様を抱きしめました。


 ふくふくとした柔らかさと親愛のこもった声音が胸に響いて心が癒されます。リッキー様は天使ですね。

 

「リッキー。いきなり部屋に入ってきて、最初にすることがそれか?」


 癒しの天使に顔を綻ばせていると、レイ様の少しばかりの呆れとともに厳しさを含んだ声が頭上から降ってきました。


「レイお兄ちゃん」


 怒ったような顔で見下ろすレイ様に睨まれたリッキー様の表情がだんだんと曇っていきます。


「リチャード殿下」


 一足遅れて部屋に入ってきた人物が、肩で息をしながらリッキー様を認めて名前を呼びました。


 あとを追いかけてきたのでしょう。

 リッキー様付きの侍従エイブ。金茶の髪と瞳。眼鏡をかけた三十くらいの若い付き人です。

 よほど慌てていたのでしょう。少しばかり眼鏡がずれていますね。


 リッキー様は廊下をずっと走ってきたのかしら? 小さい子供はすばしっこいのでエイブは油断してしまったのでしょう。

 

「廊下を走るんじゃない。誰かにぶつかったら危ないだろう」


 二人の様子を見れば想像はつきますものね。

 お説教モードに入ったみたいです。レイ様の眉間にしわが寄っていますわ。


 リッキー様はレイ様が怖いのか私の後ろへと隠れてしまいました。顔を半分出してレイ様の顔色を窺っているようです。


「リッキー。隠れるんじゃない。前に出てきなさい」


 レイ様は真剣に怒っているようです。そんなレイ様に恐れをなしたのか、サッと私の後ろに隠れてしまいました。

 

「レイお兄ちゃん。怖い」


 涙声? 後ろを振り返るとぐすぐすと泣いているように見えました。


「リッキー様……」


 私はかわいそうになって膝を折るとリッキー様の手を握りました。レイ様の言い分は正しいと思うので異論はありませんが、怒鳴られたら誰だって委縮してしまいます。


「リッキー様。レイ様の言う通りですわ。廊下は走るものではありませんし、人が行きかうところですから、ぶつかって怪我をしたり、物が壊れることもあり得るのです。ですから、注意しましょうね」


 私はリッキー様に目線をあわせて、なるべく穏やかに話しました。


「うん。ごめんなさい」


 しゅんとして目線を落としていたリッキー様が顔を上げてくれました。ちゃんと話せばわかってくれます。


「はあ……。わかったのならいい。あとエイブをおいてくるな。一緒に行動しろと言われているだろう? 忘れたのか?」


 まだ、終わっていなかったようです。

 リッキー様がビクッと肩を竦めて私の手をぎゅと握りました。

 レイ様は鬼の形相でリッキー様を睨んでいます。


「ごめんなさい」


 リッキー様も心当たりがあるのでしょう。今度はすんなりと謝りました。


「お前は次期王太子なんだ。一人になることは許されない。それがたとえ王宮でもだ。もしもお前に何かあった時に一番に罰せられるのはエイブや護衛たちだ。そこもよく考えろ。子供だからは俺たち王族には通用しない。リッキー、わかったか?」


「うん」


 容赦のない叱責に私の身も震えました。リッキー様も反省しているようですから、今後は無茶な行動はなさらないでしょう。


 王族の責任。


 レイ様も同じような気持ちで日々を過ごしてこられたのでしょう。周りは空気だと思えっておっしゃいますものね。私には到底そうは思えませんけれど。責任ある地位にある方はそれが常なのでしょう。

 プライベートがないのはとても窮屈なときもあるでしょうに。王族とはとても大変ですね。

 私は一貴族でよかったです。


「ところで、エイブ。護衛も振り切られたのか?」


 今度はエイブがビクンと震えました。

 腕組みして不穏な笑みを浮かべたレイ様。今から何が始まるのでしょう。


「いえ、その……なにしろ……ふ、不意を、突かれたもので……あ、あの」


 エイブがしどろもどろに答えます。

 リッキー様の護衛たちは部屋の扉の前で控えていますのでここにはいません。

 矛先がエイブ一人に向いてちょっと気の毒になりますね。

 リッキー様が再び私にしがみつきました。


「申し訳ありません」


 エイブが観念したのか九十度に腰を曲げて謝罪しました。

 子供相手に追いつくこともできなかったのは、付き人たちにとっては失態だったのでしょう。


「まっ、こいつはちょこまかと動くから、護衛も大変かもしれないが。いざという時にはそんな言い訳は通用しないからな。そこは肝に銘じておけよ」


「はい。わかっております。申し訳ありませんでした」


「護衛もだ。兄上に報告しとくから、鍛錬に励むように言っておけよ。ユージーン兄上が喜んで鍛えてくれるだろう」


 ユージーン兄上って、騎士団に所属していらっしゃる第二王子殿下ですよね。


「は、はい」


 エイブの声がうわずって、顔が若干引きつっているように見えるのですが……気のせいですよね。


 エイブの反応を満足げに眺めた後はいつもの穏やかなレイ様に戻りました。


 緊迫した空気が弛緩して、リッキー様の表情も明るくなりましたね。相変わらず私に抱き着いていますけど。

 異様な雰囲気を察したのか部屋の隅に逃げていたマロンが、リッキー様の足元に来て何事もなかったように、ノンキに毛づくろいを始めました。

 

 それにしても、レイ様は厳しい面も持ち合わせているのですね。

 甘々な所しか見えていなかったので、ちょっと意外でした。

 些細なことだと思っても最悪な事態に発展することもあるかもしれません。時には心を鬼にして叱ることも必要なのでしょう。



「レイニー殿下。お茶の用意を致しましょうか?」


 まだ少し張り詰めた空気が抜けきらない中、エルザの温かみのある声がしました。

 気分転換に最適な提案に、一気に場が和みました。



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