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診察Ⅱ

 浴室のドアを開けると、一人の女性が待っていました。白衣を着ていらっしゃるのでこの方がお医者様なのでしょう。


「サマンサ・トリッシュと言います。王家の専属医をしております。どうぞよろしくお願い致します」


 肩のあたりで切り揃えられた亜麻色の髪がお辞儀と一緒にさらっと流れます。若草色の瞳が理知的で聡明さが際立つきれいな女医さんです。

 ショートの髪は貴族女性には考えられないですが、職業婦人と呼ばれる経済的に自立している方や平民の女性に多い印象です。


 それにしてもなぜ王家の専属医を呼ばれたのでしょう。私が診て頂いても大丈夫なのでしょうか? 王宮には何人か医者がいますが、王族と王宮勤めの貴族や使用人では担当が違うと聞いています。疑問が残りますが、それは置いといて自分の目的のためにさっさと終わらせてしまいましょう。


「ブルーバーグ侯爵家の長女フローラでございます。今日は私のためにご足労頂きまして申し訳ございません」


 礼を取って顔を上げると、サマンサ先生は目を見開いて驚いたような顔で私を見ていました。


「先生?」


「……何でもありません。それでは診察を始めましょうか」


 なんでもないような感じではなかったような……


「先生、診察のあとで少しの間、お時間頂けますか? お忙しければ後日でも構いませんが」


「? いいですよ。わたしも話がありますので聞いてくださいますか」


 先生もですか? 

 疑問符は浮かぶものの了承の返事をしました。とにもかくにもすべては診察の後で、私はオットマンに足を預けました。


「これ、履いてくださったんですね。靴を履いていらっしゃらないと聞きましたので、差し出がましいかとは思ったのですが、お持ちしたのです」


 室内履きを脱がせながら先生が嬉しそうに顔を綻ばせます。でも、私が裸足であることが伝わっていたのですね。穴がいくつあっても足りないくらい恥ずかしいですが、そのおかげで室内履きに巡り合えたことになりますから少々の恥には目を瞑りましょう。


「お心遣いありがとうございます。ええ。とても気入りました。我が家に持って帰りたいくらいです」


「これはフローラ様のために用意したものですから、遠慮なくお持ち帰りください」


「よろしいのですか? ありがとうございます」


 お邸に帰ったらさっそく履きましょう。今日のいろいろな出来事がすべて帳消しになるくらい、うきうきと心が弾みます。

  

「ローラおねえちゃん。入ってもいい?」


 隣の部屋からドアの開く音がしてちょこんと顔を見せたのは、リッキー様でした。


「リチャード殿下。レディーの診察中ですよ。入ってはいけません」


 先生がリッキー様を窘めます。


「でも、心配なんだ。ローラおねえちゃん、マロンを助けるために怪我したんだよ」


「リッキー様。怪我はしておりませんよ。ですから、心配なさらなくても大丈夫です」


「でもー」


 レイ様が大袈裟にされて医者を手配されただけなんですけど。リッキー様はマロンの飼い主として責任を感じられたのかしら? 


「先生。リッキー様を入れてあげてください。怪我してないとわかれば安心されるでしょうから」


 男の子とは言っても、まだ小さい子供ですしね。多めに見てあげてもいいと思うわ。


「フローラ様がよろしければそのようにいたしましょう。リチャード殿下、今回はフローラ様のお許しが出ましたから、特別に許可いたしますが今回だけですよ」


「うん。わーい。やったー」


 殊勝な顔で返事をされたリッキー様でしたが、すぐにばんざいをして喜んでいます。私を心配していたわけではなかったのかしら?


「俺も入ってもいいかな? ローラのことが心配なんだ」


 次にドアから顔をのぞかせたのは、置いてけぼりを食らった犬みたいな表情のレイ様でした。


「レイニー殿下は部屋でお待ちください。レディーの診察中ですので入室禁止です」


 リッキー様の時よりも厳しい口調で注意が飛びます。


「えー、そんなあ。リッキーは許可したじゃないか。だったら俺も。ホントに心配なんだ」


 ドアの隙間から顔半分出していかにもな感じで訴えていますが、単に駄々っ子のようにしか見えませんけど。


「わかりました」


 先生は仕方なさそうに大きなため息を吐くと、レイ様のところへ歩いていきました。


「あ、あの……」


 先生、もしかしてレイ様を部屋に入れるのですか? それは、困ります。どうしたらいいのでしょう。診察をしているところを見られたくはありません。ハラハラドキドキしていると


「リチャード殿下はまだお子様です。しかしレイニー殿下はれっきとした男性ですから、どんなに心配なさっていてもお入れするわけにはまいりません。子供ではないのですから、そちらのお部屋で大人しくお待ちください」


 ぴしゃりと言い放った先生はパタンとドアを閉めました。


「いやだー。開けてくれー」


 叫び声とともにドンドンとドアをたたく音が聞こえます。


「まっ、気にしなくてもよろしいでしょう。さて始めましょうか」


 そうですね。かまっていたらいつまでたっても終わりませんからね。


 ドンドンドン。

 まだ聞こえますが、レイ様けっこうしつこいです。


 リッキー様は私の横にぴったりとくっついて座っています。マロンは私の膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしています。私はマロンの小さな体を撫でながら診察を受けました。

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