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ビビアンside④

「そうそう、今日のお茶会はね、有名な楽団を呼んでの演奏会だったのよ。それでね」


 シェードで日差しを程よく遮ったサンルーム。

 お母様が楽しそうに話をしているけれどわたくしの耳には入ってこない。昨日の今日。気まずい思いをして部屋を去ったというのに、お母様は学園から帰ってくるなり、わたくしをお茶に誘った。


 正直会いたくなかったけれど、断って事態が悪化するのも忍びない。仕方なくつき合うことにした。

 いつもはお茶会の話と聞けば、自分の参考になることはないかと真剣に聞くのだけれど、今日はそんな気力もない。不機嫌な顔もできないので、適当に相槌を打って話を聞き流していた。


「そういえば、今日のお茶会で騎士団の話が出てね」


 騎士団。わたくしの頬がピクリと引きつった。


「ユージーン殿下も優秀な方だけれど、ロジアム侯爵家のトーマスさんも文武両道で、とても優秀な騎士だそうよ。上司や部下からの信頼も厚くてみんなに慕われているんですって。その上に眉目秀麗な美丈夫なのだとか」


「……」


 すでにレイニー殿下から鞍替えしたのか、お母様は前のめりに話し出す。なんとか、縁談相手に興味を持ってもらおうと必死な様子に心が冷えていく。お母様の中ではレイニー殿下は影も形もないのでしょうね。すっかり忘れ去られているわ。

 わたくしは冷めた目でお母様を見てカップを手に取った。

 

「美丈夫ですか。わたくしは見たこともないので、何とも言えませんわ」


「そうよね。実はね、絵姿をもらってきたのよ。ちょっと見てみない?」


 どこに隠していたのか、豪華な額装の肖像画がスッと目の前に差し出された。用意周到ね。

 昨日の今日よ。もしかして、すでに手元にあったのかしら。


 仕方なく見てみる。黒い髪は短く切り揃えられて、瞳はサファイアブルー。顔立ちは悪くないというよりも整っている。凛々しい眉がきりっとしていて、全体の雰囲気は雄々しい。騎士にぴったりの容貌だった。こういう顔が好きな人にはモテるのではないかしら。


「そうですね。とても美男子ですわね」


 わたくしの好みではない。レイニー殿下のような中性的で柔和な美貌が好きなのよ。


「そうでしょう。容姿もよくて優秀な方だから、とてもモテるんですってよ。でも浮いた噂一つないんですって。とても硬派な方なのね」


「まあ。そうなのですか? 騎士と言えば交際関係もいろいろと活発だと聞きますが、三男は真面目な方なのですね」

 

 令嬢に人気な職業のせいか、軽薄な男性も多いと聞くわ。剣術大会などイベントがあるときは令嬢達が押し寄せるのだとか、わたくしは行ったことはないけれど、よく話題になっている。

 それに、人気の騎士には大勢の取り巻きもいると聞く。とにかく騎士団には良いイメージはない。


「ビビアンたら、そんな噂、どこから聞いてくるの? でも、そういう噂のある中でも真面目な方ということが知れてよかったと思うわよ? そんな方なら結婚しても妻一筋に大切にしてくれるのではないかしらね」


 なにを言わんとしているか察したのか、口元を引きつらせながらお母様が言った。


「そうですね」


 顔色を変えず棒読みで二口目の紅茶を飲んだ。言いたいことはわかるけれど、心にちっとも響いてこない。


「ねえ、ビビアン。三男というのは失礼じゃないかしら。名前を呼んであげた方がいいのではなくて?」


「三男は三男。嫡男ではないでしょう。それに本人に言ってるわけではないのですから、ここだけの話ということで許して頂けないでしょうか?」


「それは、そうだけれど……」


 軟化するどころか硬化するわたくしの態度に、お母様は困り果てた様子で口をつぐんだ。最近お気に入りのピスタチオのマカロンをつまむ。


「トーマスさんのどこが気に入らないのか、教えてちょうだい?」


「そういう問題ではないかと思うのですが、お母様」


 どこかで折れると期待をしているのかもしれないけれど。根本的に噛み合わないものを持ってきてもらっても、交わるところは永遠にやってこない。


「レイニー殿下でなければダメなの?」


「……わたくしはずっと夢を見ていましたの。わたくしの初恋だったのですわ。お母様」


「初恋?」


 娘の恋バナを聞かされるとは思っていなかったお母様は何度も目を瞬かせた。


「でも、初恋は実らないと言いますものね。わたくしだって、お父様とお母様を困らせたいわけではないのですのよ。公爵家に生まれたからには役目を全うしたいと思っていますわ」


「ビビアン」


「ただ、心を整理する時間が必要なのです。ですから、もうしばらく時間が欲しいのですわ」


 わたくしは了承したくはないのだから、どこまで行っても平行線。話を続けても不毛なだけ。ここは聞き分けのよい娘を演じるわ。


「わかったわ。でも、あまり時間はあげられないわ。あちらも待っていらっしゃるのよ」


「わかっております。では、部屋に戻りますわね」


 わたくしは礼をとるとサンルームを退出した。


 部屋に帰ると一気に力が抜けて一人がけのソファにどさりと体重を預けた。深く沈み込んだソファの肘掛けに肘をつくと額に手を当てる。


「なぜこんなことに……」


 昨日の出来事で天国から地獄に落ちた気分。


 祝賀会の両親のあの浮かれようを思い出して、苦々しく唇を噛みしめる。

 あんなにお似合いだと、わたくししかレイニー殿下のお相手はいないなどと散々上げておきながら、昨日のあの仕打ち。両親の言葉を真に受けて、その気になっていたわたくしがバカみたいじゃないの。


 わたくしは愚かだった。

 レイニー殿下の結婚は既定路線で時期が来れば、王家から話が来るものだと思っていた。でも違ったのね。待つばかりではダメだったのだわ。

 わたくしも積極的に動くべきだった。そうすれば、フローラのように偶然でもレイニー殿下と出会えたかもしれない。同じ場所にいたのに、わたくしは出会えなかった。


 せめて、リチャード殿下の語学教師を強制的に代わってもらえばよかったのかもしれない。

 登城なんて簡単にできるわけはないから、王太子妃のアンジェラともっと仲良くしておけばよかったわ。そうすればレイニー殿下を紹介してもらえたかもしれない。


 待っているばかりでは物事は進展なんてしなかったのよ。


 今更ながら、いくつもの後悔が押し寄せる。今となっては後の祭り。

 本当になんて無力なのかしら。

 何の力も持っていないわたくしは、市井に放り出されたら生きていくこそすらできない。両親に本当の意味で反抗なんてできるはずもない。


 婚約を阻止できる方法は何かないの。侯爵家から断ってもらうの一番いいのに。

 ああ、どうすればいいの。

 


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