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揺れ動く気持ちⅥ

 そうよ。

 こんなことをしている場合ではないわ。正気に返った私はリッキー様の後を追うことにしました。彼についてきたのだもの。いつまでもレイ様の元にいるわけにはいかないわ。


「レイ様、私も帰ります。長々、お邪魔してしまい申し訳ありませんでした」


 礼をして帰ろうとすると呼び止められました。


「ローラ、もうしばらく、ここにいてほしいんだ」


「でも、リッキー様もいらっしゃいませんし、私の役目も終わったと思うのですが」


 招待されたわけではなく、勝手に連れてこられたようなもの。とどまる理由もありません。それに、さっきの発言もあって、早くこの場から離れたい気持ちもあります。恥ずかしくて、レイ様にどう接していいのかわからない。

 リッキー様がいなくなった途端に居場所をなくしてしまったかのようで居た堪れないわ。


「本……図書室に新しい本が入ったから見てみない?」


 急な申し出に目をぱちくりとさせました。


「リッキーにも役に立ちそうなのがあるかもしれないから。よければ、教材に使ってほしいんだ」


「図書室……」


 リッキー様のため? 教材を探していたことを覚えて下さっていたのかしら? 使わせていただけるのは嬉しいけれど。レイ様を頼っていいの? 甘えていいの? 

 断る理由。承諾する理由。私はどちらを探しているの? 逡巡する頭の中。


「ローラ、そんなに難しく考えなくていいと思うよ。リッキーのために本を選びに行く。それでいいんじゃないかな」


「レイ様」


 難しくって、顔に出ていたのかしら。ややこしく考えすぎなのかしら。決めかねている私にレイ様がくれたのは承諾する理由でした。迷って考えあぐねていたけれど。レイ様は割り切っていらっしゃるようにも見えました。あくまでも仕事の内だと。教材を提供するために案内するのだと。


「わかりました。よろしくお願いします」


 義務的な物言いに寂しさも感じたけれど、けじめはつけないといけませんものね。

 何にも知らなかったあの頃に帰りたいと思ってしまいました。何のためらいもなく手を委ね、体を委ねられたあの頃に……




♢♢♢♢♢♢

 


「使えそうな本があったら、テーブルの上に置いておいて。届けておくから」


 図書室に入るとそう言ったレイ様は、私から離れて窓際のソファに腰かけると本を開いていました。すでに読みかけの本があったのでしょう。栞がローテーブルの上に置いてありました。


 本来の目的はリッキー様に適した本を探すこと。レイ様がそばにいないことにガッカリしている場合ではないわ。私は気持ちを切り替えて本を探すことにしました。


 絵本や児童書のコーナーには、たくさんの本が並んでいました。以前よりもかなり増えています。言葉を覚えるのに役立つ本があればと話したことがあるので、レイ様が取り寄せて下さったのでしょう。

 取り出してペラペラとめくりながら、良さそうなものを何冊か多めに抜き出しました。


 椅子に腰かけてリッキー様の興味を引きそうなものをと思って内容を確認していきます。何冊もの本に目を通している間、レイ様はずっと本を読んでいました。

 レースのカーテン越しに差し込んでくる陽の光で横顔が縁どられ淡く光っているよう。神聖な宗教画を見ているかのような神々しさにしばらく目が離せませんでした。


 誰もいない二人だけの空間。


 パラパラとページをめくる音が微かに聞こえます。会話はないけれど、同じ時を過ごす贅沢な時間。それだけで自分の心が満たされているように感じました。

 五冊ほど良さそうな本を選び出し、残りの本を書架に返して閲覧室へ戻ってくると、ゴトッと物音がしました。静寂な室内に殊の外大きく響いて、音のした方に目を向けると本が床に落ちていました。

 

 いつの間にか寝てしまったのか、ソファに横たえたレイ様。睡魔に襲われ力の抜けた手から本が零れ落ちてしまったのでしょう。

 私は本を拾い上げてテーブルの上に置きました。

 日が傾き始めたのか深く差し込んだ日差しを浴びてレイ様は眠っています。暖かいとはいえ、こんなところでうたた寝をしていたら風邪をひいてしまうかもしれません。


「レイ様、起きてください。ここで、寝てはダメですよ」


 跪き、声をかけます。


「……」


 返事はありません。微動だにしないレイ様。ぐっすりと寝ていらっしゃるみたい。


「レイ様。レイ様」


 声をかけても起きる様子はないので、仕方なく肩に手をかけて少しだけ揺さぶってみましたが、熟睡しているのか瞼一つ動きません。疲れていらっしゃるのかもしれません。


 閉じた瞳には長いまつ毛。スッとした鼻梁。弧を描いた艶のある唇。精巧なお人形のように整った容姿は寝顔も美しい。起こすことを諦めてしばし見つめてしまいました。

 頬にかかった髪の毛をもとに戻そうとそっと触れると頬の滑らかな感触に心が震えドキドキしてきました。

 今日に限って人払いされたのか誰もいない室内。

 今だけ……

 起きる気配のないレイ様に魔が差したのかもしれません。



 呼んでも聞こえるのは規則正しい呼吸だけ。

 震える手で頬に触れる。いけないことをしているのはわかっているのに、止められなくて。


『大好きだよ。愛している』 


 先ほどのレイ様の言葉が甦りました。真剣で熱を孕んだ瞳が忘れられなくて、伝えられずにはいられませんでした。今だからこそ言える。自分の本当の気持ちを……熟睡している彼はきっと知らない。だから、今だけ。私の気持ちをのせて。

 

「レイ様が好き。大好き」


 レイ様の寝顔を見つめながら、そして、吸い寄せられるように彼に口づけました。

 重ねた唇はほんの刹那。シトラスの香りが鼻を掠めていきました。


 大それたことをしてしまったと気づいた時には唇を重ねたあと。柔らかな感触がいつまでも私の唇に残っていました。

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