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6.ね、神様にどんな願いごとするの

 去年のクリスマスを、わたしは当然のように家で過ごした。

 もう中学生三年生だったから、両親も特にクリスマスパーティーなどは開かなかった。

 ただ、夕食にケーキは食べたし、それにその年で最後だと約束させられたクリスマスプレゼントをもらった。

 そのときに買ってもらったスマートフォンを、わたしは今も使っている。


 高校一年生のクリスマスは、その少し前までは、わたしは絵美里と過ごすものだと思っていた。

 親友となった彼女と街へ繰り出して、互いにプレゼントを買いあって交換し、女同士のクリスマスなんて寂しいものだね、と語り合うつもりだった。

 だが絵美里にはすでに、新町大樹という彼氏が出来てしまった。


 もちろん絵美里には、わたしの思い描いているクリスマスのイメージは伝えていなかった。

 だから彼女は気兼ねなく、新町大樹とのクリスマスを過ごした。

 一緒に食事をして、カラオケを楽しんだらしい。

 その後、どうしたかはわからない。

 だけど絵美里が言うには、まだまだ清い交際であるそうだ。


 一方わたしは、今年も家でクリスマスを過ごした。

 プレゼントはなし、ケーキはあり。

 去年もそうしていたように、リビングのテレビで、サンタに扮した明石家さんまが引き笑いする様を見て過ごした。


 それはまあ、それなりに、悪くない。

 だけどまあ、いいかと問われれば、そうじゃない。


 クリスマスイブから、すでに冬休みがはじまっていた。

 わたしは毎日、ぐうたらして過ごした。

 勉強は、そこそこ。

 クラスメイトに思われているほど、わたしは勉強が嫌いじゃない。

 まあ、それはきっと、ガサツな言動のせいでついたイメージなのだけれど。


 大みそかの数日前に、絵美里からLINEでメッセージが届いた。


『初詣、一緒に行かない?』


 いいね、とわたしが即答すると、少し経ってから返事が届いた。


『新町くんも一緒に連れて行っていいかな?』


 わたしはこれまで、新町大樹と話したことはほとんどなかった。

 スポーツ科の彼は、教室が普通科から離れていることもあり、普段の学校生活ではほとんど姿を見せない。


 例え親友の彼氏だったとしても、わたしは新町大樹と親交を深める必要性を感じていなかった。

 大体にして、これまでほとんど男性と話したことがない。

 新町大樹と何か話が合う気もしない。


 だけども、まあ、今や親友の彼氏となった男に、邪険に接する理由もない。

 そうして、わたしは今後も絵美里と仲良く高校生活を過ごしていきたかった。

 彼女に、新町大樹とわたしを天秤にかけさせるような真似はしたくなかった。


『いいよ、もちろん』


 少しの間の後でそう返すと、絵美里からはすぐに返答が来た。


『やった。じゃ、新町くんにも提案してみるね』


 彼の方が遠慮するかも、と思ったけれども、新町大樹も快く了承したらしい。

 最初は、いやいや、遠慮しろよな、と思った。

 だけどもそのうち、新町大樹の方でも、わたしと同じ思考をたどった可能性を考えた。

 新町大樹の方でも絵美里に、親友と彼氏を天秤にかけさせたくなかったのかもしれない。

 それでわたしは少し、新町大樹と仲良くしてやろうか、という気になった。


 一月一日の午前八時に、学校の最寄り駅で、わたしたちは待ち合わせをした。

 もちろん着物なんて着ていかない。

 わたしは黒いダウンジャケットに青いジーンズ姿だった。

 初詣にしては、少しカジュアル過ぎるかもしれない。


 やがて絵美里が、新町大樹を伴って現れた。

 絵美里は相変わらず可愛らしい格好をしている。

 ベージュに近い赤のスカートに、白いロングコートを合わせていた。

 一方で新町大樹は黒を基調とした落ち着いた格好だった。


「ゆりか、あけましておめでとう」


 微笑みながら、絵美里がわたしに言った。

 彼氏同伴のせいか、どこか少し照れた風だった。


「今年もよろしく」


 わたしも微笑み返して、それから新町大樹に目を向けた。


「ほぼ、はじめまして、だよね。新町くん」


「そうだね。でも、お噂は、かねがね」


「それはこっちも同じ。何しろわたし、あなたの妙なクセも知ってる。絵美里に聞かされてね」


 わたしの口から出まかせに、新町大樹は変な顔をした。


「それ、どんなクセ?」


「そんな話、したっけ?」


 絵美里が不思議そうな顔で首をかしげる。


「忘れたんだね。そのうち思い出してよ」


 それが単なる口から出まかせだ、と絵美里に種明かしをするのは、二人と別れた後にしようと思った。

 ちょっとしたイジワルだ。

 でもなるべく早く伝えよう。二人の仲にひびが入ってもアレだし。


 学校とは真逆に向かう道を歩く。

 やがて徐々に人の姿が増えてくる。

 わたしたちの向かう先には、丘のような小高い山があり、その頂上には朱色に塗られた鳥居の姿が見える。

 その鳥居へ向かう石段のそばまで近づくにつれ、どこかで見たような顔もいくつかあった。

 付近の住民と、そして友達同士で初詣に行くノベ高の生徒は、ほぼこの神社を利用するはずだった。


 石段を登り切り、鳥居を前にしたあたりで、絵美里が言った。


「ね、神様にどんな願いごとするの」


「そうだな……あなた方二人が、いつまでも仲良く幸せに暮らせますように、とか」


 それはちょっとした皮肉のつもりだった。

 絵美里はそれを感じ取って何か言い返そうと目を細めていたけれど、その前に新町大樹が能天気な声をあげた。


「いいね、それ。ぼくもそうしよう」


 絵美里はそれでちょっと気が抜けたらしい。

 首をすくめて、それから肩で、軽く新町大樹を小突いた。

 仲のおよろしいことで。


「ゆりかはそんな、私たちのことより、ちゃんと自分のことをお願いしたら」


「自分のこと、って?」


「……あれ、いま新町くんがいるけど、言ってもいいの? 私、秘密にしてるんだけど」


 それで、はっと気づく。


「ダメ、ダメ、ダメ」


 顔の前で両手の平を何度もクロスさせる、わたしの慌てたリアクションを見て、新町大樹が不思議そうな顔をした。


「なに、それ。何か、秘密のお願いがあるの?」


「そう。すごいのがあるんだよ。聞いて驚け、新町くん」


「やめて、新町くん。あんたの彼女の話は、聞かない方がいい」


 にやにやと笑う絵美里の腕をわたしはつかもうとし、彼女はそれをすり抜ける。

 そんな風にじゃれ合いながら、鳥居を抜ける。

 前には短い行列ができている。

 それまで騒ぎ合っていたわたしたちも、おとなしく、静かに後ろの列へと並ぶ。

 不意に絵美里が、呟くように口にする。


「これが終われば、十二月、一月のイベントは無事終了か。新町くんと過ごせてよかった」


 親友がそばにいるのに、恥ずかしげもなくそんなことを言える絵美里を、少しだけ羨ましく思う。


「そうだね」


 新町大樹も、その言葉を素直に受け止める。

 お前らは少女マンガの世界に生息するカップルか、と思ったけれども、実際のところ、その程度には見目麗みめうるわしい。


「二月は……」


 そう言いかけた絵美里の言葉の後を、わたしは素早く継いだ。


「節分、豆まき。それに建国記念日のお休み。それだけ」


「あとはバレンタインデー。普通ならね」


 新町大樹はそう言って少し、残念そうな声を出す。

 わたしは少しその声色に、興味を惹かれる。

 あの日、矢島くんもしていた話だ。


「やっぱり、男子的には残念なの?」


「そりゃ、もちろん。柚木さん……絵美里からチョコもらえたら、いいなって思うよ。だけどノベ高は、バレンタインデー、禁止だから……」


 名字呼びを名前に言い換えたのも少し気になるけれども、とりあえず話の中身の方が気になる。


「学校の外で、帰り道にでもあげるよ。それなら禁止されてないんだし」


「ありがとう」


 新町大樹はそう言って微笑むけれど、何か物足りなさそうだ。


「でもそれだと、青春的に最高ではない?」


 わたしのその発言に、絵美里と新町大樹は、少し驚いた風だった。

 わたしも、自分で言っていて変なフレーズだと思った。

 だけど新町大樹はその後で、笑いながら、何度もうなずいてみせた。


「そう、そんな感じ。……浦下さんって、面白いこというね」


 そう言ったとき、すぐ前列の人が前へと進み出た。

 どうやらその次がわたしたちの番だった。

 そこでいったん会話は終了し、わたしたちは前の人が「二礼・二拍・一礼」を行うのを眺める。

 その姿が去った後、わたしたちが前に進み出る。

 お賽銭には五円玉を選び、神社のガラガラを振り、目を閉じて手を合わせる。


 願い事は、すでに決めていた。

 手を合わせ、目を閉じる。

 そのときの精神状態は、弓道で的を狙っているときの感覚に近い。


 わたしは普段、神様というものを信じていなかった。

 初詣も、みんながやっているからそうしているだけの、単なるイベントに過ぎなかった。

 でもこの時ばかりは真剣に祈った。


 神様、どうかわたしの初恋が実りますように。

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