41.それじゃ、行こうか、ゆりか
それから少し時の経った、春休み前のある日の帰り道に、わたしは滝上楓と並んで歩く藤村早紀を見かけた。
昇降口を出てすぐのところで、わたしは少しだけ走り、二人の背中を追った。
「藤村先輩」
そう声をかけると、藤村早紀の背中が立ち止まり、振り返る。
「いま、帰るところですか」
「そうなんだ。楓と一緒に」
「久しぶりね、浦下ゆりかさん」
滝上楓はどこか敵意のある目でわたしを眺める。
だけどすぐに首を横に振り、微笑んでみせる。
「あの日のこと、私は今でも恨んでるから。みんなの前で、恥をかかされたわ」
「ま、まあ、そう言わず……」
「せっかく情けをかけてあげたのに。でも、まあ、もういいわ。過ぎたことだから」
滝上楓はそう言うと、校門の方へと向き直る。
だがすぐには歩き出さない。
「ヒマがあれば、またうちに来るといいんだ。私は大抵、楓と一緒に勉強しているから。二人でお菓子を作る日だってある。ゆりかが来てくれるなら、きっと楓も、喜ぶんだ」
滝上楓は、別に何の反応も見せなかった。
でも内心でわたしは、彼女とならたぶん、楽しく過ごせるだろうと思っている。
「部活や、矢島くんとの日々に飽きたら、ぜひ来てみるんだね」
「飽きませんよ」
「みんな、最初はそう言うんだ」
そう言うとまた、はじめて会ったときのあの悪魔的な笑みを浮かべて、藤村早紀もわたしに背を向けた。
そうして滝上楓と並んで歩きはじめる。
滝上楓が藤村早紀のところに、校則が変わった経緯についての話を聞きに来たのは、二月十五日のことだったそうだ。
そのことは後で藤村早紀から聞いた。
そうして滝上楓は、『なんか、納得いかない』と、この騒動を引き起こした張本人である藤村早紀にグチをいいはじめたらしい。
そのグチが終わっても、滝上楓は藤村早紀のそばを離れなかった。
やがて滝上楓は言った。
『だいたい私が、早紀とうまくいかなくなったのも、その日が原因なんだから……』
そのとき、藤村早紀は、こう答えたそうだ。
『じゃあもうそれは、過ぎたことなんだ』
それがはっきりとしたきっかけになったかどうかは、わからない。
でもその日から滝上楓は以前と同じように、別のクラスにいる藤村早紀に、頻繁に会いに来た。
一匹オオカミな藤村早紀は、そんな友達を拒否も、遠ざけもしなかった。
本人から、そう聞いていた。
二人に背を向け、わたしは昇降口へと戻る。
そこには絵美里と新町大樹、そして矢島くんがいた。
その日、コーチの都合か何かで急きょ、サッカー部が休みになっていた。
三月になってから、平日でははじめての休みだった。
急に決まったことだったけれど、絵美里の誘いで、わたしたちは一緒に帰ることになっていた。
弓道部は絵美里の一存で、臨時休暇ということになった。
「藤村早紀、元気そうだね」
絵美里が遠目に二人を眺めながら、そう言う。
「あれが藤村さんなんだね」
絵美里の言葉ではじめて気づいたかのように、新町大樹がそうつぶやく。
「そう。さ、私たちも帰りましょ」
わたしたちは並んで校門へ向けて歩きはじめる。
隣を歩く絵美里が少し前に出て、わたしに笑いかける。
「そういえば、お二人って、手とかつないでるの?」
わたしは矢島くんへ目を向ける。
矢島くんは、苦笑して答える。
「さあ、どうなのかな」
にやにやと笑った絵美里は、いつの間にか手をつないでいた新町大樹と前に歩み出て、そうして一度、手を離す。
「ゆりか、お手本を見せてあげるよ。これが恋人つなぎ、っていうの」
そう言って指をからめる形で手をつなぎ直す。
そうして足を速め、わたしたちの前を歩きはじめる。
わたしと矢島くんは、少しだけ取り残されるような形になる。
「どうする?」
わたしはたずね、矢島くんを見つめる。
矢島くんは何も答えず、ただ、わたしに手を伸ばす。
手が強く握られるのを感じ、わたしはその手を握り返す。
矢島くんの声が響く。
「それじゃ、行こうか、ゆりか」
そしてわたしたちは手をつないだまま、絵美里たちの後を追い、校門へ向かって歩きはじめた。




