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4.ほんとに好きになっちゃったんだね

 絵美里の恋する新町大樹はスポーツ科に通う、サッカー部に所属している男だった。

 背の高い、今風のイケメンで、絵美里が惹かれる気持ちはわからないでもない。

 彼と絵美里は、だいたい夏ぐらいから人づてに連絡先を交換し、それからちょこちょこ会っている。

 友達と一緒だったり、二人っきりだったり。


 二人でデートする仲がどういうものか、男子と付き合ったことも、少し前まで恋に落ちた経験もないわたしにはよくわからなかった。

 それってすでに付き合っているのでは、とも思っていた。

 それを以前、絵美里に直接聞いたこともある。

 だが、彼女は否定した。


「いい感じなんだけど、付き合ってる、ってわけでもないんだよね」


「どうして?」


 そうたずね、わたしは頭の中でモヤモヤする何かを感じた。

 そしてデリカシーが皆無なわたしは、それを平気で口に出した。


「あのー、いわゆる、そういうことするカンケイじゃないから?」


 絵美里は顔を赤くした。


「なに言ってるの、ゆりか……」


「もうキスはした?」


「してないよ。そういうからかい方、やめてよ」


 純朴な女子高生にはふさわしからぬ話題だったらしい。

 わたしは一度咳ばらいをし、それから話を元に戻す。


「でもさ、二人っきりで遊んでるんでしょ。付き合ってるようなもんじゃない」


 実際、彼らは休日に二人で会ったりしている。

 しかもかなり早い段階で。

 何しろわたしがはじめて新町の存在を認識したのは、絵美里から見せられたツーショットの写真によって、だった。

 だが絵美里は唇を尖らせて、言った。


「だって、好きって言われたこと、ないもの」


 それがそんなに重要なことか、そのときのわたしにはよくわからなった。

 だが少なくとも、絵美里にとっては大事なことらしい。

 わたしは少しでもその感覚を理解しようと努め、そして諦めた。

 代わりに絵美里を茶化すことにした。


「じゃあ新町大樹は、女遊びの一環として絵美里を口説いている、おおロクデナシイケメンってこと?」


 絵美里はわたしのそういうふざけた物言いが、嫌いではない。

 丸くぱっちりとした目を細めて、にんまりと笑ってわたしに言った。


「親友の恋する相手に、よくそういう最悪な表現、できるよね」



   ※※※



 そしていま、肉まんを頬張る絵美里は、その新町大樹についての決意を語っていた。


「私、告白をしようと思うの」


 そういってまた一口、彼女は肉まんを口に入れる。

 もごもごとやりながらも、目は真剣だ。

 食べている間に、まじめに何かを考えているらしい。

 あるいはそのために、脳にカロリーを必要としているのかも。


 少し前なら、絵美里のその発言に対して、わたしは平気であおるような発言をしていたはずだった。

『すれば?』とか。

『いいじゃん、やったれ』とか。

 何なら、『ついにおおロクデナシイケメンに騙されるときが来たか』ぐらい言ったかもしれない。


 でも、そのときのわたしはもう、違った。

 胸の奥に、矢島くんに対する想いがくすぶっていた。

 例えばわたしが、矢島くんに、好きと言う。

 それを想像するととても恐ろしく、絵美里のその決意の言葉に対し、簡単にリアクションするわけにはいかなかった。


 だがそんなわたしに違和感を覚えたらしい。

 肉まんを飲み込むと、絵美里はじっとわたしに目を向けた。


「なんにも言わないんだね」


「だって、……んー、怖くないの?」


「怖いけど、かなり勝算はあると思ってる。新町くんが、おおロクデナシイケメンじゃなければね」


 ずっと前に話したはずのそのフレーズを、絵美里はよく覚えていた。

 そして言葉を続ける。


「それに、もうすぐクリスマスだし」


 絵美里の言う通り、間もなく十二月に入ろうとしていた。

 わたしはすでに通り過ぎたコンビニを振りかえる。

 コンビニのフェンスには、トナカイとモミの木を形作った、ちょっとしたイルミネーションが灯っている。

 前方に立ち並んでいた車のディーラーの店内は、もうちょっと豪華だ。

 中には実際にクリスマスツリーを飾っているお店すらある。


「うまくいけば、彼氏と過ごせるクリスマスか」


「いいでしょ」


「いいね」


 心底わたしはそう言った。


「いつ告白するの?」


「今週の日曜日。二人で会う約束してるんだ」


「がんばってよ。応援する」


 ダメだったらクリスマスに精一杯慰めるよ、ときっとかつてのわたしなら、ふざけて付け加えていたはずだ。

 だけどもうそんなことは出来ない。

 その可能性を口にすることすら恐ろしい。


 ん、と肉まんを頬張ったまま声にならない返事をして、絵美里は力強くうなずいた。

 そうして肉まんを飲み込むと、急に明るいトーンになって、わたしに言った。


「それで、ゆりかの話って、何? 悲しき、雑念まみれの女よ。申してみよ」


 その調子に、わたしも合わせることにした。

 普段の調子ではとても話せないほど、真面目な話だった。


「哀れな、わたくしめの話を聞いてもらえますか、お奉行様」


「奉行かどうかはわからんが、聞くぞ」


 わたしはそっと口にした。


「人を好きになってしまったのです」


 絵美里は数秒、目を丸くしたままわたしを見つめた。

 それから絵美里はやっとのことで口にした。


「マジか」


 絵美里にその名前を伝えるのは、一苦労だった。

 自分から話しだしておいて、誰を好きになったの? とたずねられると、途端にわたしは尻込みをした。

 彼の名前を出すことによって、わたしは自他共に認める、矢島くんに恋をしている女になってしまう。


 だが結局、絵美里がもどかしさにイライラしだしたあたりで、わたしはその名前を伝えた。

 頬のほてりを感じながら、目を伏せて、わたしは矢島くんの名前を告げた。

 少しの間の後、絵美里が言った。


「矢島って、あれでしょ? 渋い声の矢島貴裕」


「そう」


「おや、まあ。何か、ゆりかと接点あったっけ? 前から好きだったの?」 


 同じクラスに所属している絵美里は、わたしと矢島くん、どちらのことも知っている。

 そして普段からわたしたちに何のやり取りがないことも。

 むしろ絵美里の方が、矢島くんと話す機会が多いぐらいであることも。


 絵美里の問いかけに、わたしは首を横に振った。

 それから、あの日の放課後のことを話した。

 矢島くんが迷子とともにいたこと。

 そしてその女の子を助けたこと。

 最後に見せたその笑顔が素敵だったことを告げると、絵美里は微笑みながら言った。


「矢島貴裕って、いいやつだったんだね」


「そう、なんだと思う」


「でも、それだけで好きになったわけ? ちょろいな、お主」


 わたしは肩を落とす。

 なぜなら、自分だってそう思うから。


 人を好きになることがどういうことか、わたしにはずっとわかっていなかった。

 小学校高学年から中学校に入ったぐらいにかけて、友人たちが恋をしはじめた。

 だがわたしにはその瞬間は訪れなかった。


 少し前だって、顔を赤らめて新町大樹とのちょっとしたやり取りをわたしに話す絵美里に向って、こんなことを言った。


『よくそんなので大騒ぎできるね』

『なんで男なんか好きになれるの? わたしは犬の方が好きだ』


 やっぱり、わたしはガサツだ。

 だけどわたしこそいま、とある放課後に起きた、ちょっとしたやり取りのことで大騒ぎをしている。

 得意な弓道で、的を外すほど雑念にまみれている。


「ちょろいと言われれば、そうだけど。……でも、仕方がないじゃない」


 好きになっちゃったんだから、というその言葉は、口にできなかった。

 代わりに絵美里が言った。


「ほんとに好きになっちゃったんだね」


 わたしは小さくうなずいた。

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