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35.これは、浦下さんにとっては大事なこと

 放課後になって一番はじめにしたことは、新町大樹にメッセージを送ることだった。


『五分後に、図書室の入り口で会おう』


 そう送ったメッセージは、すぐに既読になり、返事が来る。


『了解しました』


 それからわたしは矢島くんに目を向けた。

 彼は教室の時計に目を向けていた。

 そうしてわたしの視線に気づくと、こちらにうなずき返してくる。

 予定時刻は、午後四時。

 矢島くんには、一昨日の夜に話したときに、すでにそう伝えてあった。


 残り時間は二十分。

 できるだけ生徒が学校に残っているうちに、なるべく早く。

 そう思って決めていた時間だったけれど、案外忙しい。


 手早く荷物をまとめ、カバンを手にして教室を出ようとしたちょうどそのとき、わたしの肩が叩かれる。 

 振り返ると、絵美里がすぐそばにいた。


「それじゃ、がんばってね。わたしも遠くで見てるから」


「うん。ありがと」


 絵美里が軽く、ばしっとわたしの肩を叩き、それで少しやる気が出る。


 それからわたしは足早に教室の出入り口へと向かう。

 絵美里とさっさと別れ、そそくさとどこかへ向かおうとするわたしの様子が普段と違うのは、当然クラスメイトは気づいている。

 いくつかの目がわたしの動向を追っていた。


 教室を出て、図書室へと急ぐ。新町大樹はすでに到着していた。

 彼がその場でカバンのチャックをあけようとするのを、わたしは慌てて手で制する。


「ちょっ、ちょっと待った。中で、中でやろう」


「え? あ、ごめん」


 新町大樹も焦っているらしい。

 まあ、こそこそとチョコの受け渡しを行うなんて、普段はやらないことだから仕方がない。

 図書室に入ったところで、中の雰囲気を確かめる。

 放課後に入ったばかりの今、人の気配はほとんどない。


 風紀委員も、今はまだこんなところにいないはずだ。

 わたしは新町大樹をうながして、藤村早紀とはじめての出会いの場である、あの本棚の奥のソファーへと移動する。

 二人で狭いところで顔を突き合わせ、誰も見ていないことを確かめてから、新町大樹から手作りチョコを受け取った。

 彼がカバンから出したチョコは、特につぶれてもおらず、見た目の上ではわたしが今朝渡したときから何も変わっていない。


「一応、一日中、ロッカーの中に入れておいたから、溶けたりはしてないと思う」


「そう、ありがとう。新町くんには本当に感謝してる」


 笑顔を浮かべる彼とうなずきあった後、わたしはふと、彼のカバンの奥にカラフルな色合いが顔をのぞかせているのを発見する。

 それはどうやら赤い包み紙だった。

 わたしはじっと、カバンの中に目を向けた後、新町大樹にたずねた。


「何、それ」


 何気ない調子で、新町大樹は答える。


「ああ、チョコだよ。朝、絵美里からもらったんだ。聞いてなかった?」


 わたしは首を横に振る。

 絵美里はそんなことには一切、触れなかった。


「『どうせ、ゆりかからチョコを預かるんだから。一つ持ってるのも二つ持ってるのも同じでしょ』って言って、渡されたんだよ」


 絵美里のやつめ。ちゃっかりしている。

 まあ、いい。

 実際そのとおりなのだから。


「もし捕まったら、校則違反はもう一人いる、って言ってやろっと」


「浦下さん、冗談だよね」


「マジと言いたいところだけど、冗談。さすがに恩人は売れないし」


 わたしのその言葉に、新町大樹は本気でほっとした顔をする。

 冗談の通じないやつだ。

 そのくせ、実際にわたしの行動に協力してくれたやつだ。

 それならわたしの冗談を真に受けないでくれよ、とも思う。

 だけどそのあたりがやはり、新町大樹のいいところなのかもしれない。


「でもさ、本当にやるの?」


 新町大樹がやや不安げにたずねてくる。

 その手の中の手作りチョコを、わたしは受け取り、カバンの中へ収める。


「やるよ。間もなく」


 時計を見る。

 午後三時五十分。

 妙な高揚感が、わたしを包んでいる。


「あと十分後に、ね」


 新町大樹も時計を眺めたあとで、わたしに言う。


「誰かに、そのチョコを渡すんだね。誰に渡すの?」


 その相手について、新町大樹は絵美里から聞いていなかったらしい。

 その名前を言いかけ、やっぱり恥ずかしくなってやめ、わたしは新町大樹にそっと言った。


「すぐにわかるよ」


 新町大樹は首をかしげる。


「ぼくには何で、こんなことをはじめたのかわからないけど……だけどこれは、浦下さんにとっては大事なことなんだよね。がんばって」


 うなずいて答えたわたしを見てから、新町大樹は軽く手をあげ、その狭い本棚の隙間を出て行った。

 彼にはこれからサッカー部の練習がある。


 思えば運動部は大体、午後四時には部活をはじめてしまっている。

 その時間に、彼らの注目を集めるのは難しそうだった。

 だけど今さらどうしようもない。

 予定通り、やるべきことをやるだけだった。


 まだ少しだけ時間があった。

 ここから校門まで、五分もあれば余裕でたどりつける。

 すぐそばにあったソファーに腰をかける。

 わたしはここで藤村早紀と出会った。


 このバカげた行動に至った、すべてのはじまりはこの場所だった。

 そしてバカバカしいとは思っていても、わたしはいま、この行動をくだらないものだとは思っていない。

 もっとバカバカしいものをブチ壊すために、わたしはこんなバカなことをやる。

 大いに、望むところだった。

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