34.何かあるのなら、楽しみにしてる
教室に入ってから、わたしは新町大樹の連絡先を絵美里から送信してもらった。
あとで新町大樹と連絡を取る必要があった。
放課後、こっそり彼と会い、手作りチョコをわたしの手に戻してもらわなければならない。
「でも、さっきのやり取りを見ちゃうとなあ……」
わたしのつぶやきを聞きつけて、絵美里が渋い顔をする。
「うるさいなあ。早く送れよ」
わたしは新町大樹にLINEで普通のメッセージを送った。
『浦下ゆりかです』というだけの文言だ。
新町大樹からはすぐにメッセージが帰ってきた。
『時間は、連絡ください。部活前ならいつでも、指定の場所に行けます。なんなら、昼休みでも』
わたしはそのメッセージが表示された画面を見せて、絵美里に言った。
「これなら、よし」
「もういいって」
絵美里は本気で嫌そうな顔をしていた。
すこし、からかいすぎたかもしれない。
絵美里と二人で話していると、やがて矢島くんが教室に入ってくる。
普段と同様にあいさつをしに行くか、わたしは迷っていた。
朝の教室に入ってから、いつもとは異質な雰囲気を感じていた。
日常生活の中で、わたしが誰かから注目を浴びることは少ない。
友達は少ない方だし、勉強だってと飛びぬけてできるわけではない。
弓道部は、素人二人しかいない弱小の部活で、どちらかといえば物珍しさで注目される。
そして部長は一応、絵美里ということになっている。
だからわたし自身の生活でいえば、特にスポットライトも当たらない地味な毎日を送っていたわけだけれども、今日は何かが違う。
視線を感じる、とでもいうか。
並ぶ風紀委員の前を横切るときから感じていた。
目が必ず、一度わたしへ向けられる。
昇降口で靴を履き替えていても、視界の端で、こそこそとささやき交わす姿がある。
まるで何か、背中に張られたイタズラの紙に気づかないで歩いているかのように、わたしはみんなの注目を集めている。
自意識過剰なのかもしれない。
強く意識をしすぎているのかもしれないけれど、完全に勘違いとも言い切れない。
いま、矢島くんに話しかけに行くことは、彼にも余計な注目を与えることになりかねなかった。
「矢島貴裕のところに行かないの?」
絵美里から聞かれて、わたしは首を横に振った。
「もう全部、打ち合わせ済みだから、だいじょうぶ」
だけど席についた矢島くんは、こちらに視線を送ってきていた。
わたしが見返すと、彼は小さく親指を立ててみせる。
やむなく、わたしも同じ反応を返し、互いに笑い合う。
それからわたしをじっと見つめていた、絵美里の視線に気づく。
彼女はにやにやとしながらわたしに言った。
「二人はそういうハンドサインもするようになったの? ……ちょっと、ひくわ」
「そういう仕返し、しなくていいから」
普段あまりしゃべったことのないクラスメイトが話しかけてきたのは、昼休みのことだった。
絵美里と二人でお弁当を食べ終え、来年の弓道部について話し合っていると、不意に女子生徒がそばに近づいてきた。
彼女はうちのクラスの風紀委員だった。
ただし一年生のせいなのか、朝の昇降口には並んでいなかった。
最初に声をかけられるのはもちろん、大体のクラスメイトと親交のある絵美里の方だった。
「絵美里、ちょっといい?」
「なんでしょ」
絵美里は首をかしげてみせるが、クラスメイトの視線はわたしに向く。
実際のところ、用があるのはわたしの方に、らしい。
「あのさ、ゆりか。あなたのこと、風紀委員の間ですごく話題になってたよ」
「何で? どんな風に?」
「チョコを持ってる可能性の高い要注意人物って。今朝、風紀委員の間で、メッセージが一斉送信されたもの」
「そんなんあるんだ」
絵美里が好奇心丸出しでたずねる。
「公式のじゃないけど、連絡用で、LINEグループが作られてるの。そこに二年の、滝上先輩が送った。わかる? あの、藤村早紀を捕まえた人」
「へー」
わたしはそう言い、少しは感心した顔をしてみせるけれど、先刻承知の話だった。
「藤村早紀も要注意になってた。他にも何人かいたけれど、みんな、持ち物検査には引っかからなかったみたいね。別に何の連絡もないもの」
「いいことだね。みんな、校則をしっかり守っている」
白々しくわたしがそう言うと、クラスメイトは肩をすくめた。
「風紀委員だって、やる気があるのは一部の人だけみたい。滝上先輩は、その……実績があるからさ。悪い人じゃないんだけど」
「いい人でもない?」
滝上楓を直接知らない絵美里は、そういう風に混ぜ返す。
クラスメイトは首を横に振った。
「いい人だけど、視野が狭い。校則違反は校則違反だ、っていう人だから。でも二年生は結構、彼女の意見に押されてるんだよね」
「一年生は?」
わたしが聞くと、そのクラスメイトは微笑んだ。
「ゆりか、本当は、まだ何かする気なの?」
「さあ、どうでしょう。チョコも持ってないし」
わたしが両手を広げて彼女に向けると、クラスメイトはその両手を眺めてから、わたしに言った。
「あくまで個人的な意見だけど、何かあるのなら、楽しみにしてる」
クラスメイトが去った後、絵美里がわたしに言った。
「人気者だね」
「絵美里のせいでしょ。いや、絵美里のおかげ、か。放課後まで興味が持続すればいいけど」
元いたグループに帰ったクラスメイトは、何かを彼女の友人たちに話していた。
友人たちの目もちらりとわたしに向く。
注目を浴びている。
何となく、くすぐったいような感じがした。




