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30.手段のためには目的を選ばない

 何か安心しきった気持ちで、絵美里の背中に手を回していた。

 しばらくぎゅっとしていると、やがて絵美里が身をひねりながら言った。


「いつまでそうしてる気? こんなところ、誰かに見つかったら、ヤバいよ」


「……確かに」


 わたしは身を離した。

 絵美里は気恥ずかしそうに、軽く咳ばらいをする。

 それから、少し赤らんだ顔で言う。


「二人きりの弓道場。身を寄せ合う影」


 わたしがその後を受けて言う。


「親友のはずだった二人。そして百合ゆりの名を持つ女」


「マジでヤバいわ」


 くっくっく、と互いに笑った後、絵美里は肩をすくめた。


「まあ、そういうことだから。私はもはや反対はしない。手伝えるようなことがあるなら言って。私は、何をすればいい?」


 しばらく、弓道場の床に視線を落として考える。

 しかし、何も思いつかない。


 そもそも絵美里の協力を得られるとは思っていなかった。

 たった一人でもやる覚悟だった。

 だから、わたしはどうなってもいい。

 でも、絵美里は違う。

 例えわたしが停学になろうとも、絵美里や他の人は巻き添えにしてはいけない。

 直接的ではないもので、わたしよりもずっと、絵美里にとっては簡単なことが思い浮かぶ。


「そうだな。絵美里は、知り合いとかに情報をバラ撒いておいて。バレンタインデーにチョコを渡す、とまで詳しくなくてもいいから。わたしがバレンタインデーに何かをするらしい、ぐらいでいい。当日、注目を浴びれるように」


「わかった。他には?」


 わたしはじっと、絵美里の顔を見つめる。

 それから苦笑して、わたしは言った。


「正直、他には何も思い浮かばない。思いついたら、後で頼むよ」

「なんだ、せっかくやる気出してるのに。私、実は一つ、すでに思い浮かんでいるのがあるけど、聞きます?」


 小さく首をかしげたわたしに、絵美里が人差し指を立てて言う。



「チョコなら、持ち込める。新町くんが」

「……そんなこと、できるの? 新町大樹が?」


「できるよ。あのさ、ちょっと自慢になるけど、聞く? 新町くんって、このあたりじゃ結構、有名な選手なんだよ。私立で選手を集めてるノベ高で一年からレギュラーだし、普通に活躍して点も取ってるし、その豊かな将来性には輝かしい未来が待っている、なんて言われてるの」


 わたしはむろんそんなことは知らない。

 絵美里の彼氏とはいえ、新町大樹に大した興味は抱いていなかった。

 そして絵美里もそんなことは話さなかった。

 そして今なぜ、絵美里がそんなことを言いだしたのかがわからない。

 わたしはからかい半分、たずねてみる。


「誰からそんなの言われてるの?」


「高校サッカー雑誌。この前、小さくだけど、載ってた」


 それでわたしは少し認識を改める。

 新町大樹はどうやら、あんななのに、結構マジですごいらしい。


「だから、ファンがいるの。これは本当にいる。そしてそのファンの中には、もしかしたら、ノベ高のバレンタインデー禁止を知らず、こんなに可愛い絵美里ちゃんという彼女がいるのも知らないでチョコを渡そうとする、愚かな女性ファンもいるかもしれない」


「その愚かなファンは、架空の存在?」


「もし現実にいたら、私は、撃つ」


 そういって絵美里は架空の弓を構える格好をし、架空の矢を放ってみせる。

 その鋭い目で見定められた架空の女性ファンは、おそらく、重傷を免れることは出来ない。


「そして現実には新町くんはチョコを受け取らない。だからそんなファンは存在しないんだけど、でも、可能性として理論上は存在する。教師たちも、風紀委員も、そういう認識はあるはず」


 なんだか話が難しくなってきている。

 わたしはうなずく絵美里に、まとめをお願いする。


「つまり、どういうこと」


「新町くんは絶対に持ち物検査の対象にならない、ってこと。もしかしたらスポーツ科の生徒はみんなそうかもしれない。ノベ高と関係がない、バレンタインデー禁止なんかまったく知らないファンから受け取ったチョコを偶然見つけて、優秀な選手に停学を食らわせたりしたら、学校としても大いに損だから。不公平かもしれないけど、そもそもそういう可能性があるやつの持ち物検査は、避けると思う」


 わたしはじっと、絵美里のその理論を考える。

 ファンのいるようなスポーツ科の生徒は、ノベ高の校則とは関係なく、自身のファンからチョコを貰っているかもしれない。

 だから、そういう生徒の持ち物検査はしないだろう、というのが絵美里の考えだ。


 なんだかバレンタインデー禁止とはなんぞや、という気もするけれど、理屈は通っているように思う。

 だけどそれは絵美里が立てた仮定によるもので、実際は、学校側はそうは考えていないかもしれない。

 スポーツ科だって、平気で停学にする気の可能性だってある。


「もしも、だよ。新町くんが持ち物検査されて、停学になったらどうする?」


「別に、いい。新町くんは、サッカーだけで何とでもなるはず。本人もそう言ってたもん。サッカーでいい大学に入って、それからプロを目指すって」


「新町大樹もそう言うかな?」


「私が好きな新町くんは、きっと、うんって言ってくれるはず」


 そう言われても、わたしはためらっていた。

 もし協力してくれた場合、新町大樹がわたしの巻き添えを食う可能性がある。新町大樹だからいい、とは思えない。

 むしろあまり親しくない分、変に迷惑をかけてしまったら気の毒だ。

 しかし絵美里は首を横に振って、わたしの肩にそっと触れる。 


「いいの、ゆりか。任せて」


 絵美里のその顔には何のためらいもない。

 そんな絵美里に、わたしはうなずいてみせる。

 にこりと笑ってうなずいた後、絵美里は真顔に戻って言葉を続ける。


「それよりさ、私が気になってるのは矢島貴裕の方だよ。新町くんは持ち物検査されず、無事にゆりかにチョコを引き渡せば大丈夫だけどさ、矢島貴裕はゆりかから、直接チョコを渡されるんでしょ? 多くの注目を集めて」


「まあ、そうなるね」


「それって、一発停学コースじゃない? 言い逃れ、できない」


 そのことについて、わたしには一つだけ、アイデアがあった。

 それはかつて、藤村早紀が触れたことのある方法の一つだ。

 わたしがそのアイデアについて話すと、絵美里は渋い顔をした。


「んー、弱いな。でも言い訳としては、そのぐらいしかないかもね」


「でしょ。……でも、実際のところ、どうなるかはわからない」


 そう、わたしのそのアイデアも、教師側の対応によって大きく変わってくる。

 実行した結果、矢島くんは校則違反とはならないかもしれない。

 わたしだって、無罪放免になる可能性だってある。

 だけど、矢島くんもわたしと共に停学になるかもしれない。

 むしろその可能性は、結構、大きい。


 しばらく絵美里と二人で頭を悩ませた。

 しかし、他の解決法は思い浮かばない。

 やがて絵美里が言う。


「大体さ、ゆりか、本末転倒になっちゃうかもしれないよ。矢島貴裕を巻き込んだ結果、彼から嫌われちゃうかもしれない。停学のきっかけを作るようなバカ女、さすがの矢島貴裕だって、彼女にしようとは思わないでしょ」


 ついさっきまで自分も彼氏を巻き込む案を話していたくせに。

 だけど絵美里の指摘は事実でもある。

 正しすぎてぐうの音も出ない。

 そして絵美里とわたしとの違いは、すでに彼と付き合っているか、付き合っていないか、だ。


「結局、矢島くんが嫌だと言ったら、チョコを渡すも渡さないも、ないんだよね……」


 話がそんなシンプルな問題に立ち返ってきたそのとき、わたしの頭にはふと、シンプルな解決法が浮かんだ。  


「直接、矢島くんに話すしかないか」


 絵美里はそういうわたしをじっと見つめた。


「ねえ、だいじょうぶ? 手段のためには目的を選ばない、みたいになってるけど」


「目的も、手段も、これであってる。矢島くんが協力してくれるならね」

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