3.お主、雑念があるな
そしてテストが終わり、部活が再開した二日後、わたしは弓道場にいた。
的に左肩を向けて立ち、弓につがえた矢を引き絞る。
この張り詰めたような一瞬が、わたしは好きだった。
弓道をはじめたのに、大した理由があるわけではなかった。
ただ何か、仲間と楽しんで続けられる部活が欲しかったのと、高校に入ってすぐに仲良くなったクラスメイトであり、もう一人の部員でかつ今の部長でもある柚木絵美里がわたしを弓道に誘ったからだった。
弓を放つその一瞬、頭の中が無となる感覚が気に入ったわたしは、積極的にこの部活に参加し、練習を続けていた。
だけど、部活の再開したその日、わたしの頭の中はいつものように真っ暗とも、真っ白とも違う、何もないまっさらな状態にはならなかった。
集中状態に入っているはずなのに、わたしの心から去っていかない、ある想いがある。
そしてわたしは矢を握った右手を開いた。
音を立てて、矢が飛ぶ。
その速度は、弓道をはじめる前に想像していたものよりもずっと速い。
矢はとっ、と軽い音を立てて的の中心へと刺さった。
残身をとるわたしの背後から、からかうような声がする。
「珍しいじゃん」
振り返ると、そこにはわたしの親友である柚木絵美里が立っていた。
「ゆりかがあんなに外すなんて」
わたしは肩をすくめて絵美里に答える。
「的のど真ん中に刺さってる」
「隣の的に、でしょ」
呆れたように笑いながら、絵美里は腕組みをした。
「お主、雑念があるな」
わたしはじっと彼女の顔を見つめた後、視線をそらし、次の矢を放つ準備へ。
動作を取りながら、わたしは言った。
「実は、そうなの」
「……興味深いのぉ」
ふざけた調子を崩さない絵美里に、少しだけ呆れながらも、わたしは言葉を続ける。
「絵美里、後で話、聞いて」
次に放った矢も外れた。
隣の的にさえかすらなかった。
部活を終えて弓道着から着替え、制服に戻ったわたしたちは帰り道を歩いていた。
学校近くのコンビニで買った肉まんを頬張りながら、絵美里はわたしに言った。
「実は私の方でも、聞いてもらいたい話があるの」
肉まんに熱された、白い息を吐きながら彼女はそう言った。
絵美里は、食べるのが好きだ。
よく部活終わりに彼女は買い食いをしている。
そのくせ太らない。
小柄で、かわいらしいスタイルを維持している。
「新町くんのことなんだけど……」
そう続けた絵美里の目はどことなく嬉し気に細められた。
何かまた進展があったのかな、とわたしは思う。
そしてそれは、いまこれからわたしがしたい話とも、若干の関係はある。
むしろ絵美里が先に話をしてくれた方が話しやすい。
「お先にどうぞ」とわたしは絵美里に言った。