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21.泣くな、ゆりか

「だから今日は、うちに来るのが早かったんだね」


 わたしは袖口で目をこすりながら、うなずいた。

 息が震えていて、返事はできそうになかった。


「泣くな、ゆりか」



   ※※※



 弓道場で一人になったわたしには、もちろん、練習する気力はなかった。

 だとすると、他に行く場所は一つしかなかった。


 校舎から藤村早紀の家へ続く道を一人で歩いた。

 歩きながら、絵美里との会話を思い出していた。

 どうしてあんなこと言ったんだろう、とわたしは考える。


 実際にわたしの口から出てきたのは、本心だった。

 間違ったことを言ったつもりもなかった。

 だけどそれは絵美里も同じだ。

 絵美里も心からわたしを心配してくれていた。

 そしてわたしはその提案をはねつけた。


 たぶんそれ自体は大した問題じゃなかった。

 一番は、最近わたしが絵美里との仲をないがしろにしていたこと。

 そうじゃなかったら、絵美里はもっと、わたしのことを理解しようとしてくれたはずだ。


 バレンタインデーが終わったら、絵美里はまた、親友に戻ろうと言ってくれた。

 だけど、本当にそうなれるだろうか? 


 歩きながら、いつしかわたしは涙をこぼしていた。

 はじめは、目を手の甲でこするぐらいですんだ。

 それがだんだん、手のひらで涙を抑えなければならなくなったし、藤村早紀の家にたどり着いたときには、制服の袖口でぬぐわなければ、頬を伝う涙を止められなかった。


 普段よりも早い時間だったので、いつもそうしているように、勝手にリビングに入り込むことは出来なかった。

 玄関のチャイムを押すと、しばらくして、藤村早紀が玄関の扉を開けた。


「おや、まあ」


 泣き続けているわたしのことを見て、藤村早紀はそんなことを言った。



   ※※※



 そうしてわたしはリビングのソファーに通され、一部始終を物語ったところだった。

 やっとわたしの涙が収まってきたあたりで、藤村早紀が言った。


「泣かなくても、だいじょうぶ。きみの親友は、戻ってくるよ」


 何の根拠もない言葉だったけれど、わたしは大きくうなずいた。

 その言葉にすがるしかなかった。

 少し落ち着いた後で、わたしは藤村早紀に言った。


「わたし、バカなことしているんですかね」


「そこは、わたしたち、なんだ。私も一緒。せっかく知り合った後輩と、その親友を仲たがいさせてしまった」


「バレンタインデーのせいで」


 わたしのその言葉に、藤村早紀がうなずく。


「……もう、やめる?」


 その簡潔な一言で、藤村早紀が何を言いたいのかは、この一か月ほどの付き合いでわかるようになっていた。

 絵美里の言っていることは、おそらく正しかった。

 わたしはバカなことをしている。

 だけどわたしは首を横に振り、涙をぬぐった。


「今日から部活は休みです。だから、明日からはもっと早く来れます」


 藤村早紀は、珍しく、驚いたような顔をした。


「本当に、それでいいんだ?」


「あと三つ、チョコを覚えなきゃ、です。バレンタインデーのために」


 それはもう、後戻りしてはいけない道のように思えた。

 最後までわたしはやり切るつもりだった。

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