11.変人かもね
「藤村早紀のこと、わかったよ」
火曜日の朝、そばに寄ってきた絵美里がわたしにそう言った。
あんまり浮かない顔をしている。
「そう。どんな人だった?」
「たぶん、変人」
鼻の付け根にしわを寄せながら、絵美里が言う。
それから、藤村早紀のことをわたしに教えてくれた。
絵美里が教えてくれた情報は、実に雑多なものだった。
藤村早紀。
通うクラスは二年A組。
血液型はAB型。
誕生月は四月。
趣味は読書で、たいてい本を読んでいる。
親しい友達はいない。
通学は徒歩で行っている。
部活には所属していない。
藤村早紀は特待生である。
それなら頭がいいに決まっている。
そして彼女は、テストでは学年一位を何度も取っている、というウワサ。
貼り出されたりはしないから、正確なところはわからないけれど、成績がいいのは間違いない。
そんな彼女は、去年のバレンタインデーの日、自由登校になっていた三年生の先輩を呼びだして、告白している。
告白は、その後のゴタゴタをのぞけば、うまく成功し、その先輩とは今も付き合っているらしい。
「そういった自分のことを、藤村早紀はあまり話そうとしないんだって。いじめられているわけではないけど、これといった友達もいない。クラスでも浮いてるみたいだね。なんか、壁がある、っていうか、そんな感じらしい。イメージつくでしょ?」
一通りの話を終えた絵美里に、わたしはうなずいてみせる。
なんだか近づきがたい人、というのは、わたしのクラスにもいる。
別に嫌ってもいないし、用事があれば話しかけるけれど、あくまで表面的なもので、決して心は開かない、そんな相手。
でも、そういう人たちはそういう人たちで、自分たちなりのコミュニティを持っている。
むしろ、近づきがたいというのはわたしから見た感想に過ぎず、向こうから見れば、常に絵美里と二人だけできゃあきゃあやっているわたしの方が、近づきがたい人なのかもしれない。
だけど藤村早紀には親しい人はいない。
常に一人だとすれば、全方位に対して、開かれることのない心の壁をまとっていることになる。
だけど彼氏はいる。
バレンタインデーに、ハデに告白をするような相手が。
それから一年、たぶん大学生になっても付き合っているらしい恋人が。
なんだか、アンバランス。
「変人かもね」
わたしが絵美里にそう感想を告げると、絵美里は深くうなずいてみせた。
それから、首をかしげて聞いてくる。
「で、どうするの? これでも話を聞きに行く?」
「それでも話を聞いてみる。どこに行けば会えるかな?」
「放課後は、いつも図書室に行くんだって。二年の教室に行くよりも、そっちの方が話しやすいんじゃない?」
「ありがと、絵美里」
手をグーに握って絵美里に向ける。
絵美里も、握りこぶしをわたしの手にぶつけてくる。
「……私は、行かないからね。そもそもチョコ作戦には反対だし」
「もちろん。部活、少し遅れるかも」
放課後を迎えたわたしは、さすがにドキドキしていた。
正直いって、人と接するのがあまり得意な方ではない。
人間関係は、狭く深く、というタイプだと思っている。
しかも相手は先輩だ。
高校に入って出会った弓道部の先輩たちは、引退間近なことと、彼女たち自身にとってはじめての後輩だったことで、すごくかわいがってくれた。
だけどあくまで部活動の中だけでの付き合いだった。
わたし自身がどういう人間なのかを深く知る間もなく、弓道の上達だけを目を細めて見守り、先輩たちは受験勉強へと去っていった。
これまで、何のかかわりもなかった先輩と、わたしはうまく話せるだろうか?
しかも彼女にとって、あまり口にしたくないかもしれない、少なくとも名誉ではないかもしれない、そんな内容を。
尻込みはする。
だけど、やるしかない。
わたしはもう決めていた。
意を決して、自分の席を立ちあがる。
そんなわたしの目の前を、絵美里がひらひらと片手の指だけを揺らしながら横切っていく。
目を向けると彼女はにんまりと笑っていた。
まあ、頑張れということなんだろう。
そんな風に、いい方に解釈をしてから、わたしは図書室へと向かった。