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2ー8 クラウディア視点:聖女になった理由

 その日は学校がお休み。

 ノア様も剣術の訓練で朝から出掛けていて私は一人、部屋で課題をこなしていた。そんなとき、ノア様の妹であるティリアちゃんが訪ねてきた。


「あ~ごめんね、ティリアちゃん。ノア様は今日も学校なんだ~」

「うん、知ってるよ」

「……え?」

「知ってる。ノアお兄ちゃんが部屋にいないって知ってるから訪ねたんだよ」

「ってことは……私に用事?」


 なんだろう、貴女は私のお兄ちゃんに相応しくないよ! とか言われるのかな?

 ――なんて、完全に杞憂だった。



「これが初等部に入学した頃のノアお兄ちゃんだよ」

「うわぁ! やっぱり小さい頃のノア様は可愛いなぁ~」


 私はノア様の子供の頃の写真を前にはしゃいでいた。


 姿を写し取る魔導具は、最近は普及してきたとはいえ、まだまだ一般人には高価な魔導具だ。だが、ノア様の実家には十年以上前から存在していたらしい。


 ティリアちゃんが持ち込んだのは、ノア様の幼少期の写真を集めたアルバムだった。

 最初は幼児の頃で、そこから徐々に大きくなっていく。


 小さな頃は、本当に可愛い――と言うか、可愛すぎる。女の子の服を着せたら、きっと美少女と間違えられるだろう。それは初等部の頃でも変わらない。

 ……と言うかきっと、いまでも女装させたら似合うよね。


 そんなことを考えてクスクスと笑いながらページをめくる。

 私はそこで――息を呑んだ。


 あるページを境に、ノア様の表情が明らかに暗くなったからだ。

 それを見たティリアちゃんが寂しげに笑った。


「……初等部の終わり、夏のことだよ。ノアお兄ちゃんが急にこんな風になっちゃったのは」


 この頃になにかあったのかと、喉元まで込み上げた質問を飲み下した。私にそんな質問をする資格はないと思ったからだ。

 だけど、ティリアちゃんはこちらの考えを見透かしたかのように続ける。


「毎年、夏は避暑地に行ってたんだ。ノアお兄ちゃんはその避暑地で、平民の女の子と仲良くなったみたいで、毎日、屋敷を抜け出しては何処かへ遊びに行ってたんだよね」

「……ノア様、結構わんぱくだったんだね」


 私はしょんぼりしたノア様の写真に指を這わせながら笑った。ただの平民の女の子と、騎士爵を持つ家の男の子、普通なら仲良くなんてなれるはずがない。

 たとえしばらくは仲良く出来ても、いつかは身分差で引き裂かれただろう。


「……あはは、そうかもね。でも、あの頃のノアお兄ちゃんは凄く浮かれてた。それなのに、お兄ちゃんはある日、沈んだ様子で帰ってきて……それっきり」

「それが、ノア様が暗くなった原因、なの?」

「うん、そうだよ」


 ティリアちゃんの言葉に、ズキリと胸が痛んだ。

 胸をそっと押さえる私を見て、ティリアちゃんは更に話を続ける。


「ノアお兄ちゃん、それからもしばらくは沈んでたよ。もちろん、少しずつは元気を取り戻していったけど、それでも以前と比べるとどこか影があるような感じだった」

「そう、なんだ」

「うん。そんなお兄ちゃんがエンド王子の護衛騎士になった。家族はみんな、それを快く思ってなかったんだけど……結局、誰も止めなかった。どうしてだか分かる?」


 ティリアちゃんの青い瞳が私を射貫いた。

 私はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「……どうして、なの?」

「いままでのことが嘘のように、お兄ちゃんが明るくなったから、だよ。みんな、その理由が分からなくて不思議に思ってたんだけど――」


 ティリアちゃんはそこで言葉を切って、私に向かって柔らかな笑みを浮かべた。


「貴女がそう、だったんだね」


 ハッと息を呑み、その言葉が初めて会ったときのことか、それとも再会してからのことかを考えた。そんな私の疑問に答えるようにティリアちゃんは続ける。


「私のことをティリアちゃんと呼ぶ貴女が、どうして恋人のお兄ちゃんのことはノア様って呼ぶのか不思議に思っていたんだけど……昔からの呼び方、だったんだね」


 私は無言で微笑んだ。

 ノア様はウォルト家の当主を目指している。

 平民の女の子が、そんなノア様とずっと一緒にいられるはずがない。だけど聖女なら。大地の穢れを浄化する聖女なら、騎士と共にいたとしても誰も文句は言わない。


 それが、平民の女の子が聖女を目指した理由。

 あのときから、私の覚悟は決まっている。

 でもそれは、仲の良かった男の子を悲しませていい理由にはならない。ティリアちゃんに、ノア様を悲しませたことを責められると思った。

 だけど――


「貴女なら、ノアお兄ちゃんを任せられる。だから――お兄ちゃんをよろしくね」


 ティリアちゃんは私を責めるどころか、信じてノア様を託してくれた。

 それを理解した瞬間、胸に熱い想いが込み上げる。

 私は浮かんだ涙を指で拭い、ティリアちゃんに向かって満面の笑みを浮かべた。


「うんっ、任せて。もう絶対、ノア様を一人になんてしないから!」

 

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