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プロローグ

「クラウディア、おまえとの婚約を破棄、王立学園から追放する! 落ちこぼれの聖女でありながら、俺の友人でもある聖女メリッサを陥れようとした罪は見過ごせぬ!」

「そうです、私に酷いことをした責任を取ってくださいっ!」


 この国の第一王子であるエンド王子と、その自称友人であるメリッサが声を荒らげる。直後、学園主催によるパーティーの会場がしぃんと静まり返った。


 クラウディアは他の誰にも負けないくらいの努力家だ。現時点で未熟なところがあるのは事実だが、それに腐らずたゆまぬ努力を続けている。


 それに、素の性格は茶目っ気があるが、そんな自分を律して聖女らしく振る舞っている。困っている者を見れば放っておけない慈愛に満ちた心の持ち主である。

 そんな彼女が別の聖女を陥れるなんてあり得ない。


 だがエンド王子の怒りを買うことを恐れてか、誰一人として異を唱える者はいなかった。


「グランマの弟子だと言うから期待して婚約してやれば、実際はただ魔力量が多いだけ。いまだに第一階位から抜け出せない落ちこぼれ。そのうえ、可愛げまでないと来ている。おまえの婚約者として見られる俺の身にもなってくれ」

「……申し訳ありません」


 クラウディアは反論一つせず、粛々と受け入れている。


 だが、魔力が多いのはたゆまぬ努力を続けている証拠だ。

 それに、第一階位から抜け出せないのだって珍しいことではない。高等部を卒業する頃に第三階位に至れば優秀、ごく希に第四階位に至るエリートが現れるくらい。

 現役のあいだを通しても、第四階位に届かない聖女は珍しくはない。


 エンド王子が例に挙げたクラウディアの師、歴代で唯一第八階位に至った偉大な元聖女ですら、最初は何年も第一階位から上がれなかったと言われている。

 逆に、あっさりと第二階位に上がったあと、まったく成長しないケースも珍しくない。


 エンド王子に寄り添う自称友人――にしては妙に距離感が近いが、メリッサはそのタイプだ。初等部で第二階位に上がり天才と呼ばれたが、高等部の二年になっても成長していない。

 どころか、努力も足りないので魔力量も少ないままだ。彼女がクラウディアに勝っているのは現時点の階位と、エンド王子に媚びっ媚びな態度くらいだろう。


 結果を出せていないと、クラウディアを責めるのはお門違いである。


 なにより、エンド王子とクラウディアの婚約は政治的な事情で決まった。

 偉大なる聖女の弟子。その威光を手に入れようと、王族が組んだ政略結婚を一方的に押し付けておきながら、結果を出せないでいるクラウディアに無実の罪を押し付けて扱き下ろす。

 あまりに、あまりの所業である。

 だから――


「エンド王子、恐れながら申し上げます。クラウディアはひたむきな努力を続けています。いまだ第一階位から抜け出せぬことは事実ですが、他者を貶めるとは思えません」


 王子の側に控えていた、俺は口を挟まずにいられなかった。

 王立学園の生徒であり、エンド王子の護衛騎士。そんな俺が主であるエンド王子に意見をしたことで周囲がにわかにざわめいた。

 ここが名目上だけでも平等を謳う学園でなければ、即座に叱責されていただろう。


 もっとも、それを鵜呑みにして俺みたいな行動を取ると目を付けられる。最悪、出世にも影響するかもしれないが、彼女が無実の罪を着せられるのは黙ってみていられなかった。


「ノア、気のせいか? メリッサが嘘をついていると言っているように聞こえるのだが?」

「ノアさん、酷いですぅ。私は嘘なんて吐いてないですよ~」


 エンド王子が俺を睨み、その威を笠に着たメリッサまでもが不満を口にする。それと同時、クラウディアが驚いた顔で俺を見ているのが視界の隅に見えた。

 彼女は、自分を庇う必要なんてないと言いたげだ。


 もちろん、俺もこれが馬鹿な行動だって分かってる。

 だけど、俺は騎士だ。たとえ学生の身でも、騎士の理念は持ち合わせている。

 無実の聖女を見捨てられるはずがない。


 俺はエンド王子の問い掛けに、沈黙を持って肯定した。


「……ノア。そういえばおまえ、このあいだの護衛訓練では不可判定だったな? いくら個人戦が強くとも、護衛として働けないのでは意味がない。訓練をしてきたらどうだ?」


 それは何処かの王子が無茶ぶりをするからである――なんて言うほど子供じゃない。だが、ここでかしこまりましたと立ち去れるほど大人でもない。


「エンド王子。お叱りは後でいくらでもお受けいたします。ですがまずは、彼女が本当にメリッサを陥れるような真似をしたのか、確認するべきではありませんか?」


 そう口にした瞬間、エンド王子の顔が怒りに染まった。


「……そうか。おまえはあくまでもメリッサが嘘を吐いていると主張するのか。いいだろう。そこまで言うのなら、これから明確な証拠を集めてやる」

「うえっ!? あ~。エンド王子、もう、そんな人達どうでも良いじゃないですかぁ。さっさと彼女との婚約だけ破棄して、後は放っておきましょうよ~」


 メリッサがエンド王子にしなだれかかった。彼女は学生服のボタンを上からいくつか外していて、開いた胸元をこれでもかとエンド王子に見せつけている。

 アレでは聖女ではなく性女である。


 エンド王子はだらしない顔でメリッサの胸の谷間に視線が釘付けだ。だが、更に前屈みになったメリッサが、その視線の先に顔を割り込ませ「エンド王子?」と問い掛けた。

 エンド王子は慌てて咳払いをする。


「あ~、メリッサもこう言っていることだ。今回は婚約の破棄だけで勘弁してやろう。と同時にノア、おまえは俺の護衛の任を解く。おまえがその目でクラウディアを監視しろ」


 エンド王子は俺とクラウディアを見比べて嗤った。


「才能がない者同士、仲良くするのがお似合いだろ?」





 太陽が地平の彼方へと消えゆく頃。

 俺はパーティー会場を後にして学生寮へと向かう。学園のキャンパスを歩いているとクラウディアが追い掛けてきた。彼女はそのままの勢いで詰め寄ってくる。


「ノア様、なぜ私を庇ったりしたのですかっ!」

「なんだ、庇って欲しくなかったのか?」

「ちがっ、そうじゃないよっ!」


 少しからかってやれば、すぐに聖女としての仮面が剥がれ落ちた。年相応に普通の女の子なクラウディアが、夜色の髪を振り乱して否定する。

 彼女はきゅっと唇を結んで、まっすぐに俺を見た。


「その、嬉しかったよ。学園を追放されたら、グランマみたいに偉大な聖女を目指せなくなっちゃうから。だから、助けてくれて凄く嬉しかった」

「……そうか、ならよかった」

「よくないよっ! 私をかばったせいでノア様まで護衛の任を解かれちゃったじゃない! 立派な騎士になるのが夢だって言ってたのにっ!」

「……あぁそうだな。俺の夢は、立派な騎士になることだ」

「そう、だよね……ごめんなさい、私のせいで」


 シュンと項垂れる。その頭にポンと手を乗せた。


「ばぁか、謝る必要なんてねえよ。たしかに俺は、立派な騎士になるためにエンド王子の護衛騎士を目指してた。けど、それは間違いだった。無実の聖女を陥れるような馬鹿王子に仕えるなんてこっちから願い下げだね」

「……そんなこと言って、実家にはどうやって言い訳するつもりなの?」

「心配するな。自分で蒔いた種だ。自分でなんとかするさ」


 うちは代々騎士を輩出する騎士爵の家で、兄妹はエリートコースを突っ走っている。厳しい家であるため、俺が護衛騎士を解任されたとなればあれこれ言われるだろう。

 だが、それでも、クラウディアを救ったことに後悔はない。


「もぅ……ノア様、かっこつけすぎだよ?」

「……そうか?」

「うん、とっても格好よかった。ノア様……ありがとう」


 刹那、クラウディアは俺の両肩を掴むと、俺を見上げて爪先立ちになった。グッと迫り来る彼女の顔。その艶やかな唇が、俺の頬を掠めるように触れた。


 次の瞬間、元の体勢に戻った彼女は、両手の指で口元を隠す。

 頬が赤く染まっているように見えるのは夕日のせいだけじゃないだろう。クラウディアは真っ赤な顔ではにかんで、身を翻して逃げるように走り去っていった。

 

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