【19話】矛盾
「…は………は?」
あまりにも意味不明な回答に間抜けな声が出る。
「何言ってんだよ…。そんなわけないだろ…。今の今まで俺はお前と戦ってたじゃねぇか…。」
「そっか…じゃあ、やっぱり君も知らされてなかったって事なんだね…。
どうして弟さんが君に何も言わなかったかは僕もわからない。
でも、さっきも言った通り、この能力は剣も盾も弟さんの物なんだ。
君はそれを間借りして僕らと戦っていただけ…って事になる…。」
「そんなわけねぇだろ…!!馬鹿なこと言うな…!俺は司の事を守るために戦ってたんだぞ!
俺の力で司を守るって決めたんだ!」
俺は男の言葉を必死に否定しようと叫ぶ。
考えてみれば思い当たる節は確かにあった。
でもそれを認めるわけにはいかない。
認めてしまえばきっと俺は心が折れてしまう。
必死に否定するが何故か涙が溢れてくる。
「おや、もう意識戻った。意外と生命力あるんだねぇ。」
すぐそばで俺が叫びまくったせいか俺にとっては最悪のタイミングで司の意識が戻る。
全身火傷と傷でボロボロになった俺と司は視線が合ったまま数秒の時が過ぎる。
司に聞いてはいけない。
本当の事を聞いてはいけない。
俺の中でやめろと言う俺の声を聞いた気がした。
「司……こいつらは俺に能力なんて無くて俺の剣は司の能力だって嘘つきやがるんだ…
そんなことないよな…?」
司は俺の質問を聞くと目を見開き押し黙った。
そして数秒後、涙を流し消え入りそうな声で
「兄さん…ごめんなさい…。」
と一言言った。
「は…ははっ……なんだよそれ……。
じゃあ、俺は弟を守るとか言ってヒーローごっこしてただけかよ……
それじゃあ、俺……馬鹿みたいじゃねぇか…」
俺は弟を助ける。そんなことを常日頃から言っていた。
それは紛れもない本心で俺の心の底からの願いだった。
それが全部覆された。
心が砕かれる音がした。
「だますつもりなんて無かったんだ…。
この盾と剣を初めて呼び出した時何故か剣だけ兄さんの目の前に現れた…。
でもそれは僕も全く意図してなくて勝手に兄さんの前に出てしまって…。
その時兄さんに守ってもらったのも事実だし…ずっと言い出せなかった…
もしかしたら兄さんが使った方がうまく使えるんじゃないかって…。
ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
「なんで途中で言わなかった…!お前が言ってくれれば俺は…!」
「そんなこと出来ないよ…!あの時の兄さんの笑顔を見たら僕はもう…。
これでお前を守れる!俺が守ってやるって…!
本当は僕だって自分の身くらい守れるようになりたかった…!でも…!
僕が頑張ろうとすると兄さんがいつも横から入ってくるんじゃないか…!!
僕だって兄さんには感謝してる!何度助けられたかわからないよ!
でも…もうこういうのはうんざりなんだよ……。」
頭を殴られるような衝撃だった。
今まで自分がやっていたことは全部ひとり相撲のごっこ遊びでしかなかった。
一人で空回りしていただけ。
「…うっ……ううぅっ…なんだよ…なんなんだよ…」
俺は地面に伏したまま涙を溢し続けた。
絶望している俺に追い打ちをかける様に女が声をかける。
「む~…滅茶苦茶悲しい兄弟喧嘩してるところ申し訳ないんだけどさ…。
これから私たちは弟ちゃんを連れて行かなきゃいけないんだよね…。
多分そのあとはもう会えない…。
最後にお互い別れの挨拶があるなら待ってあげるよ…。」
「ちょっと待てよ!!なんだよそれ!!頼む!弟を連れて行かないでくれ!」
「ごめん…。財団からの指示は僕達にとって絶対だ。
それにこれは君たち二人の為でもある…。言い訳にしか聞こえないかもしれないけど
このまま僕たち財団に捕まらなかったとしてもきっと弟さんは君の目の前で殺される。
その時はきっと慈悲なんて無い。ただただそいつに愉快犯的に一方的に嬲られて殺されるんだ。
だからそうならないよう、僕らが保護する。納得してくれとは言わない。邪魔しないでくれ…。」
「なんだよそれ…。お前の言ってることを俺が信じられると思うか…?
それに…司…お前はそれでいいのか…?お前も抵抗しないのか…?
お前が嫌だって言ってくれれば俺だって…。」
「……僕はそれでいい…。ごめんね…。兄さん…。」
「………。…俺はよくねぇ…。でも…、体が動かねぇ…ちくしょう…ちくしょう…。」
信じたくはないが俺には能力なんて最初からなかった。
それは納得できないが無理矢理飲み込むしかない。
正直、弟がこの場でこいつらに拒絶を示して俺たち兄弟が再び抗ったところで勝てる未来は見えない。
「お前の話なんか俺ははなっから信じちゃいねぇ…。
だけど…お前がさっき言った弟を殺しに来る奴、そいつが現れた時お前は司を守れるのか?
俺は守って見せる。今よりもっと強くなって必ず俺が守る。
俺がそいつをぶっ殺してやる。教えろ…そいつは何なんだ。」
「ごめん…それは詳しくは…。」
「説明は出来ない…。弟は連れていく…。勝手だな…。どの道今の俺にはどうする事も出来ねぇ…
今は諦めるしかねぇのか…。ちくしょう…。だが、俺は絶対に弟を連れ戻す。
お前らの好きにはさせない…。」
「…………。」
男は俺の言葉を聞いて何故か悲しそうな顔をして押し黙った。
「司、待ってろ。絶対兄ちゃんが助け出してやる。」
「…………。」
返事は帰って来なかった。
この期に及んでまだ兄貴面をするのかとでも思っているのだろう。
それでも俺は司を助けたい。
男に抱えられ少しずつ遠ざかってい司を見て俺は声を出さずに泣いた。
「司…俺が…兄ちゃんが絶対…。」
もう限界のようだ。体は動かず徐々に力が抜けていく。
遠ざかる意識の中俺のすぐ近くで誰かの足音を聞いた気がした。
-----------------------------------------------------
「君はもう兄さんには会えないんだよ?あれで良かったの…?」
拘束された司君を回収班との合流地点まで彼を背負って運ぶ。
今生の別れとしては最低の結果に終わってしまった先程の場面を
思い返し罪悪感から問いかける。
意外にもそれほど敵意の籠っていない口調で返答が返ってきた。
「良いんだ…。これ以上兄さんが僕の為に傷つくのは見たくない。
僕が兄さんに頼ることが原因で兄さんがこれ以上苦しむのなら
僕はもうこれ以上兄さんの傍には居たくない…。」
司君は力無くそう返すと、それきり黙り込んで話さなくなった。
背中にわずかに震えを感じ、押し殺したような泣き声が聞こえた。
自分はこれで本当に良かったのかと考える。
司君の兄の類さんの事を考えると心が痛い。
彼はこの後財団職員によってAクラスの記憶処理を施されることが決定している。
類さんのあの決意もその彼の中の司君の記憶も何もかも無かった事にされてしまう。
僕は以前勇者ぶつけた言葉を思い出していた。
「人の心を好き勝手に弄り回すな。」「人の心や記憶を土足で踏みにじるな。」
今の僕はどうだろうか?
僕の否定した事と同じ事をしているのではないか?
財団の都合のいいように個人の記憶を書き換える。
勇者の行動は許せなくて、自分の行いは許せる?
自分のやっていることに大きな【矛盾】を感じた。
余計な事を考えるべきでないとわかっていても気づくと思考がループしている。
「幹也、難しい顔してるねぇ。今回は私もちょっと後味悪かったわ~…。」
黙り込む僕に悠が声をかけてくる。
悠の性格的にこの言葉も恐らく本心ではないだろう。
それでも、マイナス思考に沈んでいた意識を引き上げてもらったのは素直にありがたい。
「これでいいのかなって…。僕たちのやってる事ってあいつと同じなんじゃないかなって考えてた…。」
「ん~…。まぁ、良くはないかもね…。
でも、私たちにはこうすることしか出来ない。
間違ってても、やりたくなくてもやれって言われたら色々納得するように自分の中で
理由を作って実行するしかないんだよ。
それこそ財団をひっくり返せる力でもあればわがままの一つでも
言えるようになるかもしれないけど。
力がない人達って言うのは使われるしかないんだよ。
だから私は自分の興味ない物や危険には徹底して近づかない。」
「………。僕は財団のやり方は認めたくない…。」
そう言ったきり僕らの間に会話は無かった。
悠の言葉を聞いて僕の中で何か考えが固まった気がした。