【14話】お兄ちゃん
俺たち兄弟の身に変化が起きてから半年が経とうとしている。
相変わらず学校に行ったり普段通りの生活は続いていても俺達の身の回りでは
確実に不穏な形で変化が始まっていた。
「兄さん大丈夫?ごめんね?僕が兄さんを守らなきゃいけないのに。」
そう声を掛けてきたのは俺の弟の司だ。
少し前に現れたおかしな奴らとの戦いで俺は左腕にかすり傷を負っている。
それを心配して声を掛けてきているのだろう。
俺はどうって事ないと弟の問いに気丈に返す。
俺たち兄弟には不思議な力が宿っている。
それを狙っておかしな奴らが嗅ぎまわっているようだ。
最初は街のゴロツキの奴らかと思ったがどうやら違うらしい。
俺にとっては街で調子に乗ったやつらに喧嘩を吹っ掛けられることも良くあることだ。
その時は関係ない弟を巻き込んでしまった事を申し訳なく思った。
俺はてっきり街で適当にぶっ飛ばした不良が復讐しに来たのかと思ったがどうやら違ったようだ。
最初に現れた奴は目つきの悪い痩せぎすの男だったがそいつは
おかしな力を使って俺達に襲い掛かってきた。
俺も弟も何やらわからないうちになんとかそいつを返り討ちにして命からがら逃げた。
しかし、次に軍服みたいな服装の奴らが10人がかりで襲ってきたあたりで俺たちは
面倒なことに巻き込まれたことを理解した。
それからは俺はバイトもやめたし常に弟と一緒にいる事にした。
守るだけの能力しかない弟が俺の居ないところでもし襲われたらどうなるかは想像に難くない。
だけど俺達にはそいつらから身を守る力がある。
弟の司には盾を呼び出す力。念じるだけで目の前に現れる。
見た目に反してものすごく軽いのにその盾で受ければどんな衝撃も無効化したり反射出来たりする。
それに対し俺の能力はどんな固い物も貫く鋭い剣だ。
それにその剣を持つと体がものすごく軽くなって普段の俺じゃないみたいだった。
ただ、俺が下手糞なのか剣がうまく出てこなかったり呼び出すのに少しラグがあったりするときがある。
それでも、軍服の奴らが持っていた銃を俺の剣で豆腐みたいに斬り飛ばした時はあまりの鋭利さに少し驚いた。
この力があれば弟を必ず守り抜くことが出来る。俺はその時確信した。
とは言え、俺の力だけじゃだめだ。俺達二人が勝つには二人で力を合わせることが大切だ。
弟が攻撃を受けて敵の気を引き付けている間に俺が敵を素早く叩く。
能力を身に着けてからさっきのも併せて3回の襲撃を受けたがいつもそうやって俺たちは危機を脱してきた。
ただ、今回は少し危なかった。
さっき俺達に襲い掛かってきたのは俺達みたいなおかしな能力を使う奴と軍服の混成部隊だった。
正直弟の能力が無ければ危なかったと思う。
恐らくバールを持った不健康そうな女が能力者だ。
弟の盾はなんでもかんでも弾いたり受け止めるはずなのに今回は2、3回が限度だった。
何回か叩かれると弟の盾はバラバラになって消える。
その度に呼び出していたが正直危ない場面が何度かあった。
俺は弟が盾を呼び出す間引き付け役になる必要がある。
あいつらは弟の盾の方が厄介だと思ったらしく執拗に弟を狙った。
だが、その度に俺が割り込み軍服の奴らの銃弾や不健康女のバールを紙一重でさばいて行った。
今回運悪くあいつらの弾を受けちまったが剣を握っていればかなり治りも早いらしく
あいつらを撤退させる頃にはだいぶ治っていた。
俺は弟を守らなきゃいけない。
俺は司の兄ちゃんだから。
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僕は先日の訓練の結果を受けて悠の元へ急いでいた。
いくつか僕の身の回りに変化があった。
一つは僕のランクの格上げ。
先の訓練で戦闘能力の向上が確認され火特5種から4種へと格上げになった。
別に喜びは無かった。
僕は生き延びる事だけ考えていたかった。
等級が上がればそれだけ宛がわれる任務の数や難易度は劇的に上がっていく。
自ら進んで死地に飛び込みたいと思う奴がどこにいるか。
悠を助けるため仕方なかったとはいえ新しい能力の使い方が分かってしまったのは善し悪しだ。
この力が強化されていくごとに自身や僕の周りの守りたいものを守る手段は増える。
でも、代わりに降りかかってくる危険は増え続けるだろう。
階級が上がった以上無能で居ることは出来なくなっていた。
もう一つ、こちらもいい事だと言い切っていいのかわからないが
悠と僕が今後ペアを組んで行動するようにと上層部より通達があった。
曝璽者は通常必ず2人以上で現場に投入される。
これは不測の事態が起きた場合不要な戦力の損失を防ぐためだ。
これに当てはまらない曝璽者と言うのは財団に対して様々な理由で有益でないと判断され
半ば捨て駒扱いされている人物か高位の火特認定を受け単独での任務が遂行可能と判断されているか
パートナーを失って次の人員の配置換えがあるまで単独での任務を余儀なくされている、そのどれかに当たる。
僕としてもある程度気の知れた人間と組むのは連携も取りやすいだろうしやぶさかじゃない。
ただ、また悠に事あるごとにチクチク刺されると思うと若干気が重い。
そんなことを思いつつ自分のデスクの見える位置にまで到着するといつも通り悠が机に突っ伏していた。
「いつも通り朝弱いね。悠、おはよう。」
「ん~。おはよう…。」
机に突っ伏したままだったが挨拶が返ってきたのでどうやら起きてはいるらしい。
「そういえば、悠の方にももう通達来てる?ペアの事。よろしくね。」
「ん~…。ああ…。ん~。」
「完全に頭回ってないね…。僕と悠が今日からペアになるんだって。これからよろしくね。」
「ああ、それなら来てたかも…。よろしく…。」
返事をすると悠の方からまた寝息が聞こえ始める。
僕は苦笑しながら自分の仕事に取り掛かる。
悠は大体朝デスクについてから1時間くらいはうつらうつらと船を漕いでいる。
ぽつぽつと会話をし始めるのが午前10時くらいから、そこからまたしばらくすると
いつもの減らず口が聞こえ始める。
そうなってくると僕も事務仕事が手に付かなくなってくるのでいつも悠が寝ている間に
仕事を片付ける癖がついていた。
「そういえば…、等級も上がったらしいじゃん…。おめでと…。」
珍しくこの時間帯に悠の方から話題が振られる。
さっきまで寝息が聞こえていたがいつ起きたんだろうか。
こちらから話題にするようなことでもないと思ったので黙っていたが
ペアの通達に等級も明記されているので当然と言えば当然か。
「うん。そうだよ。悠と同じ4級になったよ。」
「くそー。等級が一緒になっても、先輩は先輩なので敬意を忘れないように…。」
言葉だけで声色からは全然悔しさが感じられない。
表面上はどうしようもない先輩のやっかみだが悠なりに等級が上がったことを
祝ってくれているのかもしれない。
問題はそのことが自分の喜びに繋がらないことだが。
危険な任務はなるべくなら避けたい。
「先輩なら先輩らしくデスクで寝てないで仕事しなよ…。」
僕は苦笑しながら小さな先輩を嗜めた。