【13話】怒り
既に縁さんは意識を失いかけ呼吸は近くに寄れば辛うじて聞こえるほどまで弱まっている。
状況だけ見れば生存は絶望的だ。
ただ、僕は触れるだけで治せる。
問題は治した後で縁さんがまた僕や悠に危害を加えないかという事。
しかし、今の僕にはそんな危惧をしたところで結局は治すしか選択肢はない。
僕の目の前には懲戒解雇という文字が突き付けられている。
字面だけ見ればサラリーマンの危機という感じだが実際は全く持って違う。
曝璽者である僕が財団を追いやられるという事は研究対象としてもしくは処分対象として
命の危機に直面するという事だ。
完全に回復させるのは危険な為、小康状態までの回復に留めあとは財団の医療職員に任せる事にする。
腹部に空いた穴が徐々に塞がっていき肉が盛り上がってくる。
そこまで持って行くと縁さんは弱々しいながらに言葉を発した。
「殺してよ…、殺せないならせめて死なせてよ…。もう嫌よ、こんなの…。
私は偽物のまま生きて行かなきゃいけないのよ…。やることなす事全部本心か自分を疑って…。」
「それは出来ません。僕は死にたくないしあなたを助けないと僕が財団に処分されかねないんです。」
縁さんはなんで?どうして?と繰り返し涙を流している。
「縁さん……一つ聞いていいですか…?」
「………」
「戦ってた時……最初僕は縁さんが勇者になんでも自分が悪いと思い込むような人格を植え付けられてたと思ってました。でも、多分それは縁さん本人の口から出た言葉ですよね?
どうして何度もそんなに…。」
「……耐えられないの。いつも怖い…。破壊衝動を植え付けられてなんでも壊したくなっちゃから。
だから、それに反発していただけ。実際に私は色んな物を壊した。
でも、それに対する罪悪感は確かに感じるの。壊すだけ壊したら罪悪感が心の中にぐるぐる渦巻いて。
だから先に謝っていただけ…。」
縁さんは植え付けられた人格とせめぎ合って混乱する中、まとまりのついていない言葉で
僕に心境を吐き出す。
結局悪いのは勇者だった。
あの時奴と出会って居ながら悔しいが何もできなかった。一方的に蹂躙されて終わり。
縁さんを静かに地面に寝かせると改めて悔しさを噛み締めた。
勇者を恨まずにはいられない。
僕は基本的に卑怯者だ。いつだって自分が一番だし誰かの為にヒーローになれるなんて思わない。
それでも僕は縁さんの為に腹を立てた。
僕も当事者の中の一人だった事も大きいと思う。
望まないままに勇者と接点を持ちこの力を無理矢理押し付けられた。
人格だって変えられているかもしれない。
残念ながら僕にはその部分はわからない。
もう昔の僕を知っている人はいない。
それに、勇者が曝璽者に能力を植え付ける時奴は植え付けた時から少し前の記憶を奪う。
足取りを簡単につかめなくする為だと言っていたが…。
先日廃工場で勇者が僕に言ったことが本当ならば胸糞が悪くなる。
勇者は僕と勇者が昔友人関係だった言っていた。
こんな事を平然と行える奴は僕は嫌いだ。
仮にもう一度あいつに会う事があっても僕には憎悪しかないだろう。
もうあいつの思い通りにはさせない。
そして、そのまま意識を手放した縁さんを財団職員に任せると僕はすぐさま悠の元へ走った。
「悠。ごめん…。何もできなかった。全然助けられなかった。」
「んーん。別に。私が生きてるって事は幹也が何とかしてくれたってことでしょ?
あの時のゆかりんの目100%本気だったし。
ま、いつも通り見た目は無傷だから全然頑張ってる感が出ないのが玉に瑕だけどね。
あと……、実は私幹也が私の事抱きかかえて殺さないでー。って泣いている時意識あったんだよね。
必死だったねー。そんなに私が死ぬのが嫌だった?ねぇねぇ?」
「なんだよ…せっかく人が体張って必死で守ってた時に…。」
いつも通りの軽口が聞こえて安堵する。
改めて悠を助けられたことを実感した気がした。
「生きててよかった…。助けられてよかった…。」
そう言いながら僕は少し泣いた。
涙がポロリと左右の瞳から一粒ずつ零れて地面に落ちる。
悠は泣いている僕を見てばつが悪そうに少し黙った。
「う~…。ありがとう…ございます…。」
「なんで敬語なんだよ…。」
僕らの会話なんてこんなもんだ。
緊張感もへったくれもないし感動も台無しだ。
でもこれでいいし、これがいい。
安心感だけがそこにはあった。