第一章 9.ダブル
【族長アルザの部屋】
子どもの声が響いている。
ここは族長の部屋の中。
トリートは静かに座り、族長を待っている。
「待たせたな」
トリートの背後から族長アルザの声が聞こえる。
「いえ。大丈夫です」
アルザは笑いながらトリートの前に座る。
トリートよりも小柄な体形だ。
しかし、全身から感じる雰囲気はトリートを圧倒している。
「その後、ドリの調子はどうだ」
アルザはトリートの妻であるドリの病態を案じた。
妻であるドリはヨロイの襲撃により右腕と左足を負傷している。
「傷薬を頂き、ありがとうございました」
ドリの右腕の傷は深く、出血も多かったが、アルザから得た傷薬により回復している。
「足はダメでした。やはり魔術のケガは治らないようです」
トリートは俯きながら、妻の病状を伝えた。
ドリの左足はヨロイ族の魔術により、燃やされていた。
傷薬の効果は魔術で受けた傷には効果を発揮しない。
「魔術の治療は聖水でないと効果をださないか」
アルザも呟くように会話を続けた。
「イエローの魔術で癒せるとも聞いたが。。。」
イエローとはイエローゴブリン族。ゴブリンは色により種族が異なる。
また種族により得意とする能力が異なる
イエロー:魔術(攻撃・回復・補助など)
レッド:力術(筋力向上・防御力向上・俊敏性向上など)
グリーン:特化なし
ブルー:技術(探索・生活・採取など)
ブラック:特異性が強い
「ドリは命がつながっただけでよかったです」
トリートはアルザに視線を合わせて答える。
実際、今回のヨロイの襲撃により17名の仲間を失った。
悲痛な思いをしている同胞は多い。
「そんな中の話で悪いが。。。」
アルザは天井を見ながら、話し始めた。
トリートの表情は引き締まり、覚悟を決めた様子で答えた。
「ヴァルの件ですね」
隣の部屋ではアルザの子供たちが走り回っている。
話は子供たちと同年代の息子のヴァルの話であった。
二人の間に短い沈黙が流れた。
アルザは族長としての責務を感じながらゆっくりとトリートに視線を向けた。
「そうだ。。うちの族からダブルが生まれるとはな」
(ダブル。。。ヴァルの2本角を指す呼び名。かつてゴブリンに伝わる英雄譚で2本の角を持つ王がいた。その王は強大な力で多種族を配下に置き、ゴブリンは繁栄したとされている)
トリートは俯きながら苦笑いをする。
「私の息子がダブルとは。。。」
実はゴブリン族全体で数十年に一度、ダブルは生まれている。
例外なく、ダブルの能力は高い。
しかし、王以降に英雄は生まれていない。
あるダブルは能力の高さに成長する過程で傲慢になり、多種族に攻撃を仕掛けた。その結果敗れ、集落すべてが滅びてしまった。
また違うダブルは周囲から奇異な扱いを受けたため、逃亡し、その後誰とも関わりをもたなかった。
ダブルはその能力の高さ故に成長する中で歪んでいくことが常であった。
「ヴァルは今後どのように扱われるのでしょうか」
トリートは父親としてヴァルの将来が不安であった。
能力は高いだろう。
しかし、将来その能力がヴァルを食いつぶしていく可能性が高い。
ヴァルの名前は3代前の祖先から頂いた。
勇敢な戦士であった祖先の加護を得たかったからだ。
「この集落にはいられない」
アルザは族長としての結論を述べた。
この瞬間、ヴァルはこの集落から離れることが決定した。
トリートは力なく答える。
「出立の期日は。。。」
「節句後だ。しかし、役目を与える。王への書簡を持たせる。その過程で各部族を回らせる」
アルザはにやりと笑う。
「トトよ。悲観するな。英雄となる可能性は0ではない。むしろ我らよりヴァルの可能性高い」
トリートはアルザの言葉になんと返すべきか悩んだ。
(なんとしても節句までにヴァルを一人前に育てなければ)
トリートは強く心に刻んだ。
その姿を見たアルザは続けて
「ヴァルの役目は交渉だ。つまり階級の同行が必要だ。ガルボを付ける」
アルザの最大限の優しさだろう。
トリートの友人であり、ファイターの階級であるガルボはヴァルを任せるに信のおける相手だ。
「族長。感謝いたします」
トリートの頬を大粒の涙が伝う。
節句まで残り 12日。。。ヴァルの旅が始まろうとしている。
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