第一章 7.母の傷
住居内は騒然としている。
50世帯のゴブリンが動いている。
その中で壁にもたれかかった母がいた。
右腕は血に塗れ。
左膝から下は黒く染まっていた。
・・・ピチャッ・・・ピチャッ・・・
右腕から流れ落ちる血液は地面を赤く染めていた。
「ドリ!!!!!」
私の後ろから大きな声出し、走り出すドル。
瞳から大粒の涙を流し、懸命に母の元へ駆け寄る。
(何でこんなことに)
私はこの光景に苛立ちを隠せない。
(このやろう。どいつがやったんだ!!!!)
ゴブリンに生まれ変わり3日。
元々人間であり、ゲームをしていたら同じようにゴブリンを狩っていただろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
今、この瞬間の感情は
・・・ニンゲン憎し・・・・
ただその感情だけだ。
母はゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。
「ドル、リワ、ヴァル無事でよかったわ」
弱弱しい笑顔を子供たちに見せる。
「よくないよ!ドリ!!!傷ついてる!」
ドルは母に近寄る。しかし、傷を見るなり、どうすればよいのかわからず立ち竦む。
「今、トトが薬を取りに行ってくれたから」
「大丈夫よ」
近くを見回すが父の姿は見えない。
誰もが自分の家族のために動いている。
(薬で治るのか?)
右腕は刃物で切られた跡があり、そこから出血している。
肩から肘までの大きな傷だ。
流れ出た血液は固まりつつあるが、肩が動くたびに出血が繰り返される。
そのため、母の足元に血液の塊ができている。
(縫えば助かるのか?)
傷口を縫い合わせることが出来れば、出血は止まるだろう。
しかし、針も糸もここには存在しない。
母の息遣いは荒く、早くなっている。
「ドリ!!ドリ!!なんでこんなに!!」
ドルは泣きながら叫び続ける。
母は優しい笑顔を変えないまま、3匹に話し始める。
「大丈夫。トトがもうすぐ来るからね。。。」
「何があってもトトの言うことを聞くのよ。。」
母の力は抜け、もたれかかった壁からズルズルと崩れ落ちた。
グジャ・・・
母は自分の血液の上にへたり込んだ。
出血量が多い。
「ドリィ~~!!!!!」
遠くから父の声が聞こえる。
振り返ると大きく目を見開いた父の姿があった。
周囲のゴブリンも父の通路を開けた。
急ぎに急いだのだろう。
右手に持つ薬が握りつぶされ、形が変形していた。
「ドリ!!早くこれを塗りこめ!!!!」
紫色の葉に包まれた粘性の高い液体。
父は躊躇なく傷口に塗った。
そして塗りこんでいく。
「ッツ・・・グッ・・・」
母の表情は苦悶に歪む。
父はその表情をみないように傷口だけを見て、作業を続ける。
あまりに大きな傷口。
母の力が抜け、地面に倒れこむ。
「ドリ!!!!」
3匹の子供たちは一斉に母のもとに駆け寄る。
痛みに耐えきれず、母は気を失った。
ドルとリワは泣き崩れ、母にしがみ付いた。
気を失った母からは笑顔の表情は消えていた。
作業を続ける父が言った。
「間に合った」
その声に導かれるように私は母の右腕を見た。
シュワシュワと音を立てながら、傷は塞がっていった。
ホッとして父の顔を除く。
表情は険しいままだ。
そして・・・
「足は無理だったか」
悲しそうに父は呟いた。