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日々短譚 「へげねべくれや」

作者: 眉無芳一

 仕事を辞めて時間を持て余している為、釣りにでも行こうと思い立ち家を出た。久しぶりにブラックバスを釣ろうと近所の野池へと向かった。その池は家から20分ほどの距離に位置し細い道の奥にある。人があまり近づかないものだから草木も伸び放題ではあるが人が寄り付かない事もあり良いサイズの魚が釣りやすい好ポイントであった。

 準備を終え、ポイントに着くと偏光グラス越しに魚の姿がみえる。薄らと見える柄でそれがブラックバスであることを確認する。木に引っかからない様、慎重に投げる。着水し数秒後に釣り糸が水面を走った。一投目から幸先が良い。その後も良いサイズを数本上げ、いい気分で休憩した。煙草に火を点け、ぼんやりと池を眺める。木々の間から鳥が飛び立つ。長閑で良いものだ、普段であれば平日のこの時間はあくせく働いていた時間である。なんだか落ち着かない様な不思議な気持ちになる。

 煙草を携帯灰皿でもみ消し、少し場所を移動しようとすると藪の奥でなにかが動いた。一瞬人影の様に見え、息が止まった。釣り人かとも思ったが息を殺して周りをみてもそれらしい人影が見当たらない。鳥肌がたち鼓動が耳の奥に響く。

 こんな時に限って以前読んだ釣りにまつわる怖い話なぞを思い出すものだ。考えないようにしようとすればする程に浮かんできて仕方がない。僕は怖い話をついつい読んでしまいがちだが実際苦手な質だ。夜にそんなものを読もうものならばトイレに行くのも億劫になってしまう。

 しかし怖い話などで出てくる化け物は何故既存の生き物の部位を繋ぎ合わせたものだったり人間がベースのものが多いのだろう。これは作り手の想像力不足が大きいのではないだろうかと思う。しかしだからといって漠然とした表現を使われても想像しようがない。なかなか難しいところだ。これは怪談だけではなくファンタジーにも言える気がする。エルフやドワーフも人間がベースではないのだろうか。そもそも昨今の国内作家によるファンタジーはなぜ西洋のファンタジーの世界観がベースとなっているものが多いのか。パンを食べ、ドラゴンやゴブリンと闘う。和製ファンタジーという物がもう少し復旧しても良いのではないか、と僕は声を大にして言いたい。そんなことを考えて現実逃避をしているとすぐ右で気配がした。

 目を向けるとそこには異常なまでに色白な全裸の男が立っていた。すくなくともそれは男に見えた。ほっそりとした毛がない体に大きな目を見開き笑顔様な表所を浮かべていた。あばらが浮いておりナニがついていない為、正確な性別は分からなかったが体格や体のラインは男のそれに見えた。それはゆっくりと僕の方へ歩みを進め、首を傾げながらぼそぼそと何かを言っている。

「へげねべくれや」

 そう繰り返しているようだ。僕の耳にはそうとしか聞こえなかった。僕は踵を返し藪の中を走って逃げた。なんども躓き、顔には蜘蛛の糸が付いたが構わず走った。車へとたどり着きキーを差し込もうとすると上手く刺さらない。映画でこの光景よく見たな、とぼんやりと思った。エンジンが掛からないなどという映画でよく見るトラブルは起きず僕は振り返らずに車を発進させた。

 大通りにでてコンビニに車を止める。普段目にする光景を見るだけで随分と安心する。煙草に火を点けてヘッドレストにもたれ掛かる。疲労感が一気に襲ってきた。あれは何だったんだろうか、、そもそも人だったのだろうか。はたまた自分が疲れ切っているが故の幻覚でも見たのだろうか。友人も自分もあの池にはよく言っていたがあんなもの見たこともなかったし出るなんて話も聞いたことがなかった。変に体が震えて仕方がないのでコーヒーを買って飲みながら帰った。

 帰宅してからインターネットで調べていたがその池の周辺で変なものが出たという情報はなかった。併せて「へげねべくれや」について調べてみたがそれも何一つそれらしいもを見つけることは出来なかった。

 彼はなにが言いたかったのだろう。「へげねべくれや」とはへげねべをくれ、ということなのだろうか。だとしてもへげねべが分からないのでどうしようもない。この世にはよくわからないものが溢れているのだな、と実感した。



 その後、何度かその池に釣りに行ったがあの存在と再度であうことは無かった。


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