No.004 過去を積み重ね、今の自分がいる
「まぶしいぃ~」
盗賊を撃退した後、俺が無力化した奴らに一人一人を手当てをし終えた時には太陽が空に現れていた。魔界だといつだって禍々しい空で覆われていたため太陽を見るのは実に10年ぶりだ。
そのため、太陽の眩しさで目を持っていかれてしまいしばらく涙目にさせられたが。しばらくは太陽に慣れるようにしなければいけないな。
「エイジ殿、ちょっといいでしょうか」
「はい?」
後ろから声をかけられ、振り向くとこの村の村長ラッセルさんだ。
「少し私の家でお話を伺いたいのですがよろしいでしょうか?」
特に断る理由はないのでラッセルさんについて行く。
村長の家はやはり他の村人の家より立派な木造建築だった。なかなか年季の入った感じがするがボロいという感じではない。自然を感じ、どこか安心感を感じられるような感じのする家だった。
「すいません、こんなボロい家で」
「いえ、味のあるいい家だと思いますよ」
俺が住んだ事のある家は石造りの家なのでとても新鮮味を感じる。
「そう言ってもらえると助かるよ」
中に入り、通された部屋の中に入ると家に合わせてか中も木でできたテーブルや椅子が置いてあった。
「ささ、座ってくれ」
「あ、どうもです」
ラッセルさんに促され、座り今回の事について色々教えてもらった。
あの元騎士の男はこの国の騎士団でやらかしたらしく、解雇されたらしい。それで本人がやさぐれ、盗賊になったらしい。
ドンマイ! と言いたくなるが、だからといって他人に迷惑をかけるのはやめて欲しいものだ。
そして今回、村が襲われた際に戦える者が戦っている間に俺があった女の子(この人の娘でモアというらしい)を逃がし、隣の町に救援を呼びに行ったらしい。それで松明の火のせいで魔獣に襲われた所に俺が現れて今に至るわけだ。
「このたびは娘や村を救っていただき、本当にありがとうございます」
「いいよいいよ、そんな気にしなくても」
ラッセルさんが机に頭をぶつけるほど深く頭を下げるので無理やりやめさせる。そこまで大した事してないのにこれだけ礼を言われるとむずかゆくなってくる。
「何かお礼をしたいのですが我々に何かできる事はありませんか?」
「お礼か~」
今回の戦闘はまあ言ってしまえば遊びの延長戦程度の認識だったから特に助けたなんて意識はない。なのでお礼を受け取っていいものかどうか凄く判断に困る。こんな事でお金貰うのも何か嫌だし......あ。
「じゃあラッセルさん。よかったら俺の昔話でも聞いてもらえませんか?」
「エイジ殿の昔話、ですか?」
「ああ、何かお礼をしたいっていうのなら俺のこれから言った事を覚えて、よければ信じてもらえればそれで充分だよ」
「そうですか、ではこの老いぼれで良ければ喜んでお聞きしましょう」
そんな事でいいの?みたいな感じの顔をしながらラッセルさんは俺の話を聞く姿勢になった。さて......どこから話そうかな。
「魔界、に?」
「うん、君の親を助けれなかったお詫び? のように受け取ってもらっていいよ」
目の前の白髪の女の子は申し訳なさそうにそう提案した。けど彼女が俺に話しかけた最初の一言で俺の脳はフリーズしていた。
魔界、魔族の住む恐ろしき敵地。この女の子はそこに行こうと提案したのだ。俺は彼女の頭が大丈夫なのかと失礼にも思ってしまった。
「ダ、ダメだよ。あそこは魔族の住む怖い所だって大人達が言う場所なんだよ」
俺は震えながらだがなんとか彼女を止めるようにそう言った。すると女の子は「はぁ」とため息をつきながらつまらなそうに、
「それはあなた達人間の勘違いよ。ほんと、なんでそんな風に思われるのかしら」
と俺の言った事を訂正した。そして俺は彼女の言葉に違和感を覚えた。人間の、まるで自分は違うみたいな......。それに彼女まるで見てきたかのような堂々とした態度でそう言ったのも不思議だ。
そんな俺の心情を見抜いたのか彼女が俺を見つめ、こう問う。
「私は魔王軍幹部にして最後の吸血鬼、名前はエリリ。あなた達の言う敵に見える?」
そう言うと彼女の体が突然、変化していった。目は黒から赤に変わり、歯も伸びている。そして何より、一番の変化は彼女の背中だ。その背中からはまるでコウモリのような羽が生え出していたのだ。
「その時はあまりの恐さで彼女の言うとおりに魔界に行く事を決意したんだ」
俺が盗賊に襲われた事、それで両親を失った事、そしてその危機を魔族が助けてくれた事を話した後、俺が魔界に行く事になった経緯を話した所でラッセルさんが手を挙げた。
「エイジ殿、少し伺ってもよろしいですか?」
「何?」
「その魔族は一体何をしにこちらの人間側の領土にいたのでしょうか?」
「何をしに?」
「はい、魔族はたまに人間側の領土に入り、事件を起こしてたくさんの人の命を奪っていきます。そのエリリという魔族も何か悪さをしようと出向いていたのではないですか?」
え?どゆこと?
俺は意味が分からず詳しく聞くと、人間側の方で魔族が関係する事件が起こるという。そして魔族が関連した事件は大抵の場合、当事者や被害者などがほとんどが皆殺されるほどの残忍な事件という。
まさか、な。
俺はもしかしてと思ったが、今口に出したところで意味がないので心の内に留めておく。
「エリリっていう吸血鬼に関してはそんな事考えてないよ」
とりあえず、俺が分かっている事だけは言わせてもらう。あのバカ吸血鬼はそんな事しない。
「それは何故なのでしょうか?」
「簡単だよ、あのバカはただ仕事から逃げて来ただけだから」
「......はい?」
俺の回答に先ほどまで俺の話を熱心に聞いていたラッセルさんが何を言ってるんだ? といいたげな顔をしている。うん、俺も言っててバカバカしく思う。
「本当だよ、エリリっていうバカ吸血鬼は極度のサボり屋なんだ。めんどくさくなったらほっぽりだして、何か面白い事があればすぐ駆けつける。そういう人種なんだよ」
「はあ......。では何故、エイジ殿を助けたのでしょうか? そのような性格の持ち主が人を助けるなど思えないのですが......」
ラッセルさんの言いたい事は分かる。魔界を超えて遊びに来るような奴だ。俺も凄く謎だったんだが......。
「俺もそう思ってな。しばらく経った後に本人に聞いたんだよ」
「魔族に、ですか。で、何と答えたのでしょうか?」
ラッセルさんも気になるみたいだ。聞いて驚くなよ?
「おもしろそうな匂いがしたから! らしい」
「......」
ラッセルさんがはあ? と言いたげな顔をしながら固まった。うんうん、分かる分かる。俺もそうだったから。
「本当に魔族、なのでしょうか?」
ラッセルさんが戸惑いつつ、そう聞いてきた。魔族は平和を望まず、日々争いに飢えてるという印象と今まで聞いてきた話と似てもつかないような話に困惑しているのだろう。
「確かに人間と違って姿や持っている能力は全然違うよ」
実際、一緒に過ごしてきてよく分かった。彼らの基礎能力は人間を遙かに超えている。これは間違っていない。けど......。
「けど、中身は俺やラッセルさんと変わらない。いや、むしろ人間より人間らしいと言えるかもしれないな」
「? それはいったいどういう事なんですか?」
俺の言った事は伝わっていないみたいで? を浮かべている。うーん、言葉で伝えるって難しいな。
「俺が魔界に連れていかれた時、人間の敵である魔族は敵である人間の俺にどんな態度を取ったと思います?」
「そりゃあ、ひどい目に......そこまで行かなくても露骨に敵意を向けて来たのでは?」
ラッセルさんは少し間を開けてそう答える。俺も最初、そうなるってずっと思っていたので間違っていない。
「両親を失い、魔族に連れられてきた恐怖で固くなっていた俺に彼らは手を差し伸べてきたんだ。大丈夫か? とか怪我はないか? って。同族と接するように、自然とね」
「そんな......」
俺の言った言葉が信じられないのかラッセルさんの開いた口が閉じない。気持ちは分かるが俺の言った事は本当なのだ。
魔族は俺に敵意を向けてくるどころか、自分の子供のように接するように話しかけてくるのだ。中には友達になって欲しいとか人間の話を聞かせてと好奇心旺盛な魔族は俺を恐れずに話しかけてきた物だ。
「実際に会って、触れあって、話しあって。お互いを知っていくたびに俺は気がついたんだ。俺ら人間は魔族に対して大きな勘違いを抱いている、ってな」
これが、俺が何年も敵と言っていた魔族と一緒に過ごして気がついた事だ。それを聞いたラッセルさんは深く考え込み始めた。やがて、自分の答えを出したのか俺をまっすぐに見つめた。
「エイジ殿は私だけでなく、この村を救っていただいた偉大な恩人だ。だが、それでもエイジ殿の話は信じられない。もしそうなら我々人間は......」
「何のために争っていたのか、だろ?」
「!?」
ラッセルが言い淀んで続かなかった言葉を俺は補足する。まあそう思ってしまうのも無理はない。それほど人間と魔族の溝が長く、深いって事だ。
「別に無理に信じろ! なんて言うつもりはない。ただ、この話を覚えてくれさえいればそれでいい」
「......分かりました」
未だ混乱してるであろうラッセルにそう言い、俺は席を立つ。
「もし、自分の目で確かめたいのなら魔界に行ってみろ。それで会った魔族と話して自分で確認してみてくれ。多分、俺の名前を出して、戦闘の意志がない事を伝えれば話くらいはできるだろうから」
「エイジ殿、どちらに行かれるのです?」
俺は部屋を出ようとすると、ラッセルさんに呼び止められた。
「ここでの俺のやる事は済んだし、次の村や町に行くんだよ」
「やる事、ですか?」
あれ? ああ、そう言えばまだ重要なことを言ってなかったな。
「ああ、俺は魔族と人間の共存。それを実現するために旅をするんだよ」
俺の世界一バカな夢を聞いて、今度こそラッセルの空いた口は閉じなかった。